込み上げる悔しさ、許せないプライド
弾かれて痛む額を押さえ、俯く。
「頼ったところでどうにもならねぇとか、今はそんなこと考えんな! 大人だって全てを解決できるわけじゃねぇからな! ただ俺達は、事情を知らないんだ! ウェインとお前の事情を知らない限り、俺達はなんの手助けもすることができない! なにも口出しすることはできない! だったらどうするか、何をするべきか、お前にはもうわかるな!? 言わなくても、それぐらいわかるよな!?」
ヴァーミリオンはもう一度強く、舌打ちをした。
腹立たしいのもあるが、悔しいという思いが強いのかもしれない。
この男に言い負かされている自分が、悔しい。
なぜお前にそのようなことを言われなければいけないんだと、腹の中に重いものが溜め込まれていく。
シアンに言われるのならまだしも、なぜガウェインに説教されるんだと、屈辱感が増していくようだった。
嫌なところばかり突いてくるから、余計そう思えてしまうのかもしれないが。
「……お前が気づいていることに俺が気づいていないとでも思ったか? マナが空で、中が見えない時点で、ウェインに関しては俺だって気になっていた。それに、引っかかる点もあったしな」
あぁ、そうだろう。
ガウェインもヴァーミリオンと同じで、胸の内が見えているはずなのだ。気づかないわけがないのだ。さすがにそこに幽霊が宿っているだとは思いもしなかったろうが。
何も言えず、ただ目を逸らすことしかできず、ヴァーミリオンはこの場にいることが気まずかった。
「……はぁー、さてさてっと。まぁ、とりあえずこのぐらいにしておくか。聞きたいことも聞けたし、言いたいことも少しは言えたので、今からはヴァーミリオンくんに更に気になることを色々と質問してみようかな。あんだけでかい声でキレりゃ、お前もいい加減吹っ切れただろ? で、ウェインがウェインじゃないっつーのは、ありゃどういう意味なんだ」
「……ガウェイン殿」
「まぁまぁ、シアンも聞いておけよ。ウェインを連れてきたのがお前なんだ。お前も知っておかなきゃいけないことだと思うぜ?」
ガウェインが態度をころりと変えたところを見て、やはり奴に乗せられたのだと言葉の節々に感じ、悔しさが込み上げてくる。
頭に血が上った、というのが今回の一番の敗因だと自分でもわかっている辺り、そんな駆け引きもできないところがまだまだ子供なのだと痛感した。
よりによって、ガウェイン相手に、だ。
信用も、信頼もしていない男に口で負けるだなんて、ヴァーミリオンの無駄に高いプライドが許さなかった。そして、情けなかった。
「……ヴァーミリオン様、話したくないことは無理に聞いたりしません。貴方も、話さなくて結構です」
「またンなこと言う……」
「ですが、彼の言う通り、ウェイン君を貴方の元へ連れてきたのは私です。私にも責任があると同時に、知っておかなければいけないことなのかもしれません」
シアンが気を落とすヴァーミリオンの元へ歩み寄り、その場に膝を着き、見上げた。
「……もしよければですが、お話を聞かせていただけないでしょうか。ヴァーミリオン様だけが知る、ウェイン君の事情を。貴方しか知らない彼の話を」
懇願するような瞳を向けられ、ヴァーミリオンは重い溜息を吐き出した。
あの男はこんなところまで計算していたのだろうか。ここでシアンが動けば、ヴァーミリオンが折れて仕方なく全てを説明する選択肢を選ぶと。狙っていたのだろうか。
すでにガウェインといえば、一歩引いた様子でこちらを窺っている。食えない男だと思う。本当に関わりたくない奴だと。だから信用などできないのだと、つくづく嫌になる。
あの幽霊はこの男の裏の顔など知りもしないし、気づきもしないのだろうが。
「……シアン」
「言い難いことなのだとは思います。ですが、このままでは私達も彼の、この先を考えなければいけません」
「……」
わかっている。
このまま眠り続けているウェインをここに置いておくわけにはいかないことも、わかっている。
だけど、話したところで信じてもらえるかどうか。ヴァーミリオンは、未だにそこが引っ掛かっていた。
「言っても信じてもらえないかもしれない、そう思っているのだとしたら、まずは話してみることが一番だと思います」
ガウェインだけにならず彼女にまで心が読まれているのかと驚き、顔を上げると、シアンが困ったように微笑みながらこちらを見つめていた。
