追い込まれるか、受け入れるか
もしや俺は今からまたどこかへ飛ばされるんだろうか。ウェインから抜け出したばかりで、また知らないどこかへ飛べっていうのか? いやいやいや、冗談じゃないだろ……。
アディの話は飛び飛びで肝心なところは教えてくれないし、全ての元凶が俺だなんて言うけれど、どうしてそうなってしまったのか一番重要な説明が抜けていて、よく意味が理解できなかった。
さっきは追々話していくとか自分で言っていたくせに、もうそんな詳しく聞ける雰囲気でもない。結局どういうことなのか、わからなかった。早く終わらせたいのか、アディは急いでいるようにも見えた。
「……なぁ、アディ。俺、どうなるの? 元凶がアディって、どういうことなんだ? アディが俺をこっちに呼んだのか?」
「……そういうことにしておいてくれたほうが助かる」
「なるほど、じゃあ違うのか。含ませるような言い方をして、自分が悪いって思わせようとしているみたいだけど、それだと誰かを庇っているようにしか聞こえないぞ。実際、庇ってるのか? なんで君がそんなことを?」
どうなんだ? と聞けば、アディは返すことなく俺に背を向けた。
「お前には何も罪はないがな……。とにかく、今はただ眠れ。眠ってくれ」
「眠れ? こんな硬い床でもう一度寝ろって!? じょ、冗談だろ!?」
「……自分の立場がまだわかっていないようだな。この結界の中で、俺はこれからお前の意思を少しずつ消去していく。意識そのものを奪う。いいか、あの女が……いや、俺が欲しいのはお前の体そのものだ」
そう言ってアディが取り出したのは、小さな小瓶だった。
中にはなにが入っているのかが見えず、瓶の中は真っ黒だ。俺にとって、確実に碌でもないモノが入っているのは、一目でわかった気がしたけど。
あれをどうするっていうんだろう。まるで悪魔が潜んでいるかのような小瓶に、自然と尻込みしてしまう自分に驚く。
中身を無理矢理飲ませようとしているんじゃないだろうなと警戒すれば、アディはコルクを抜いて、その瓶を結界の中に投げ込んだ。
小瓶はころころと転がり、俺のところまでやって来るが、中身からなにか漏れているような様子はなかった。
「お前が抵抗せずに全てを受け入れて眠るのならば、安らかに死を迎えるだけだ。だが何が何でも抗うというのなら、徐々に体力を奪い、歯向かう気力さえ失うぐらいに俺が相手をしてやる。この力を使って、お前を死へと追い込む」
アディの手には、見せつけるように黒い渦が禍々しく蠢いている。
やはり普通じゃないその力に、ヴァーミリオン達と同じマナを感じる。
ということは、あれはもしかしなくても見たままの、闇の加護を受けているということなんだろうか。
褐色肌と忌み嫌われ、まさかの加護まで授かってしまったというのなら、それこそ彼は今まで一体どんな仕打ちを受けてきたのだろうと胸が痛む。
二つも差別対象となるものを抱えてしまうだなんて、神様は意地悪だよな、本当に。なんで一気にそんな試練を与えちゃうんだよ。
ていうか、加護って。なんで誰かがそんな加護を受けなければいけないんだ。選ばれた子供って感じがして聞こえはいいけれど、実際は貧乏くじを引いたのと同じじゃないか。
「アディ」
「……俺はお前に感謝、していた。いつも突き放され、誰にも相手などされずにいた俺に笑いかけてくれたり、手を振ってくれたり。モンスターに襲われた俺を庇ってくれるだなんて、普通の人間と同じように接してくれたな。嬉しかった。誰も俺を人として見てくれず、いつも一人ぼっちだった俺を、唯一お前だけは認めてくれた。そこに在る子供として認識してくれていた。親にも見放された俺だったのに、お前は俺を俺として見てくれた。今だって、そうだ」
「……アディ」
「俺は今まで誰かに自分の名前を名乗ったことはなかった。今の今まで、自分の名前すら忘れかけていた。でもお前は俺を呼んでくれた。一人の人間として、受け止めてくれている」
アディは背を向け、歩き出した。
ドアに向かって、一歩ずつ踏み出していく。
その後ろ姿には、希望がなかった。彼は絶望しか背負っていないように見えた。
