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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
54/119

不運が重なった、中途半端な器

 俺は頷いてみせた。

 ついでにまだ痛む体をそのまま起こす。すると目の前にいる少年が手を差し出してくれた。

 掴んでいいものかと初めは悩むけど、せっかく差し出してくれたのなら黙って手を取るしかない。なんとなく、この人は俺の敵じゃないと思ったからだ。


「……そしてお前は、自分の体に戻った。この意味も、わかるな?」

「わかる。わかるけど、どうしていきなり?」

「お前の体は三年間、ここに保管されていた。その三年の間、お前の意識は別の体に飛んでいた。それがつい今しがた、呼び戻された。お前の力が弱くなる、その時を狙って」


 金色の瞳が俺を見つめる。同じぐらいの目線で、月が俺の姿を映し出す。


「俺の体が、ここに保管されていた? だ、だって俺は川に落ちて死んで、それで同じ時期に亡くなったウェインに偶然にも転生してしまったんじゃないのか? 俺はそう思い込んで生きてきたのに」

「あぁ、お前の魂が他の体に飛んだのは想定外だった。そもそもお前が奴の邪魔をしたのが予想外の出来事だったんだ。だから不運が重なって、お前は中途半端な器になった」


 器? 器ってどういうことなんだ?

 それに邪魔って。俺、誰かの邪魔でもしたんだろうか。

 そういえばさっきも視線が怖い女の人に邪魔をしただのなんだのと、散々言われたばかりだ。でもそれは本体である比呂にじゃなく、ウェインに向かってだけど。

 そこになにか共通点があるんだろうか。

 俺が誰かの邪魔をして、ウェインであった俺はあの女の人の邪魔をして。


「……そこは追々話していくとするか。長くなるし、今ここでするべき話じゃない」

「ちょっと待った。君はどうして俺が別世界から来た人間だと知ってるんだ? そんなこと、誰にも話したことがないし漏らしたこともないのに」


 目が覚めて、こうしてウェインから本体に戻った俺の傍に堂々といて、こっちの事情をよく知っているだなんて。当事者でなければわからない問題なのに。


「俺もお前に聞きたいことがある」

「こ、こっちだって質問してるのに! なんだよ、聞きたいことって!」

「……一方的に聞かれて答えるだけじゃ俺が面白くない。とにかく、答えを知りたいなら俺の質問にも答えろ」

「だから、なんだっつーの!」


 彼が指を鳴らすと、そこに黒い光が現れた。

 それを見て、俺はまた驚く。

 手には光を放つような物は何も持っていないはずなのに、指を鳴らしただけでそこにすぐ現れるだなんて。

 まるで魔法のようだと思った。

 ヴァーミリオンやガウェインさん達と同じような、そう……なにかの加護を授かった人の力、なんだろうか。

 闇に似た光に照らされて見えたのは、それはどこかで見た覚えのある顔だった。


「俺の顔に見覚えはあるか」

「……見覚え、って」

「あるのか、ないのか、答えろ」


 俺は口を開けたまま固まってしまう。

 目の前にいる男は、確かに見覚えがあった。忘れるはずがない顔だった。

 ウェインがまた十歳の頃で、ヴァーミリオンとの騎士の誓いを交わすことになった、あの日のことだ。

 スライムに呑み込まれそうになっていた子供を助けようとして、突き飛ばした。その時の子供がこんな褐色肌で、金色の瞳をしていたんだ。

 彼は、揺れ動く瞳で俺を見つめていた。


「……君は。街で一度、会ったよな。うん、忘れるわけがないよ」

「覚えているのか」

「そりゃあ覚えてるだろうよ、あんだけ衝撃的な出来事だったんだ。スライムに呑まれるなんて初体験だったし、インパクト大だよ。それに君がまさかあんなところにいるだとは思いもしなかった」

