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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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正々堂々と文句を言いやがれ!

「いてぇっ」


 見上げてみれば、呆れたように目を向ける主の視線が俺を見下ろしていた。


「わ、悪い。きちんと前を見て歩いてなかった。鼻、ぶつけちまったな」

「……お前は。いちいち周囲を気にするな」

「え?」

「気にしたところで負けだと言っているだろう。悪意は必ず俺についてまわる。第一、言われているのは俺なんだから、お前がそこまで苛立つことはないだろう」


 それはそうなんだけど、と口をへの字に曲げる。だって、面白くないだろ。

 堪らず腹の底がムッとした。

 自分の主が……というより、友達が陰でコソコソ言われていたら反論したくなる。この男はお前達が思っているような奴じゃないんだぞって大声で返したくなる。

 悔しいじゃないか。守られている立場を忘れて、もしかしたら自分達は守られてやっている立場なんだと勘違いしているんだとしたら、それはそれで。好きで守られているわけじゃないとか言われたら、本気で腹が立つ。

 せめて堂々と俺達の前に出てきて、正々堂々と文句を言いやがれってんだ!

 街での一件もそうだけど、相変わらず陰湿な人達が多いよな、ここ。


「……すまない」


 ヴァーミリオンは小さな声で、控えめに謝った。


「なんでヴァーミリオンが俺に謝るんだよ」

「俺のせいで不快な思いをさせているだろう」

「……あのさ、友達が悪く言われていたら誰だって嫌な気持ちになるだろ? 本当に陰口叩かれてるような奴だったら俺だって擁護したりしないよ。だけど、お前は違うじゃないか」


 俺は知っているから。三年も一緒にいれば、わかる。

 もっとヴァーミリオンと接してみれば、みんな必ずわかることなのに。それなのに好き勝手に四の五のと……!

 どうにか考え方を改められないもんかな。

 俺が一人ぷりぷりとしていれば、ヴァーミリオンは微かに笑った。


「それだけで充分だ」

「え?」

「そう言ってくれる人が一人いるだけで、俺の心は救われる。十分なんだ」


 そう言って彼は、寂しそうに笑みをこぼした。

 その表情を見てしまった俺はなんとも言えない気持ちになる。

 そんな寂しげに微笑まれたら、やっぱり周囲との壁をどうにかして壊してやりたくなるだろって。

 俺一人が崩せるような簡単な壁ではないけれど。それでもどうにか手助けしてあげたい。


「……はあ」


 その後ろから、明らかにうっとりとしているような、場にそぐわない惚れ惚れとした溜息が聞こえてきた。思わず頬がひくりと引き攣ってしまいそうになるぐらい、艶めいた溜息だ。真面目な雰囲気がガラリと音を立てて崩れていったような気がした。

 なにか嫌な予感しかしないけど、俺は仕方なくギギギ、とぎこちなくその声のする方向に顔を向けてみる。

 するとステファニーが、目を輝かせた様子で俺達を眺めていた。

 頬は桜色に染まり、にやにやと怪しげな笑みを浮かべている。鼻の下まで伸ばして、スケッチブックが手元にあれば今にも絵を描き出しそうな勢いだ。

 やっぱりお前かとツッコミを入れたくなるけれど、とりあえず何も言わずにそのままにしておく。

 なんとなく、今まさにインスピレーションが浮かんできているように見えるのは、俺の気のせいではないはずだ。そんな大事な時に邪魔をしてみたら噛みつかれるし、吠えられそうだ。

 で、でもな、ステファニー。さすがにこんなところまで来て俺達を使って妄想はしないでくれ。頼むから。


「……」


 するとまた何処かから、今度は刺すような強い視線を感じる。

 ぞくりと寒気がした俺は堪らず顔を上げ、すぐに周囲を見渡した。

 だけど皆の目はほぼヴァーミリオンに対し注がれているため、特に俺に向けられた視線はない。

 なんだ、今のは……。

 敵意がこもっているように感じたんだけど、気のせいだったのか?

 まさか幽霊が屋敷からくっついてきて、俺のことを監視しているわけじゃあるまい。気味が悪くなってくる。

 思わずヴァーミリオンとステファニーに目配せしてみるけど、彼等は視線に気づいていないのか、気にすることなく周りを見ている。

 俺にしかわからない、不気味な視線……? 怖すぎる。

 体を震わせつつ辺りを警戒して見ていると、受験者達の隙間から気になるものを見つけてしまった。


「あれは……」


 ちらりと見えただけなんだけど、以前会ったことのある褐色肌の少年に似たような子が、その中に混ざってこっちを見ている気がした。あの綺麗な満月の瞳が俺の姿を捉えているようにも感じてしまい、息を呑む。

 目を凝らしてよく見ても、この距離からじゃそれが本当にあの時会った少年なのか、よくわからない。

 人混みに紛れ、すぐに満月は姿を隠してしまった。雲の後ろに身を引いてしまったようだった。


「まさか、な……。それこそ本当に、まさかだ」


 彼がいたとしてもおかしくはないけれど、あれは実際あの子だったんだろうか。

 あとで一度、探しに行ってみるか? 会ったところで、俺のことなんてもう覚えてはいないだろうけど。それでも声をかけるぐらいなら、いいんじゃないかな。

 いや、その前に見間違いで、本当はあの子じゃないのかもしれないし。はっきりとはわかんないんだけどさ!


