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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
52/119

不憫な少年、一時の感情

 * * *


 「ウェイン!!」


 紅い少年の、悲痛な叫びが辺りに響く。

 少年の前には、体の小さな子供の姿が横たわっていた。

 子供は意識が無いのか、倒れたままぴくりとも動こうとしない。

 駆け寄った少年が起こすように体を揺するが、微動だにしない。まるで初めから息など無かったように、地面に転がっている。

 少年の声を聞き、周囲の人間も慌てた様子で駆け寄っていく。

 誰かが医者を呼べと叫んだ。それを聞いた誰かが、言われた通り医者を呼びに走り出す。

 紅い少年は懸命に子供の体を揺すっていた。強く唇を噛みながら、眉間に皺を刻み、揺すり続けていた。

 本来であれば周囲の目を気にせず泣き叫びたいだろうに。名前を呼んで、泣きじゃくって、子供らしく取り乱したいのだろうに。

 可哀想に。それすら耐えなければいけないあの少年は、傍から見ても不憫だ。

 余程深い絆で繋がっていたのだろうか。少年の動揺はまるで本当の家族が倒れたかのようにも見える。

 彼等がどこまで仲良しだったのかは知らないが、だが気にすることはないだろう。時が経てば、その想いすら消えていくはずだ。悲しいのは、今だけだ。

 この少年もいずれまた違う者を探し出し、隣に並べる日がやって来る。

 そう思えばその涙も、ただ一時の感情にしかすぎない。

 仲が良かった友人が倒れ、その想いが今だけ大きな爆発を起こしているのだろう。

 時が過ぎ、月日が流れたら、その涙も悔しさも、遥か彼方まで飛んでいく。そして少年に刻まれるのは、新しい記憶だ。

 傍観を決め込んでいた女は鼻で笑う。

 あの中身はどうやら人を噂で判断するような連中とは違っていたらしい。随分と人の良い人間であったようだ。

 だからといって女が中身を解放するわけがないのだが、それでもやはりあのような人間がこの国にいたら……と考えてしまうのは彼女の場合、仕方の無いことなのか。

 騒ぎを聞きつけた学園の責任者、フォルトゥナが女の傍までやって来た。

 運営をする側として見過ごすことはできないのか、どうやら似合わず息を切らして走ってきたらしい。

 それだけでも吹き出してしまいそうになる。いつも優雅でいる男の、この焦りよう。

 そういえばこの男の子供が、あの紅い少年なのだったか。だからいつも以上に焦っているのだろうか。額に汗を滲ませながら走ってくるなど、今まで見たことがなかった。面白いものを見せてもらった。

 女は笑みを自分の中に閉じ込めた。


「……シュヴェルツェ、なにがあったんだい」

「わかりません。私が通りかかった時には、すでにこのように。なにがあったのかはわかりませんが、いきなり倒れてしまったようです。外で誰かを待っていたみたいですね」


 そうか、と相槌だけを打つと、フォルトゥナは少年の元へ駆け寄った。

 なにか声をかけているようだが、少年は父親のほうになど見向きもせず、子供の体を未だに揺すっている。フォルトゥナの声など彼には届いていないようだった。

 それはそうだろう。

 家に帰ることもせず、その子だけを隔離するように離れた屋敷へ移し、のうのうと顔も出さずに暮らしていた親だ。届くわけがない。まるで他人のような父親に、声が届くわけがないのだ。

 あの男の妻も妻で、噂では長男ばかりを相手にし、次男の存在など無かったかのように暮らしているそうだ。女が言えることではないが、酷いものだ。

 さて、この中で一番不幸なのは一体誰か。

 フォルトゥナか、その異質な子を産んだ妻か、それとも知らずの内に勝手に力を与えられていた子供か、噂を気にしながら生きなければならないその兄か。

 最も罪深い存在であるのは、この地に住む人間達なのだが。


 自分の仕事は終わったと、女は野次馬の中に紛れ込み、姿を消していく。

 女はもう、前しか見ていない。


 さぁ、始まる。

 止まっていた時計の針が動き出す。

 動かないのであれば、自分で押して動かすだけだ。


 同情し、仕事を与えてくれたフォルトゥナには悪いが、ここからは好きに動かせてもらおう。


 そう、まずはここから。

 ここからだ。

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