今すぐ私の騎士になりなさい
はたしてそれがビジネスとして成り立つのかも謎だ……。
向こうの世界ではそういうジャンルも一部では浸透しているって話を聞いたことがあるから、当たればなんとかなるかもだけど。こっちでそういうのって免疫あるのか?
そもそもこんな差別のひどいところで同性同士の恋愛だなんて、それこそ御法度なんじゃ? バッシングされそうな気がしてならない。石まで平気で投げられそうだ。
「……ステファニーは、これを絵画として展開していくつもりなの? それとも小説? それとも、マンガで?」
「……マンガって、なに」
「え、知らないのか? 絵で話を綴っていくっていうか、紙にコマを割って物語を展開させていくんだ。一回スケッチブックとペンを貸してもらってもいい?」
ステファニーはヴァーミリオンからスケッチブックを奪うと、渋々といった様子だが俺に手渡してくれた。
言葉で説明するよりも見てもらったほうが早い。
俺も絵心があるわけじゃないけど、小学生の頃にかじったことはある。手の込んだ絵は描けないけど、彼女に教えるぐらいならなんとかなるんじゃないかな。
簡単なマンガを、さささっと描いていく。
適当にコマを割って、即興で考えたショートストーリーをただただ簡潔に一枚の紙に描く。
悪をやっつける正義のヒーローのワンシーンだ。歩いていたら、人に悪さをする悪役がいて、それを見つけた主人公がヒーローに変身。その悪をぶっ飛ばすって感じ。
だけど俺、残念なことに三年経った今でもまだこの世界の字は書けないのである。
シアンさんからは字の読み書きができない子は少なくないから、学園でも一から教えるので詳しくはその時にって言われてたんだ。
書けても自分の名前と、主であるヴァーミリオンの名前だけだったりする。
「ほら、こんな風にさ。芸術とはまた全然違うんだけど。でもこれで大体話の流れがわかるだろ?」
「この丸の中とか、ギザギザのところはどうするの? 空白のままなの?」
「いや、本当はこの吹き出しの中に台詞を書くんだ。俺は文字が書けないから空白のままだけど、そのキャラクターが今なんて言ってるのか、この中に収まるぐらいの文字数で自分で考えなきゃいけない」
ステファニーは感心したように大きく息を吐き出した。
「貴方の描く絵って、なんていうか、おしゃれでとても可愛らしいのね。私とはまるで真逆の……ううん、むしろこのテイストで美形な殿方を描けば、そのほうが受けがいいんじゃないかしら……? こんな描き方、うちにある本では見たことがないわ」
俺の描いた絵を覗き込みながら何か思うところがあるのか、うんうんとしきりに頷きながら呟いている。
ステファニーとの距離感が近くて、俺はもう緊張していた。
顔が近い、体が近い、会ったその日にいきなり急接近……!
少しマンガの描き方をかじっていて良かった……! 何事も意外なところで役に立つもんだなぁ!
「……貴方、ウェインって言ったわね?」
「は、はい」
「こんな陰険な男の騎士なんて辞めて、今すぐ私の騎士になりなさい。そうしなさい」
「は、はい、わかりまし…………って、えぇぇえ!?」
ステファニーのトンデモ発言に、俺は身を乗り出して驚いた。彼女の大きな瞳が真正面にあって、その海に呑み込まれそうだと思った。
騎士。絵がちょっと他と変わっているからって、いきなり騎士の勧誘!? だからそんな大事なことをこんな簡単に決めていいのか!? ガウェインさんといい、ステファニーといい……もっとよく考えた方がいいって!
