フランス人形のように可愛らしい女の子
「別に気になどしてはいない! 幽霊であるお前の本当の姿など特に見る機会もないのだからな! そんな相手とわざわざ張り合う必要もないだろう!」
その言い方は根に持ってるって言ってるようなもんなんだけど、本人は素で言っているので敢えて何も言い返さない。
最初はやれやれといった感じで聞いていたけど、そういうところもヴァーミリオンの可愛いところなんだと思えば、あまり気にもならなくなった。
またぷりぷりしてきたぞ、と温かい目でそのアクションを眺めていると、ヴァーミリオンとは違う視線をその背後から感じた。
シアンさんか執事さんが様子を見に来たんだろうかと見てみれば、ドアのところに女の子が一人、顔を覗かせてこちらをじっと見つめていた。
腰の辺りまで伸びたストレートの髪の毛が、きらきらと星のように輝いている。手入れされているとすぐわかる、艶のあるブロンドヘアーだ。頭の上にはくるりと天使の輪っかまで出来ている。
白いフリルのワンピースがとても似合っていて、フランス人形のように可愛いっていう表現は、きっとこういう子のことを言うんだって思った。
この世界の子供は可愛い顔立ちが多いんだろうか。一瞬だけ、どきりと胸が高鳴った。
「どうした」
「後ろ、後ろ」
ちょいちょいと後ろを指させば、振り返ったヴァーミリオンが彼女を見て、げんなりと息を吐き出した。
え、誰なんだろう、この子。知り合いなのか?
今までこの屋敷に俺達以外の子がいるところなんて見たことがなかったから、びっくりだ。
女の子はヴァーミリオンを通り越して、さっきから俺のことをじっと見つめている。
アイスブルーの瞳がなんだか空を連想させて、そのまま吸い込まれそうだと感じてしまった。
そ、そんなに穴があくほど見つめられて……どうしたんだろう。俺、変な恰好してる? 寝癖でもついてる? どこか汚れてる?
その視線の意図がわからず、たじたじと見つめ返していると、ふと彼女の瞳が伏せられた。
頬が若干、赤く染まっているような気がする。桜色の可憐なぷっくりとした唇が、微かに震えていた。
彼女を見つめる俺の体に緊張が走り抜ける。
「……素敵」
ぽそりと呟かれた言葉は、しっかりと俺の耳にも届いていた。彼女はもう一度だけ俺のほうに視線を移すと、すぐにどこかへ駆け出していってしまった。
今の言葉を頭の中で繰り返しながら、彼女が立っていた場所を呆然と見つめる。
素敵……。素敵。 素敵! 俺が? 俺のことを見て、素敵って言ったよな? 今、言ったよな!?
「ヴァーミリオン!!」
「なんだ」
「今の娘、誰!?」
途端に鼻息を荒くし、興奮した様子の俺を見て、ヴァーミリオンは呆れたように肩を落とした。
さっきまでの脱力感はどこへやら。俺の心臓は一気にバクバクと元気を取り戻した。現金な奴ですね、そうですね! 自分でもホント単純な奴だと思います。
「あれはステファニーだ」
「ステファニー?」
「俺の従兄弟だ。父上の弟の子供だな」
「そんな子がいたんだ!? ここにお前の血縁者って全然来ないから、ああいう華やかな子が来るとなんだか新鮮だな! ていうか、聞いた? 素敵って! 俺を見て、素敵って!!」
またげんなりとした目で、ヴァーミリオンが今度は俺を睨む。なんだか哀れんでいるように感じるんだけど、気分のいい俺にはそんな視線、なんのその。
生きてきて十七年、今まで女の子にモテた日はなかった……。
俺がヒーローに憧れていたばかりに、家ではアニメやら特撮しか見ないオタクだと気味悪がられ、影では体は鍛えているくせに実際顔はそこまで男らしくない奴だと囁かれ、むしろ今時ヒーローに憧れるって子供じゃないの(笑)とか同級生には馬鹿にされたりして……! 女の子のことなんて、俺には縁のない話だった。
言っとくけど、ヒーローがオタク臭いものだとばかり思っていたら大間違いなんだぜ!? アメコミはもちろんのこと、戦隊モノやライダーシリーズやら、俺としては時代劇だって所謂ヒーローなんだと思ってる。
話が逸れていきそうだけど、それが今は「素敵」って!