「ウェイン、なにしてるの?」

「……なんとなく、あそこに知っている子がいたような気がしたんだ」

「あら、お友達?」

「いや、そういうんじゃないんだ。ただ、どこかで見掛けたことのある子がここにいたような気がして。見間違いかもしれないけど」


 ふーん、とステファニーはあまり関心がないのか、すぐに会話は途切れてしまった。

 この地方に住んでいるなら、フォルトゥナ学園への入学を希望して当然なのかもしれないし、ここにいたとしてもきっとそう驚くことじゃないんだ。あの子だって騎士か主になるために、ここへ来たのかもしれないし。

 俺が気にしすぎなのか、過剰に反応しすぎなのか。

 もやもやとした気分を抱えながら、さっきまであの子が立っていた場所を見つめていると、試験官の声が会場内に響いた。


「この会場にお越し頂いたフォルトゥナ学園への入学希望者の皆さん、おはようございます。えー、まもなくですが、試験を開始したいと思います。始まる前に、トイレなどの用は必ず済ませておいてくださいね。今年は実技と……あとは数点、試験官から質問をさせていただきます。合否は後日、学園側から郵送致しますので、ご了承ください」


 ざわざわしていた会場内が、一気にしんと静まり返る。皆が試験官の話に耳を傾き始めていた。

 そろそろ試験が始まる……。

 そう思えば、今度は違う意味で体が緊張してくる。急にばくばくと、心臓が大きく鼓動を打ち始めた。

 そうだ、そうだった。今は試験に集中しなきゃいけない時なんだった。あの子のことは、ひとまず後で考えよう。

 ウェインの心臓は弱いけど、緊張すると普通にいつもより強く音を放つことができるんだな、なんてことを考えていると、試験官の声がただ無意味に俺の耳を通り過ぎていく。

 鼓動がうるさすぎて、むしろ相手の声よりも音が大きい気がして、違和感を覚えてしまう。

 あれ、話が全く頭に入ってこねぇ……。極度に緊張しているんだろうか。お、落ち着け、俺。ら、らしくもなく非常に動揺しているじゃないか!


「……緊張しているのか?」


 ヴァーミリオンが声をかけてくるけど、俺はそわそわとしてどこか落ち着かない。返事をすることすら忘れている。

 だってどんな試験を受けなきゃいけないのか、わからないだろ? 実技って、結局はどんなことをするんだ? いきなり不安になってしまう。

 シアンさんは以前、ある程度の実力があれば受かるとか言っていたような気がするんだけど、ある程度ってどの程度なのか、結局はさっぱりなんですが。

 そういえばステファニーも実技だなんて、大丈夫なんだろうか。

 剣とは無縁の世界で生きてきたような彼女だから、そっちもそっちで心配だ。余計なお世話とか言われそうだけど、それでも心配なんだ。


「……おい」


 他人のことより、まずは自分を心配しろって話だよな。余裕がなさすぎる。

 緊張しすぎて段々と気持ち悪くなってきた俺の耳を、ヴァーミリオンが強く引っ張った。


「……っ、いでででで! な、なんだなんだなんだ!? ちょ、引っ張るだけならまだしも耳を抓るなって!! ちぎれる! ちぎれるー!!」

「騒ぐな、落ち着け。なにをガチガチに緊張している」

「だ、だって試験だぞ? 受験なんだぞ!? き、緊張するに決まってるだろ……! 落ちたらどうしようって不安にもなるだろうよ! 俺だけ落ちてヴァーミリオンが受かった場合はどうしたらいいんだ!? その時の俺の立場は!?」


 しかも一般的な試験と違って、どんな実技なのかもわからないし。向こうのテストともまた違うんだから、俺は動揺しまくりだ。

 対照的にヴァーミリオンは一人静かに落ち着いていて、余裕綽々。これは余程自信しかないんだろうなぁ、流石だぜ……。


「……お前はいつも素振りを続けてきたな?」

「あ、あぁ、そうだな」

「いつも誰を相手に手合わせしてきた?」

「えーと、ヴァーミリオンにシアンさん」

「だろう。なら、余裕だ」


 何をもってしてそれが余裕になるのかさっぱりわからないし、どう自信に繋がるのかわかんねぇ……。

 不安げにヴァーミリオンを見上げてみれば、目を合わせた彼は鼻で笑ってみせた。

 弱気な俺を見てバカにしているんだろう、そうだろう。

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