ヴァーミリオンが割り込むように大きく咳払いをした。
「貴様……こいつは俺の騎士だ。それをわかっていながら略奪しようというのか」
略奪……略奪て。その言い方。不倫じゃないんだから。
「貴方の傍にいるより待遇は良いわよ? それに私、この男と違ってそう危ない現場に行くわけじゃないし」
ヴァーミリオンを指さして、ステファニーが鼻を鳴らしながら言う。
「私と一緒に、ビジネスを始めてみない? ウェインと一緒なら、新しい境地に踏み込めそうだわ。そして私にその手の絵の描き方をレクチャーしてほしいの。絶対に損はさせない。危険な場所に近づくこともないから、平穏な日々を過ごせるわよ」
これが……これがヴァーミリオンと会う前だったなら、なんて考えてしまう俺は薄情だと言われてしまうだろうか。白い目で見られてしまうだろうか。軽蔑されそうな気がする。
今日会ったばかりの可愛い女の子に騎士になってくれと頼まれたなら、普通は嬉しいだろう。めちゃくちゃ嬉しいよ。女の子に頼られるって……向こうじゃ考えられなかった。
でも今の俺は、ヴァーミリオンの騎士。
騎士の誓いを、交わした仲。
裏切れないんだ……。
どんなに自分好みの、とびきり可愛い女の子からのお願いでも、男の友情より高いものはないんだ……。
ごめんよ、ステファニー。ヴァーミリオンを裏切るだなんてそんなヒールがするようなこと、俺には到底できっこない。
君との出会いがもっと早ければ、彼女の騎士になっていたのかもしれないな。
「ごめんな、ステファニー……。さすがに三年足らずで主を変えるなんてこと、今の俺には考えられないよ。この屋敷への恩義もある手前、そんな薄情な……」
「あ、そう。ならいいわ」
俺は床に倒れ込みそうになった。
はやっ。手の平返し、早! 諦めるの早すぎだろ! 冗談というか、本気で言っていたわけじゃないってこと? なんてこった、俺は真正面から受け止めていたよ。男心を弄ぶなんてひでぇよ……ひどすぎるよ……。
「くだらん。とにかく俺は部屋に戻る。お前ももう少し必要なものを探してみるんだな」
「……そういえば貴方達、何をしていたの?」
「俺達はフォルトゥナ学園の寮に入るための準備をしていたんだ。荷物をまとめる途中だったんだけど、そこで君が――――」
「ベラベラと話す必要はない。そいつには関係のないところだ。自分でも言っていただろう。危ない場所には出向くことのない、平穏な暮らしの中にいる女だと」
遮るようにしてヴァーミリオンが口を挟む。
そりゃそうだけど、でもそんな言い方しなくてもいいじゃないか。別にフォルトゥナ学園に通うぐらい話したっていいだろう。秘密にしなきゃいけないことでもないだろうに。
「あぁ、そういえばもう十三だものね。フォルトゥナ学園に通う歳になったのね」
ステファニーが納得したように一人頷いた。
「ステファニーって、今いくつなんだ?」
「貴方達と同じ、十三よ。ウェインはなんだか、同い年には見えないような体の大きさよね。そっか、フォルトゥナ学園ねぇ……」
ヴァーミリオンがその様子に何か察したのか、深く溜息を吐き出しながら部屋から出ていってしまった。
ここで俺と彼女を二人きりにするのかと驚いたが、ステファニーも「そうだ、閃いたわ!」と急に大声を出し、ヴァーミリオンの後をついていくように部屋を飛び出していってしまった。
なにを閃いたんだろうと気になったが、あまり聞かない方が良さそうだと思って、頬を引き攣らせながら黙ってその背中を見送った。
部屋には妙に静けさだけが残った。
俺も、改めてもう一度部屋の中を整理してみよう。
いやいや、それにしてもヴァーミリオンも初めて会った時はインパクトが強かったけど、ステファニーはそれ以上の衝撃だったと荷物をまとめながら思う。
なんてったって腐女子。
異世界にまで腐女子がいるなんて、やっぱり色んな人がいるもんだなぁと実感した。好きな人は好きなんだよなぁ、きっと。
ということは、もしかしたらこの世界にも俺と同じようにヒーローに憧れる人もいるのかもしれないな。学園に通えば、そんな友達もできたりして。
向こうではヒーローが好きって人、そういなかったから……。楽しみだよな。
「体調も悪くなることはないし、このままなら大丈夫かもしれないな」
なんだかんだで良い調子で来てるし、五年だってあっという間だったりして。マナ不足はヴァーミリオンがなんとかしてくれるし、そう考えれば不安になるだけ損な気もする。いつウェインから離れるかなんてビクビクしながら過ごすよりも、もう少し気楽にいったほうがいいのかもな。
さて、とにかくヴァーミリオンに怒られる前に服も全部まとめておくか。
チェストから服を取り出そうと立ち上がろうとした瞬間、俺の視界が突然ぐらりと揺れ動く。
あれ? と思った時には、視界が一転、俺の体は仰向けにひっくり返ってしまった。




