ヴァーミリオンの願い
まぁ、いつそんな展開を迎えるかわからないから話半分で聞いてもらった方がいいっちゃいいかもしれないんだけどさ!
「一応頭の中には入れておこう。なにが起きてもいいように。な、幽霊さん」
「く……っ、どんな顔をして返事をしたらいいか、さっぱりわかんねぇ! すっげぇ複雑な気分!」
「それよりも、誰かが来る前に誓っておけ。じい辺りに見られていたら、無駄に騒がれて面倒なことになる」
はいはい、わかりましたよ……。確かにあの執事さんなら、ヴァーミリオンに無事騎士が決まったと聞いたなら赤飯を炊いて喜ぶはずだもんなぁ。こっちには赤飯なんて無いから、どうなるかはわからないけど。
でもおめでたい出来事に盛大にパーティーなんかはしそうだ。それこそ屋敷の使用人さん達、みんな一緒に……。
それはそれで楽しそうだな、なんて呑気に考え始めると、止めるようにヴァーミリオンが大きく咳払いをした。
「では、改めて問おう。生涯俺の騎士となることを、ここに誓うか?」
もう一度俺に問い質したヴァーミリオンの手は、先程のように震えてはいなかった。その瞳はしっかりと前を見据えていた。
俺もいい加減尻餅を着いたままでは様にならないと思い、片膝をついて彼に頭を下げる。
「……誓います」
肩に置かれた剣を手に取り、その切っ先に口付ける。
刃はひやりと冷たく、これで自分は正式にヴァーミリオンの騎士に決まったんだと息を吐き出した。
儀式は成立した。だけど、まだなにか他にすることがあるんだろうか。誓いの言葉を口にしたというのに、俺の肩に置かれた剣は引かれることなく、そのままだ。
ん、どうして終わらないんだ? 誓って、それで終わりじゃないの? もしかして、なにかもっと別の言い方が必要だったりする?
そんな「誓います」の一言だけじゃ成立しないとか、騎士になった暁にはこの先どうしたいとか、どんな功績を残したいとか、もっとこう、色々考えて言わなきゃいけなかったんだろうか。だからヴァーミリオンも、動かずにいるのか?
ちらりと彼を見上げれば、まだこちらをじっと見下ろす紅い瞳とぶつかってしまった。
「……ごめん、もっと他に言わなきゃいけないことあった? 俺、間違ってた?」
「いいや、違う。これは俺の問題だな。お前に今言うべきことか、考えている」
「なんだよ、それ。さっきの俺みたいだな」
お前と一緒にするな、と睨まれるけど、間違ってはいないと思う。
「……茶化さずに聞けよ。これは誓いではなく、俺の願いだ」
ヴァーミリオンの瞳がまた伏せられる。
でもそれはさっきみたいに、悲しげにじゃない。ただ少し言いにくそうに、気まずそうに、だけど祈るようにして、下を向く。
「いいか、お前だけは俺に背を向けるな。例えどんなことがあろうと、俺から逃げることだけは許さない。お前が幽霊であって、どうしようもない理由でここからいなくなるのだとしても……お前は最後まで俺の味方でいろ。そのかわり、何があっても俺もお前の味方だ」
「俺が俺じゃなくなったとしても?」
「あぁ。お前のように変わった男、見ればすぐにわかるだろう。まぁ、そもそも幽霊が姿を見せることができるのであれば……だがな」
それはなんとも難しい願いだ、と俺は少しだけ笑ってしまう。
ウェインから離れたら、背を向けたくても向けることなんてできないかもしれない。逃げたくなくても、距離を置くことにはなるだろうし。
成仏しなければ、幽霊としてお前のことを見守り続けるっていう手もあるかもしれないけどな。でもずっと同じ場所に留まっていると、他の霊も引っ張ったりするんじゃないっけ? 呼び込んじゃうっていうか。
幽霊になってまで人に理不尽な迷惑はかけたくないなぁ……。でもなぁ。
「……大丈夫だよ、ヴァーミリオン」
名前を呼べば、ヴァーミリオンが視線を上げる。
「俺は、お前から逃げたりしない。どんな状況であれ、俺はお前の味方だよ。それは、例え俺がウェインじゃなくなったとしても変わらない」
「……そうか」
肩に置かれたままだった剣が下げられた。
