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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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見事に草だらけで困ったものです

 早く俺の意識がこの体に戻ってこないか、今か今かとその日が来るのを苛立ちながらも待ち望んでいたのだろうか。

 三年も、いや、あの人はそれ以上にこの時が来るのを楽しみにしてきたんだ。

 でもそれが実は当初から失敗していて、その器も、精霊も逃げ出したとなれば、どう思うだろう。なにを思うだろう。

 自分自身の浅はかさに失望して、諦めるだろうか。

 それとも、何が何でも成功してみせると執念深く、また研究にでも没頭するのだろうか。

 逆恨みをして俺のことを消しにくるかもしれない。

 どう考えても、やっぱり長い間ここに居座るわけにはいかなかった。俺にはやるべき事があるんだ。


『……いきます!』


 ルナが指を鳴らすと、俺を囲っていた結界が一気に砕けていく。それはガラスが割れていくように、ぽろぽろと床に破片が散らばり、吸い込まれるようにして消えていく。

 魔法陣が崩れていくと同時に、部屋の中にアディが走り込んでくる。

 互いの視線が重なるも、それはほんの一瞬で。

 次の瞬間には、俺は見知らぬ場所へと移動していた。またも視界ががらりと変わる。

 今度は屋内ではなく、見晴らしのいい草原のど真ん中にいた。

 空は薄暗く、今にも雨が降り出しそうな沈んだ色をしている。呆気にとられていると、ルナが耳元で叫んだ。


『ヒロさん、逃げてください! 彼はすぐにここへ来ます!』


 はっ、と我に返り、俺は弾けたようにその場から走り出す。

 だけど、どこに向かって進んでいけばいいのかわからず、戸惑う。だってまわりには草と、ここからかなり離れた位置にある大きな山しか見えない。

 姿を隠せるような場所も見当たらないし、見事に草だらけで、さてさて困ったもんだ!


「ど、どこ行きゃいいんだろ!?」

『えーと、でしたら左に向かってください! ここからでは見えないでしょうけど、進んでいくと道があります! そこから道なりに北の方角へ向かって走ってください! その先に街があります!』

「りょ、了解!」


 ルナの指示に従わなければ、俺にはこの辺りの土地勘が全くないのでどうにも上手く逃げ出せそうにない。

 それになにより、早くアディがここに来る前にどこか遠くへ行かないと、身の危険を感じることになりそうだ。

 内心かなり焦っている俺は、すでに頭の中が真っ白だった。

 あとは、この天気。

 雨宿りもできそうにないこんな原っぱでずぶ濡れになったら、行くあてもない俺には非常に過酷すぎる。雷雨になれば最悪だ。俺の頭に雷でも落ちたらたまったもんじゃない。


『ヒロさん!』

「はいはい、なんでしょう!!」

『来ます!』


 来ますって、なにが!?

 肩越しに振り返れば、俺が移動してきた場所とほぼ同じところに黒い魔法陣が浮かび上がっていく。

 そして同時に、そこへアディの姿が現れる。

 奴を目にした途端、俺の心臓が大きく跳ね上がった。女の子のように上げたくなる悲鳴を、ぐっと飲み込む。


「げぇ……っ、もう追ってきた!」

『私の想像以上に早いです! この短時間でよく私達のいる軸を見つけることができましたね……。母親からの協力があったとは思えないです。自分でヒロさんの位置を探し当てたのでしょうか』

「よくわかんないけど、これってまずいよな!? 捕まったらまたあそこに戻されたりするんだよな!? せっかく抜け出せたのに、冗談じゃないぞ!!」


 アディの登場に、不安が一気に押し寄せてくる。

 三年間動かしたことのない体で全力疾走って、はたして上手く逃げ切れるんだろうか。体力的な問題以前に、足が上がらない気がする。縺れて、その場で転んでしまいそうな気もするぞ。

 弱気になっちゃいけないと頭ではわかっているのに、どうも後ろへ向いてしまいそうになる。

 それもこれもアディの行動が早すぎたせいだ。ルナも驚いていたぐらいだから、よっぽどの早さなんだろう。

 まだ子供の割りにたいしたもんだよ! 大人の俺とは大違いだ! ……って、あれ? そういえばアディって何歳なんだろう。聞くの、忘れてたな。

 しっかりしているようにも見えていたから、てっきり歳が近いもんかとも思っていたけど、違う。ヴァーミリオンと同じくらい、か? 初めて会った時はウェインと変わらぬ大きさだったじゃないか。


「って、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇっつうの! 集中、集中!」

『ヒロさん、気をつけてください!』

「今度はなに!?」

『彼は手に武器を握っています!』


 なんだって……?

