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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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不透明、心変わり、幽霊との誓い


 控えめにそう言えば、鼻で笑われた。


「ハッ、今更引くなと言われても無理な話だな。俺はお前と会ったあの日に、とっくに引いている。げんなりしている。すでにアホなんだと確信している」

「随分と酷い言われようだな、おい!」

「だから何を言われても俺が引くことはない。これ以上は引くに引けないところまで来ているからな。だからもったいぶったところで無駄だぞ。さっさと言ってしまえ」


 その返しに、俺は脱力してしまった。

 段々緊張感が高まっていたところだったのに、変なところで穴があいて、抜けていってしまったようだ。

 なんか、それはそれでなぁ。もっとお前にも真剣に聞いてほしいなぁ……。本当に受け止めてくれるならいいけども。


「前に一回俺のことをさ、十歳児だとは思えないって言ってたことがあったよな?」

「あぁ、そうだな。俺もよく言葉遣いについては可愛げがないだとか、子供だとは思えないと周囲の人間から散々言われていた。反射神経のこともそうだが、お前も言葉遣いはあまり子供らしくないな。あまり、というよりは全然だ」

「だよな? そうだよな!?」

「それがどうした」


 俺さ、実はさ……と言葉を続けようとするものの、ヴァーミリオンの純粋で真っ直ぐな目を見たら「うっ」と喉の辺りで詰まってなかなか先が出てこない。

 言い難いのはわかるけど、中途半端なところで止まるなよ、俺……! 自分に負けたらダメだぞ、俺!


「それがさ!」

「あぁ 」

「それがさ……」

「なんだ」

「それが、えーと……」

「……」


 声が段々と小さくなっていく。

 その目を見たら、なんだかチクチクと良心が痛み出してしまったのだ。

 この期に及んでまだ言うべきかと悩み始める自分が本当に嫌になる。ハッキリしろよ、傷つくのは俺じゃなくてヴァーミリオンなんだよ。自分のことなんて二の次だ、後回しなんだ。今言わなきゃ、きっと機会なんて見つからない。逃げ回ることしか、できなくなる。

 俺はもう一度、ヴァーミリオンの剣を強く握った。自分から逃げないように、俺も自身と向き合うように。

 緊張を落ち着かせるように、一度大きく深呼吸をする。


「……何が言いたいんだ、貴様は」

「あ、のさ……。お、俺がもし……! 本当は十歳児じゃないって言ったら……ど、どうする?」


 ヴァーミリオンが、即座に首を傾げた。口をへの字にして、傾げた。


「……は?」

「実は十歳じゃなくて、十七歳だとしたら、どう思う?」


 彼は俺の頭から足のつま先までを眺めて、肩を竦めた。その顔はどうも呆れているようで、そんなわけがないだろうと言わんばかりの仕草だ。

 絶対信じてないなんだろうなぁ……。お前のどこが十七なんだって、口には出さずともその顔にしっかりと書いてある。言いたいことはわかるような気はするけども。いや、わかるよ、うん。


「は、何を言うかと思えばそんなことを……。もしそれが事実だとするならば、言葉遣いの件も納得できるかもしれないが……だが、十七? 本当に歳が十七であればもっと落ち着いた行動ができるはずだし、もっと常識もあるはずだと思うんだが。だがお前の行動は衝動的すぎるし、正直に言えばその辺にいる子供よりも常識が足りていない」

「う」

「俺から見て、到底十七に見えるものではない。なんせ騎士の誓いも知らないような騎士候補なんだからな。歳を誤魔化していたとしても、せいぜい十二ぐらいか」


 相変わらずのお厳しい言葉に、俺はがっくりと項垂れる。じゅ、十二って……。俺ってばそんなに精神年齢が低いように見られているのか……。


「で、それがどうした」

「ぅ、あのさ……」

「まどろっこしいのは好きじゃない。言うなら包み隠さず全てを話せ、本当に俺の騎士になるつもりならばな。さっきからぐずぐずと引き延ばしてばかりいて、聞いていて腹が立ってくる」


 そ、そりゃそうなんだけどさ……! 俺も自分で話していて嫌になってくるよ! ハッキリ言えって自分につっこみたくなる。

 ヴァーミリオンだっていつまでもこの体勢のままいるの、嫌だよな。本物の剣だし、軽いわけじゃないし、俺の肩に置いたままだし。

 こっちだっていつまでも剣を掴んだままじゃいられない。そろそろ夕飯の時間だし、誰かが呼びに来るかもしれないことを考えると、早いところ話さないとタイミングを逃してしまう。覚悟を決める時だ。

