成り立つわけがない計画
だけど共感できるからといって、消し去るって考え方は一方的だと思うし、受け入れることはできないけれど。
例えどんな理由があろうと、関係の無い人まで巻き込むのはいけない。
しかもそんな個人的な問題に、ルナの力を使って傷つけようだなんて。
犠牲になったコロボックルさん達のこともある手前、どうあっても俺は許せそうにない。
「……どうして向こうの世界の人間が必要だったんだろう。こう言っちゃなんだけど、それだけならこっちの誰かの体でもいいような気がする」
『いいえ、敢えてマナは空のほうが都合がいいんです。マナの無い体のほうが私もすんなりと入れますしね。この世界の人間には必ず微々たるマナが存在しますから』
「ルナは食べようと思えば、俺のことなんて一口だったりするの?」
『そんな、まさか! そもそも精霊は人間の体を乗っ取ったり、意思を食べたりなんてしませんから! あれは彼女が勘違いをしているだけです!』
俺は首を捻る。
勘違いというのは、どういうことだろう。
確か学園では生徒達が、彼女はおかしな男とくっつかなければエリートにもなれただろうにと、言っていたような気がする。
魔力は強いし、恐らくあの学園で教師として勤めているぐらいだから、頭も相当良いはずだ。そんな人が、ルナの言うように勘違いをしているなんてこと、あるだろうか。
精霊をも捕まえてしまう人だ。何かしらの勝算があるからこそ、こうして行動を起こしているんじゃないだろうか。
何も下調べもせずに突っ走っていく人ではないだろう、恐らくは。
「……だって、教師になるような人が勘違いしたままここまで計画的に行動を起こす?」
『あくまでも人間を乗っ取るのは精霊ではありません。そんな悪さをするのは悪魔だけです。彼女は月の力を間違えて認識しているのです』
「うーん……」
なにか腑に落ちないというか、そんなわけがないって思う自分がいる。絶対にそんな凡ミス、起こすはずがないと思うんだ。
「精霊って普段から人と関わりを持ったりするのか?」
『いいえ。人と関われば精霊の力を求め、必ずこういった揉め事を起こす輩が現れますので。だから私達は人里離れた場所で静かに祀られているのです。精霊を護っているのもコロボックルさんをはじめ、ドワーフやエルフ、竜人族といった人間嫌いの種族の方がほとんどなんですよ』
だとしたら、そもそも人間の世界にその情報が伝わっていない、なんてことはないのだろうか。
彼等が当たり前のように知っていることが、こっちでは関係が築かれていないから流れてこない、とか。
なんにせよ、それは人間と交流のないルナ達にもわからない話なのかもしれないけど。
「……じゃあ、結局はルナを捕まえたところで、その人の計画は」
『成り立つわけがありません。精霊を化物か何かだと勘違いしていますからね』
そう考えてしまうと、勘違いで命を奪われたコロボックルさん達が不憫でならない。
「ルナは、それでも人間を嫌いになったりはしないのか? 自分の傍にいた彼等を、その、消されてしまって」
『許せません。でも、嫌いになることもできません。それこそ許されない。私は精霊ですから。人間達を見守らなければならない存在なのです』
「……ルナ」
彼女はそう言っていたけど、握られた拳に怒りが込められているのを俺は知っていた。
その感情を思えば、なんて辛いことだろう。身近な人を殺されて、それでも感情で動くことができずに、いつまでもただその存在を見守らなければいけないなんて、なんて苦しいことなんだろう。
優しく淡い光を空から照らす月のように、彼女は会った時からふんわりと微笑んでいるけれど、傷ついているに違いなかった。
精霊も人間と同じように、心があるのだから。
「……月の精霊の加護を受ける子も、いるのかな」
なんとなく気になって、俺はぽつりと言葉を漏らした。
『え?』
「この世界には、炎や光、闇の加護を受けて生まれる人間がいるだろ? だったら、月の加護もあるのかなって」
ルナはきょとん、と俺を見つめていた。
何を言いたいのか、考えあぐねている様子だった。
『……あの、精霊にもその日によって、力が強まる日や弱まる日があるんですよ。たまたまその力が強まった時の影響を受けてしまったのが、先程の子供だったりするだけなのであって』
「ということは、その力を授かるっていうのはよっぽどの偶然なの?」
『偶然です。運が悪かった、としか私には言いようがありません』
力の話を聞きながら、その片隅で俺はヴァーミリオンのことを思い浮かべていた。それにガウェインさんに、アディもだ。
こう表現するのもなんだけど、やっぱり宝くじで一等を当てるようなものだったんだと感じた。
誰のせいでもないのに、その影響を受けただけで、こんなにも当たり風が酷く、辛い思いをしなきゃいけないだなんて。それも、当人だけじゃなく周囲の人にまで。
誰のせいにもできずに、俺は遣る瀬無い気持ちをどうしたらいいかわからず、天井のない空間を仰いだ。
「俺はどうしてウェインの中にいたんだろう」
様々な話をルナから聞いて、ごちゃごちゃになってきた。一気に頭の中に詰め込みすぎて、少し許容オーバーしてしまったのかもしれない。
でもこの世界に来てから気になっていたことを知ることができて、スッキリしたと言えば、した。だけど何でか、複雑な部分もある。
『ヒロさん?』
「最初からアディ達の前に俺として現れていたのなら、こんなにも悩まずに済んだかもしれないのに」
『……ヒロさんも、偶然その子供とシンクロしてしまったとしか思えません。本来でしたら、ありえない話ですからね。他人の中に入るだなんて』
うん、その件に関しては俺も偶然としか思ってないんだ。
俺がこっちの世界に流れてくる時に、聞こえてきた声に応えてしまったから。もし応えなかったら、アディ達の前に直接召喚されていたんだろうか。そうすればヴァーミリオンとも会うことなく、彼等と対峙していたかもしれないのだろうか。
今だから都合良く、こう思えるだけなのかもしれないけど。
「アディ達の前に現れていたなら、俺の目的は簡単に決めることかできたんだよなって思うと不思議でさ」
『目的、ですか?』
「そう、無事に元の世界に戻ること。それ一択」
ルナに事情を聞いた後なら、アディとそのは母親の野望を阻止して、それから元の世界に帰る方法を探すってことになっていたかもしれないんだ。
でも今の俺なら。今俺が選ぶ目的は、きっと……。
『戻る方法はありますよ。呼ぶことができたのだから、還すこともできます』
「え、そうなのか!?」
『はい。魔術を嗜む者ならば、必ず知っているはずです。もちろん私にも可能ですよ。ただ、今のヒロさんには……』
ルナはそう言うと、俺の頭のてっぺんからつま先までをじろじろと眺める。
今の俺には、なんだろう。なにか問題でもあるんだろうか。言葉の続きが気になる。
『この地に縛りつけるための、なにか術が施されていますね。足に鎖が巻きついているような。これを解かなければ、貴方はこの世界に縛られたままです。術をかけた本人に解かせるしかないですね』
「問題大ありじゃんか!」
『でも、これでもう一つの目的もできたじゃありませんか。ヒロさん、先程少し悩んでいましたよね』
う、と俺は言葉を詰まらせる。
悩んでいた、というよりも、頭の中にあいつの姿が思い浮かんできてしまっただけなんだ。
もうウェインの中にいるわけじゃないんだから、そう捕われることでもないのかもしれないけど。