一人の人間として受け止めるって、そんなの当たり前じゃないか。だってお前はどう見ても普通の人間なんだから。
名前だって聞いて当然だろ。じゃなきゃ、呼ぶ時になんて声をかけたらいいのかわからないじゃないか。
「皮肉なものだな……。そんな唯一認めてくれた命の恩人が、俺のせいでこんなところに呼ばれ、俺のせいで命を落とすだなんて。これじゃあまるで、俺自身が殺したようなものだ」
俺は段々とイライラしてくる。
ヴァーミリオンの時もそうだった。この世界に来てから、いつも思っていた。
だからなんでこの世界の……、いや、俺の周囲にいる人間は、自分の言いたいことばかりを好き勝手に言っていくんだって。
自分の好きな時に、好きなように言いたいことだけを言うって、何なんだ。
こっちの話も聞けよ。今の言い方で俺が命を落とすだなんて、それじゃ納得できるはずがないだろ。納得したところで、はいそうですかと簡単に死んでたまるかって話でもあるんだけどさ。
だから俺はアディに聞こえるように、苛立ちを隠すことなく盛大に舌打ちをしてやった。人に聞こえるように、わざと舌打ちをするなんて初めてだった。今までどんなにムカついたって態度に出すことはなかったけど、こればかりは無理だ。
「……ふざけんなよ」
「なに?」
「俺がここで命を落とすだって? ふざけんなよ。なんで俺がこんなところで死ななくちゃいけないんだ。誰が決めたんだよ。お前か? それともお前が庇っている、誰かのせいか? 大体、俺がこの世界に呼ばれた本当の理由ってなんだよ! 自分のせいだとか、そんなことが聞きたいんじゃなくて、その理由が聞きたいんだよ!」
アディのせいだとか、そんなことは今はどうでもいい。
俺が気になっているのは、その真実なんだ。
すると振り返ったアディはまた困ったように、視線を逸らしてしまった。
「……理由、か」
「意思を奪うだとか、器だとか、わかんねぇんだよ……! 根本的なところがわからないと、俺だって対処もできない! 濁さずハッキリ言え! アディの誰かを庇う理由だとかは、それからでいい! それと、この投げた瓶! なんだよ、これ!」
俺が気になっていたのは先程アディがコルクを抜いて投げ入れた小瓶だ。中は空っぽで、足元で転がっている。嫌がらせでも空の瓶なんて投げないだろう。
アディが持っていた時は中が黒く濁っていたのに、今よく見てみたら透明になっている。
すでに碌でもないモノが放たれてしまったということなのか、どうなのか。
「あと、気になることはまだある! お前が俺に見せつけた、その力だ!」
「これは……」
「その力のこと、知ってる人はいるのか? それまで自分の中に隠しこんでいたのか!? 気になることがありすぎて、逆に問い質したいよ!」
アディは一瞬だけ考えるように俯いた。
でも、すぐに顔を上げた。
お互いの視線がぶつかり合う。
だけどそれでも先に逸らしたのはアディのほうだった。
「……死にゆくお前には関係のないことだ」
「死なない! 死んでなんかやらねぇ! つうか、結局俺は死んでこの世界に来たのか、それとも生きたまんまこっちに飛ばされたのか、どっちだ!」
聞きたいことをとにかく捲し立てるように口に出した俺を見て、アディは呆れたように溜息を吐き出した。そしてそのままドアに向かって歩いて行ってしまった。
俺の質問には答える気がないのか、やれやれといった様子だった。
「アディ!!」
「――――お前は生きている。生きたままこっちに来た。死んで流されてきた方が、どれだけマシだったか……」
アディはそれ以上何も言うことなく、部屋から出て行ってしまった。
俺が眠るように死ぬことを選択したと思っているんだろうか。……いや、今の会話でそれはないだろう。死なないって宣言したばっかだし、だからといって諦めたわけではないだろうし。
自分が今どんな立場に立たされているのか、アディの言葉の断片から色々と推測していかなければいけないようだ。
俺も自分のことでいっぱいいっぱいだけど、正直ウェインのことも気掛かりだ。それに、ヴァーミリオンのことも。