「……では聞こう。なぜお前は俺を助けた」


 俺はきょとんと目を丸くする。


「なぜ? なぜって。誰かを助けるのに理由なんているか?」

「それでも俺は聞きたい」

「助けたいから助けた。それだけだよ。君が呑み込まれるぐらいなら、俺が代わりにって思ったぐらいで、それ以外の理由は特に何も」


 そう言えば彼はなにか考えるように顎に手を置いた。


「……なるほど。自己犠牲、か。そうか、だからお前はあの時も邪魔をしたんだな。それもきっと、同じ理由で」

「邪魔……って、なんのことかわからないんだけど。とにかく、俺はヒーローに憧れているからな。ヒーローは自己犠牲も厭わずに困っている人を助けるんだ。自分よりも優先すべきは他人。自己満足と言われようと、俺はそれでも構わないって思ってる」


 あの時、ヴァーミリオンにも言われたことを思い出す。

 自分のことしか考えていない、他人が助かればそれでいい、そんな己の姿に惚れ惚れとしているのではないか、なんて言われたりもしたもんだ。

 的確なところを突っ込まれて、しどろもどろにしか返すことができなかったあの日がなぜか懐かしく感じる。

 でも、あいつが言ったことは間違ってはいなかった。自分の都合で誰かを助けて、その結果、俺が気を良くして、自己満足して。

 助けた相手の顔なんて見ないようにしていた。アイツは何なんだって、怪訝な目を向けられることが怖かったから。

 助けたからといって、それで全てが良く思われるかといったら違っていた。少なくとも俺の中では良いことをしたはずだったのに。空想世界と現実の違いだった。

 こっちではわからないけど、向こうではそういう時も多かった。


「変わった男だな」

「何回も言われたよ。向こうでも、こっちでも。気にしないようにしていたけど、俺はいつだって変な目で見られていたから。それはともかくとして、君は本当にあの時俺が助けた子なのか?」

「……こんな外見をした人間を、他で見たことがあるか。まず、ないだろう。浅黒い肌に、金色の目だなんて、そんな人間。これ以上は言われずともわかっているな」


 彼はもうそれ以上言わせないと、念を押すようにして目で俺を黙らせた。

 それはそうかもしれないけど、でも自分でそんな風に言わなくても。

 まるで外見のことをこれ以上突っ込まれたくないような雰囲気だった。わかる気もするけど、でも今は特に気にすることもない俺の前だし、そんな機嫌を悪くしなくても。

 なにか気まずい雰囲気になったので、俺は慌てて話題を変えようと焦った。


「あ、そういえば聞いてなかった。俺、比呂っていうんだ。江口比呂」

「……?」

「名前だよ、名前。こっちでいう、ファーストネームが比呂」

「……ヒロ」


 彼はなぜか噛み締めるように、一度だけ俺の名前を呟いた。


「名前、教えてもらえたらなって。こんなところで再会することができたんだし、もしよかったらなんだけど」

「……俺は、アディだ」

「アディ」

「そうだ。それが俺の、名前だ」


 アディはそう言うと、どこか気まずそうに視線を逸らした。

 言い難いことだったんだろうか。名乗った途端、表情が悲しげに変わった。名前を教えたくなかったんだろうか。

 でもアディは、すぐに俺のほうを向いてくれた。


「それじゃ、アディ。聞きたいことがあるんだけど、どうして俺が別の世界から来た人間だってことを知っているんだ。俺はそんなこと、誰にも話したことがなかったし、話せなかったのに。あの時会っただけの君が、どうして俺の事情を?」

「……俺もその、当事者だからだ」

「当事者?」

「そう、当事者だ。全ての元凶が、俺だ。俺に問題があるから、こうなった」

「全ての元凶? なんでアディが」


 そう聞けば、アディは深く溜息を吐いた。


「とにかく、俺のせいなんだ。俺がいたから、こうなった。そして俺は今からお前に残酷なことを伝えなければならない。いや、突きつけなければいけない」

「残酷なこと……。頭が話についていかないぐらい一気に飛躍しているような気がするんだけど、一体どういうことなんだ?」

「こういうことなんだ」


 アディがまた指を鳴らすと、俺の周囲を囲むように黒い魔法陣が床に浮き上がっていく。

 暗闇の中で黒く光を放つそれは、今の俺にはとても眩しかった。

 なんだろう、この魔法陣。

 以前俺が見たことがあるのは、ヴァーミリオンが瞬間移動する時に用いたものだ。

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