素直に言うべきか、悩むこと
ガウェインが興味深そうにヴァーミリオンへと視線を移す。隣でシアンが息を呑んだ。まさか拒絶されるとは思わなかったのかもしれない。すぐに肯定すると思っていたから、驚いたのだろう。
ヴァーミリオンは二人の視線から逃げるように、俯いた。自分の靴のつま先を見つめた。
「ふーん、そうなんだ。俺はてっきりお前と組んだものだとばかり思っていたけど、違ってたんだな。へぇ~」
「……あぁ、違う。間違えてなどいない」
「ヴァーミリオン様。ですが、私は屋敷の者から貴方とウェイン君が誓いを交わしたと話を聞いておりました。だとすれは、それは勘違いだったということなのでしょうか。最近の貴方達の信頼関係を間近で見ていた私も、てっきりパートナーを組んだものだとばかり思っていました……」
返答に、困る。
素直に言うべきかとも、悩む。
だがやはり、ヴァーミリオンは言うことができなかった。なんと説明すればいいか、今の彼では思いつかなった。
「勘違い、でもない。確かに騎士の誓いは交わした。だがそれは正しくは、ウェイン……ではない」
それしか言えず、堪らずヴァーミリオンは立ち上がった。
二人にこれ以上追及されたくなくて、部屋を飛び出そうとドアへ近づく。
こんな重苦しい空気は嫌だ。二人の責めるような視線を浴びたくはない。訝しむ目も見たくない。自分達のことは放っておいてくれと、以前のように大きく怒鳴りつけてやりたくなる。
だがガウェインがそう簡単には見逃してくれない。ヴァーミリオンの足を止めるために、後ろから声を投げつけてくる。
「おいおいおい、またいつものように逃げていくつもりかよ。やだねぇ、ウェインと一緒にいるようになってからそれも直ってきたのかと思ってたけど、やーっぱ根本的な部分は変わってないんだな、お前さん」
ガウェイン殿、と咎めるシアンの声が聞こえるが、彼がそれを素直に聞き入れるわけがない。
「部屋の中で閉じこもって、一人うじうじ考えて、また外にも顔を出さなくなっちまうんだろうなぁ。どうやったらその癖は直るんだろうなー。父ちゃんでも連れてきて、説得してもらうしかないか? なぁ、シアン」
「……ガウェイン殿、おやめください」
「だってそうだろうよ。そんなんだから周りの奴等にもバカにされたりするんだろ。確かに陰口は叩かれるかもしれないけど、常日頃から外を出歩いていれば、特別物珍しい目で見られることもなくなるのに。皆がこいつを甘やかすから、逃げ癖がついちまってるんだ」
今みたいにな、とガウェインはここぞとばかりに言いたいことを言うつもりだ。同じように加護を受けた者だからといって、自分と他人を同等にして見ているのではないだろうか。
一緒にしないでもらいたいと言いたいが、ここで言い返せば話は無駄に延びていくだけだろう。売り言葉に買い言葉は避けたかった。早くここから離れたい分、ヴァーミリオンは聞き流すことに決めた。
「だからウェインに俺の騎士にならないかって聞いたんだよ。こいつのそばにいたところで、必ずどこかでぶつかると思ったし。なによりあいつの真っ直ぐな部分がヴァーミリオンにはもったいない。非常にもったいない」
自分にしか聞こえないぐらいの大きさで、舌打ちをした。
ガウェインにならば、あの幽霊が釣り合っているとでも言いたいのだろうか。
彼の事情をなにも知らない男がよく言うと、胸の内で悪態をついた。実際幽霊のことを知っていたのは、自分だけだ。
ガウェインは面白くないのだろう。ヴァーミリオンがウェインの主だと思っていたから、余計に。
ウェインが倒れたというのに、心配も何もしていないように見えるヴァーミリオンに、彼は苛立っているのだ。
心配はしている。気掛かりでもある。こんなことを言えば非情だと言われるだろうが、ウェイン自身にではなく、本体の幽霊にではあるが。