俺も尻餅を着きっぱなしだった腰を上げ、ようやくその場に立ち上がる。
そして彼に向かい手を差し出した。
「……? なんだ、その手は」
「これからもよろしくって意味の握手。俺達、パートナーになったわけだし。この先揉めたり、ケンカなんかもしたりすると思うけど、それでも仲良くやっていこうぜ」
「……なんだ、それは。無駄に暑苦しい奴だな」
「まぁまぁ、そんなこと言わずに」
あまり仲がよろしくなかった二人がいつの間にか気を許し、友になれば握手を交わすっていうのは俺の中で定番のパターン。
よくあるだろ、ライバルと共闘してそこから友情が芽生え、信頼関係が生まれるって。それで二人は握手をするんだ。そうそう、ちょうどこんな感じに。
ヴァーミリオンは差し出された手を嫌がらずに、強く握ってくれた。
「ニヤニヤして、気持ちの悪い奴だ。さっきまで地面に転がりながら悩んでいた者の顔とは思えないな」
「るせぇっ! ちょっとはスッキリしたの!」
「それは何よりだが」
なんだよ、と顔を見れば、また珍しくヴァーミリオンが微笑んでいた。
徐々に沈んでいこうとする夕焼け空がバックに相まって、彼の赤を象徴していくようで、それはとても綺麗だった。不覚にもまた目を奪われてしまい、慌てて視線を逸らす。
夕陽が似合う男……なんて羨ましいんだろう。俺もこんな風に夕焼けが似合う男になりたい。だってなんだか、スーパー系の熱血主人公っぽいんだもんな。
「さぁ、行くぞ」
「え、行くって、どこに?」
「あそこを見てみろ」
ヴァーミリオンが指さしたほうを見てみれば、執事さんと使用人さんらしき数人が壁から顔を覗かせ、俺達の様子を窺っていた。
なんとなくだけど、執事さんがハンカチで目頭を押さえているのが遠目でもわかってしまう。うわぁ、ありゃ泣いてるな……確実に。恐らくヴァーミリオンが正式に俺と組んだことを確認して、感動しているに違いない。
俺達の視線に気づいた使用人さん達が、覗き見がバレたとばかりにバツが悪そうにはにかみ、それから深く頭を下げていく。執事さんならわかるけど、まさかあの人達まで覗いてるだなんて……。
いや、そこはやっぱりヴァーミリオンのことが心配だったんだろう。うん、そう思うことにする。覗き見してしまうぐらい気掛かりだったんだ。
そりゃ普段引きこもってるヴァーミリオンが自分から屋敷の中をウロウロしていたんだ。みんな見て見ぬ振りをしていたんだろうなぁ、と思うと実に微笑ましい光景である。
でも執事さん達がここに来たということは、夕食の準備ができたってことなのかな?
「……行かねばならんだろう」
「ということは、今日からヴァーミリオンも一緒に食堂で食べるってこと?」
「そうしなければ、うるさいだろう。じいも、シアンも、お前も」
そりゃ、まぁ、一緒に食べた方がいいに決まってるさ! 一人で食べるよりはご飯もより美味しく感じるし、きっと楽しくなる。
ヴァーミリオンにとっても、今までの環境を考えれば絶対にそのほうが彼のためにもなると思うんだ。
誰かと一緒に過ごす時間を知らないヴァーミリオンには、特に。
「朝、昼、晩、三食必ず一緒に……だ!」
ヴァーミリオンは深く溜息を吐きつつも、その顔は嫌がっているようには見えない。
明日になればシアンさんの耳にも噂が届き、朝一番に「おめでとう、やはり君をここに連れてきて正解だった」なんて言われそうだ。
これからはご飯を食べる時はもちろんのこと、朝練も、その後の訓練も、ずっと一緒に過ごすことになりそうだ。
誰かと過ごした時間が少ない彼だからこそ、その楽しさを知ってほしいし、忘れないでいてほしい。
一人で閉じこもることがないように、なにか大きな壁にぶち当たったとしても、抱え込まずに誰かに頼ることができるように。
俺もヴァーミリオンに向かい一度微笑んで大きく頷くと、執事さん達の元へ駆け寄っていく。
後ろからは、やれやれといった様子で彼もついてきてくれることだろう。
一つ何かが解決して、一歩前に踏み出した俺達。
明日からが楽しみだ。これからが、楽しみだ!