言われたのは比呂じゃなくてウェインなんだとかいうツッコミはやめてくれ。それぐらい俺は今、舞い上がってる。
胸がドキドキしていて、これがときめきなんだって思うと今更だけど青い春がやってきそうだ、なんて嬉しくもなる。こんな俺にも、ようやく桜が咲くかも……そんなことを感じていたりして。
あぁ、どうしよう。更に舞い上がっていきそうだー!
「はぁ……くだらん。落ち着け」
「落ち着いてなんかいられないって! だって、女の子が俺を見て……っ、じっと見つめて! 素敵って!」
「あのな……。あの女はそう生易しいものじゃないぞ。言っておく、やめておけ」
なんだ、その言い草は! せっかく浮上していった俺の心を打ち落とそうとしているな、これは!
「なんだよ、俺がモテるのが面白くないのか!?」
「馬鹿を言うのも大概にしろよ、この幽霊めが。いいか、それ以前にお前はウェインではないのだろう? ならば頬を染めてあいつが素敵と言ったのはウェインということになる。決して中身のお前にではない」
「おぉい!! 敢えて人が考えないようにしていたことをそこでほじくり返すんじゃねぇぞ!!」
「言っておくが、あいつをその辺にいる普通の女とは考えない方がいい。俺もよくは知らないが、シアンやじいがあいつが屋敷に来ると聞いて大層困った顔をしていた。ハッキリとは教えてくれなかったが、なにか良くない癖があるそうだ。あの二人がそんな顔をするんだぞ? 余程の問題児に決まっている」
癖? あんなに可愛い子だったら、ちょっとおかしな癖が一つや二つあったって、別に気にしないんだけど。
可愛いは正義、俺は許す。全然許せる。許容範囲。
「……可愛い悪癖だったらいいなぁ」
「どんな悪癖だ、それは。とにかく、女に現を抜かす前にさっさとやるべき事をやれ。俺だけならまだしも、シアンにも呆れられたらどうにもできんぞ。ただでさえ最近上の空でいることが多いんだ、お前は」
はい、そうでした。
さっきもそうなんだけど、ぼーっとする事が多くなったといえば、その通りで。
意図してやっているわけじゃないんだけど、気づくと物思いにふけてるというか。それで今みたいによくヴァーミリオンに叱られたりしているんだよな。
身が入ってない、と言われたらそれまでなんだけど、考え込む時間が増えたと言った方がいいのか。遠くを見ている時間も以前より多くなったなぁ、とは思う。自分でもそう思えるんだから、余っ程なんじゃないだろうか。
マナ不足も度々起こしかけるけど、それはヴァーミリオンに補充してもらっているから今のところ深刻な問題じゃない。
なんでぼーっとしてしまうんだろう。やっぱり春だからか? 関係ない?
「ステファニーのことが気になるなら、用を片付けてからにするんだな」
「いいの?」
「別にお前が誰と関係を築こうが俺には口出しする権利はない。明らかに面倒なことに首を突っ込もうとしているならば頭を殴ってでも止めるがな」
「頭を殴って……。せめて肩を掴むぐらいにしてもらえないでしょうか」
「肩を掴んだぐらいでは止まらないだろう」
もっと人に優しくすることを覚えて……切実に。
とりあえず鞄を広げ、なにか必要な物がないか部屋の中を見渡す。
家着や下着は必需品として、本当に持っていかなきゃいけない物って特に俺にはないんだよな。
思い入れのある物といったら特訓の際に毎日使っていた木刀ぐらいだし、でもさすがにこれは学園に持っていけないだろう。
ある程度の物は学園側で用意してくれるって聞いてたし、だとするとこれといって鞄に詰めるものは無いんじゃ……?
「なぁ、ヴァーミリオン」
「なんだ」
「もしなにか他に必要な物ができたら、貸して」
「だからこの部屋から持っていけばいいと言っているだろう!」
「だって服と下着しかないんだもんよ! 筆記用具とか、そういう物はあっちで用意してくれるんだろ!? この部屋にある俺の大事な物って言ったら木刀ぐらいしかないんだよー!」
「ならばそれも持っていけ! あとで持っていけば良かったと後悔しても遅いんだぞ!」