「俺ならもっと主らしく、あいつを気遣ってやれる。あいつにもっと騎士としての誇りを教えてやれる。誰かさんのような友達ごっこなんかじゃなく、一人の騎士として接してやれる。お飾りだけの騎士なんて、本来必要ないだろう? 騎士っつーのは、主を守ってこそ、剣を握って誰かを守るからこそのもんなんだよ。屋敷に閉じこもってばかりの奴にはもったいない」
自分ならウェインをもっと上手く扱える、と言いたいのだろう。幽霊はガウェインのことを随分買っていたようだが、だが、根本的な部分があの男とは違うことに気づいていないようだった。
幽霊は純粋に誰かを助けたい、守ってやりたいと考えていた。いつだったか、ヒーロー、とやらになりたいと言っていたことを思い出す。困っている人を放っておけない、誰かを助けるために奮闘するヒーローに憧れている、と。確かガウェインも似たようなことを信条に掲げていたはずだ。
しかし幽霊と違うのが、あの男はそれを仕事として捉えているところだ。似ているようで、違う。純粋である幽霊とは違い、ガウェインは仕事だからと腹の中で割り切っている。
「……友達では、いけないのですか?」
シアンがぽつりと零した。
「騎士と主の間に友情があってはいけないのでしょうか。そんなことはないと思うのですが。私は互いが生涯信頼のできるパートナーとなることを望み、彼をヴァーミリオン様の元へ連れてきました」
「……そういやウェインを連れてきたのはシアンだったな。でもどうだよ、実際ヴァーミリオンとウェインは騎士の誓いを交わしていなかったんだぜ? しかもその大事なお友達が倒れたっていうのに、あんまり心配もしてないみたいだし、むしろ心ここに在らずって感じだな」
ガウェインのいちいち突っかかるような言い方に苛立つ。
だがここで奴の口車に乗れば、それこそ思う壷になってしまうだろう。耐えろと自分に言い聞かせるも、ふつふつと己の中で怒りが沸いてくる。
何も言わずに最後まで貫き通すなど、まだ幼きヴァーミリオンには無理な話だった。
「ですが、私にはヴァーミリオン様がウェイン君を信頼していなかったようには思えません。なにか理由があったのではないですか。やはり心臓が弱いということもあり、考慮していた部分もあったのでは……?」
シアンが若干言いにくそうにしているが、こちらに視線を寄越しながら訊ねてくる。
ヴァーミリオンは迷った。シアンになら話してもいいのではないかと、悩んだ。
だがまたガウェインが余計な口を挟んでくる。
「どうだかなー。当の本人は黙りを決め込んでるみてぇだし、答えなんて見えてこねぇよ」
「……ガウェイン殿、ウェイン君の眠るそばであまり大きな声を出さないでもらえますか。正直、今の貴方は大人気がありません。何が言いたいのかわかりませんが、ヴァーミリオン様に当たることだけは止めていただきたい」
「当たってなんかねぇよ。ただ俺は気になってるだけだっつうの。なんであんだけ仲良くしといて、あいつを騎士に選んでないのか不思議なだけ! それに、俺達のことはどうでもいいとか思ってるみたいだしなー!」
最後の言葉に、一番皮肉が込められているように聞こえた。
その言い方はまるで、ヴァーミリオンが彼等を全く信用していないと言っているようだった。
信じていないわけではない。ガウェインのことは正直どうでもいいと思っているが、少なくともシアンのことは信頼している。幼い頃からヴァーミリオンのそばにいてくれた分、彼女への信用もある。
だけど、話したところでそれを信じるかどうか。上手く説明できるかも、自信がない。
「二人だけの問題ってさ、悲しくなるような言い方だよなー。せめてシアンぐらいにその辺りの事情を説明してやれよ。ずっとフォルトゥナ卿に仕えてるんだしさ」
そんなことはわかっている。お前になど言われずともわかっている。今だってまさに彼女に話すべきかどうか考えていたばかりだ。
無神経な男に横やりを入れられなければ、もしかしたら話していたかもしれない。他人の気持ちもわからずに、よくずけずけと言うものだ。
ヴァーミリオンは苛立ちに、歯を食いしばった。