 もう一度振り返ってみれば、アディは確かにその手に物騒な物を握っていた。きらりと角度を変えると光るそれは、間違いなく切っ先を人に向けたら大人に怒られる、刃物だ。

 奴はすぐに、俺を見据える。

 その金色の瞳が射抜くような鋭さを宿してこちらを睨んでいることに、嫌でも気づいてしまった。

 ごくりと、唾を飲み込む。

 怯んではいけないと、気圧されてはいけないとわかっているのに、そのアディの纏っている空気を少しでも怖いと感じてしまう自分がいた。

 殺気、だろうか。

 母の計画を潰す者は絶対に許さないといったところか。彼の背後に、どす黒いオーラが纏っているように見えてしまう。


「っ、よくよく考えてみたら、俺って丸腰なんだな……! これじゃあさすがに太刀打ちできるわけがないや!」

『いえいえ、こうなれば私も少しではありますが、力を使う時です! 足止めくらいにはなるでしょう! ヒロさんばかりに苦労をさせるわけにはいきません!』


 足止めって、例えばどんなことをするんだ!?

 走りながらもルナのほうを窺っていれば、怒られてしまった。


『ヒロさんは前だけを見ていてください!』


 す、すみません……。

 慌てて視線を前に戻す。

 そうだよな、逃げることだけでいっぱいいっぱいの俺が今ここで集中を切らしてどうするんだって話だよな。さすがにこんなところで足を引っ張るわけにはいかない。

 ルナが耳元でポソポソとなにか呟いている。


『……月よ、夜空に浮かぶ孤独な月よ。我が力となりて、あの者に裁きの光を放て』


 詠唱しているのだろうか。

 さ、ばきの光……? それをあいつに向かって、放て……?

 なんとなく聞こえてきた物騒な言葉に、まさか彼女は足止めなどではなく、アディを殺ってしまう気なのではないかとひやりとする。

 でも今は後ろを振り返っている場合じゃないので、その様子は見て取れない。

 だけどルナが呪文を唱えたのは確かだ。

 ぽつり、ぽつり、と。空から次第に雫が落ちてくる。


「……やべ、雨だ」

『大丈夫ですよ、ヒロさん。五分ぐらいではあると思いますが、足止めすることに成功しました』

「え、もう?」

『はい。先を急ぎましょう』


 どうも気になり、俺はもう一度肩越しにだけど背後を振り返ってみる。

 するとその先では、ルナの魔法の影響を受けたであろうアディの姿があった。胸元を掴み、なにかとても苦しそうにその場で片膝を着いている。

 堪らず俺は声を荒らげた。


「……っ、ルナ! まさかとは思うけど、相手の命を奪うような力を使ったってことはないよな!?」

『いえいえ、そんなまさか。足止めしかしていませんよ』

「でも、アディが……!」

『あれは精神的に苦しんでいるだけです。私の力で、幻覚を見せているだけなんですよ。相手の一番嫌な記憶を頭の中で流しています』


 足を止め、アディを見つめる。

 言葉だけで聞けば、なんてことないように聞こえる話だけれど、相手のことを思えばけっこうエグいことをしていると、言葉を失ってしまう。

 アディは跪いたまま、ぴたりと動きを止めてしまった。余程苦しいんだろうか。

 駆け寄って声をかけてやりたいところだけど、今の俺の立場上それはできない。

 それにあいつは逃げた俺を捕らえるためにここまで追ってきたんだ。良心で話しかけていちいち捕まっていたら、話にならない。


「……ごめんな、でも俺はいま捕まるわけにはいかないんだ」


 今度こそあいつの目の届かない位置まで距離を置かなければいけない。

 早く街を目指し、走らなければいけないと前を向くと、後ろから怒号が飛んだ。


「行くな!!」


 俺は体を震わせ、息を呑む。

 そろりと後方を確認してみると、アディはまだその場に蹲ったままだった。

 幻覚を見て、なにかに対し叫んだのだろうか。

 驚いた俺の心臓はばくばくと大きく音を放ったままだ。

 一瞬、俺に対し、引き止めるように叫んだのかと思った。

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