「……長い間一緒にいると、大体わかりますよ。ヴァーミリオン様は、私のもう一人の主でもありますから」
ヴァーミリオンは眉根に皺を寄せた。
そうだ。シアンは部屋に閉じこもってばかりで、いつも他人を突き放していた自分をずっと気遣ってくれていたではないか。
見放すことなどせず、いつだって、今だって――――。
「……シアン」
「はい、なんでしょう」
「俺が騎士の誓いを交わした者についてだが、あいつは――――」
話し出そうとした瞬間、後ろから小さな呻き声が聞こえる。
耳を澄ましていなければ聞こえないような、とても小さな声だった。
シアンもガウェインも、その声が聞こえた方を振り返る。
遅れてヴァーミリオンも視線を移すと、そこには目を覚ましたらしい子供の姿があった。
「――――ウェイン君!」
シアンが急いで彼の元へ駆け寄る。
だがウェインは彼女の声にびくついた様子で、ベッドの端へと逃げるように移動していった。
シーツで自分の体を隠し、酷く怯えた目で部屋の中にいる自分達のことを見つめている。
その揺れ動く瞳の中にあるものは、恐らく恐怖。いつも靄で隠れていたウェインの内が、今は綺麗に晴れていた。
靄が消えている時点で、ヴァーミリオンの中で何かが音を立てて崩れていくのがわかった。
「ウェイン君、大丈夫か? 体の具合はどうだい? 痛むところはないか」
「……っ」
ウェインはシアンの言葉など聞きもせず、ぎゅっと目を瞑り、顔をシーツに押し付けてしまった。
まるで目に映るもの全てが怖くて、なにも視界に入れないよう顔を隠す、本来の子供の姿に見えた。
「ウェイン君?」
「こ、ここはどこですか……」
震える声で、彼はそう訊ねる。
それは今までの彼らしい、明朗快活な話し方などではなく、とても弱々しい、頼りない少年そのものだった。
「お母さんは、どこにいますか……? お父さんは……お姉ちゃんも、どこに」
「……ウェイン君、私のことを覚えていないのか? 私だ、シアンだ。君は親御さんの元を離れ、村を出て、騎士になるためにヴァーミリオン様の元へ来た。忘れてしまったのかい?」
「し、知らない……。僕、そんなこと知らない……っ、お兄ちゃん、お兄ちゃんはどこ? どうして誰もいないの? お、お家に帰りたい! 早く帰らせて! お、お母さん達のところに……っ」
取り乱し始めたウェインと、ヴァーミリオンの目が合った。
どこか自分の知らない場所で目が覚め、家族もいないこの一人きりの状況に、相当動揺しているのだろう。彼はすぐに瞳を潤ませ、ぽろぽろと大粒の涙を零し、泣き出してしまった。
かわいそうに。まるでどこか遠い場所から子供を連れてきた、人攫いのような気持ちになる。
シアンが宥めようとしているが、その彼女をウェインは容赦なく拒絶している。手を振り払い、泣きじゃくっている。
ヴァーミリオンは確信した。
終わった。やっぱりもう自分の知る幽霊は、あの中にはいないんだ。消えてしまったんだ、と。
隣にガウェインが並んだ。
この男は今のウェインの姿を見て、どう思っているんだろう。どう感じているんだろう。なにを考えているんだろう。
どうにもならない気持ちを紛らわすように、強く拳を握りしめた。
「……貴様、さっきは偉そうに、俺に諦めるなだとか言ったな?」
「あぁ、言ったな……」
「それを今、あれを見て同じことが言えるか? それでも諦めるなと、俺に言えるか?」
ガウェインは何も言わなかった。
恐らく、返す言葉が見つからないのだろう。
ヴァーミリオンだってそうだ。今のウェインを見て、なにもかける言葉がない。思いつかない。思い浮かびもしない。
下手に声をかけたところで、怯えさせるだけだろう。これ以上泣かせるわけにはいかない。だからといって、なんと励ましてもいいかわからない。俯くことしかできない。
「もう、俺の騎士は……どこにもいない」
零れた言葉に返す者はいなかった。
体の力が抜け、ヴァーミリオンは床に崩れ落ちた。
この先、どうすればいいんだろう。今の自分に、道など見つけられる気がしなかった。先が、途絶えてしまった。
光が射し込んだヴァーミリオンの世界に、暗闇が近づいてくる。鮮やかに色づいてきた自分の全てが、また失われていってしまう。
だけど今は、取り戻す気にはなれなかった。
ヴァーミリオンはただ疲れたように、目を閉じた。