 俺は仕切り直すように咳払いをして、もう一度きちんとヴァーミリオンを前から見つめた。


「それじゃあ……こんなこと言うのも、アレなんだけど。俺がもし、俺じゃなくなったとしても。その時はウェインのことを怒らずに、受け止めてやってくれないか?」


 ヴァーミリオンがきょとんとした顔で、俺のことを眺める。それはなにを言っているのかわからない、といった表情だ。

 いきなりそんなことを言われたら、当然そうなるだろう。しかも、言っている言葉の意味を理解するにも時間がかかることだ。

 でもストレートに伝える自信はないし、濁してしまっているのは本当にごめんなさいと謝ることしかできない。俺も自分のことがよくわかっていないし、この先どうなるか不透明な分、確信めいた発言はできないんだ。

 ただやっぱり……今の俺は俺じゃない、目の前にいるウェインはウェインじゃないって怖くて馬鹿正直には言えなかった。だってどんな反応をされるかわからないから。

 突き放されて、今更あの家に戻るのも、なにか抵抗があった。自分の居場所がないところに帰るのも辛いし、またジルに嫌味を言われるのも嫌だし。

 ここに来たばかりの頃は帰れと言われたら家に帰るつもりでいたのに、居心地が良くて心変わりしてしまったようだ。


「……意味がわからん」

「そのままの意味。どうなるかはわからないけど、ウェインが本来のウェインに戻れば俺じゃなくなるし。ほら、俺って幽霊だからさ、本当に」

「スライムに呑まれて頭のネジまで消化されたか?」

「……そう思ってくれても構わないけど、その時が来たら頼むぞ」

「ふん、ならば簡単な話だな」


 簡単な話って、なにがだよ……。なんとなく流されているような気がして、きちんと聞いてくれているのかもわからず、俺はむっとする。

 まぁこうなるのも想定済みといえばそうなんですけどね! なにかあった時に今の話を思い出してくれたなら、それでいいんですけどね! フラグとかじゃないからな、たぶん!


「騎士になれば生涯俺の傍に仕えることになる、と言ったな」

「うん、まぁ……」

「では俺は、その幽霊だと言うお前と騎士の誓いを行おう」


 は? と今度は俺が見返す番だ。

 ヴァーミリオンといえば、ただ俺を見下ろすばかりで今はふざけた様子もない。馬鹿にしたようでもなく、驚く。それは受け止めてくれたということでいいんだろうか。

 その紅い瞳がなにか眩しくて、やっぱり胸がちくりと痛んだ。


「ウェインではなく、幽霊であるというお前とだ」

「……幽霊がいなくなれば、どうなるんだよ」

「ならばそれまでのことだ。その時はウェインにはウェインの望むように配慮し、幽霊にはきちんと成仏してもらわなければならない」

「じょ、成仏って……。見えないのに? どうやって?」

「お前の中に靄がかかっていることに違いはない。だから見えないのであれば気にはしない。だが、俺の見ているところで、もう一度靄を見つけたその時は……」


 ――――見つけてしまった、その時は?


「……覚悟しておくんだな」


 にやり、と。器用にも片方の口角だけが上がっていく。それはどう見てもなにか悪いことを企むヒール役のようで。その微笑みに、俺の背中には氷で撫でられたように悪寒が走る。

 だって目が、笑ってない……。顔は笑っているんだけど、目が全然笑ってない。むしろ、殺気がこもっているような気がする。

 その恐ろしげな顔に、俺の身体が板のように硬直してしまった。


「……っ」

「なんだ、急に怯えたような顔をして」

「だ、だだだだって、俺が成仏できずにその辺りをうろうろしてたらヴァーミリオンに殺られてしまうわけで……っ、除霊される時のことを考えたら怖くて怖くて……!」

「アホか。冗談だ」

「なにより一番怖いのが今のお前の顔だ……! 冗談って顔、してない! 俺を本気で消し去ろうとしてる顔だ!」


 びき、とヴァーミリオンの顔に青筋が立った……気がした。


「ほう……」

「お、お前はそれでいいのかよ! そんなこと言われてるのに、それでも考えは変わらないのか? 幽霊だぞ、幽霊!」

「変わらん。俺が選んだ騎士に変わりはない。それに話は半分でしか聞いてない」


 それって冗談にしか聞いてないってこと? それとも、もう半分は真剣に受け止めてるってこと?

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