厳しい表情、騎士の誓い、苛立ち
女の、ではないけれど、男の勘も当たるもんなのかなぁ。なんだろう、心がざわつくような、妙に落ち着かないような、誰かに全てを見透かされていそうな感覚が、俺を戸惑わせる。
ほら、こんなの普通じゃないだろ? もうおかしいだろ? 悩みすぎて、頭が狂ってきたんじゃないのかな。
「……なぁ、ヴァーミリオン」
「なんだ」
「俺の中って、まだぼやけているように見える? それとも綺麗に透けて見える?」
は? とヴァーミリオンは何が言いたいのかわからないといった様子で、怪訝な顔をしてみせた。
「なぜそんなことを聞く」
「俺の不安を拭い取るために」
「不安? お前が不安になっているのか?」
「そう。どうしようもなく不安で胸がいっぱいで、悩んでる」
「さっきまではそんな様子もなかっただろう。なんだ、改まって急に」
やっぱりそう思う? 思っちゃうかなぁ。俺も自分で思ったんだ、急に悩み出してどうしたんだって。
シアンさんと会話をしてから、どうも落ち着かない。ヴァーミリオンが俺の隣に立って、微笑んでくれた時。きっと心を開いてくれたんだって確信した時に、自分の体の弱さをきっかけにして、それはいきなりやって来た。
「どうかな。やっぱり幽霊に見えるか?」
「……そこは変わらん」
「ということは、やっぱり幽霊なんだな」
「幽霊みたいだ、と表現したまでだ。だが実際お前はここにいるし、体も透けてはいないだろう。生きているから、俺とこうして言葉を交わせているんだ。まさか本気にしていたわけではあるまいな」
そう、生きているからこそ俺は今ここで話せているんだ、お前と。
でも、そう考えると実際の俺は。本当の、俺は――――。
「……おい」
「ううん、変なこと聞いてごめんな。俺も複雑な年頃なもんで。妙に沈んでしまったみたいだ」
「なんだ、それは……」
「浮き沈みが激しい時期なんですよ、若いからね。それよりも、ヴァーミリオンの方こそどうしたんだ? 外にいるなんてめずらしいじゃないか。しかも手に物騒な物まで持って」
改めてヴァーミリオンを見ると、彼は手に剣を握ったままここまで歩いてきたようだ。
どうして屋敷の中で剣を持ち歩いているんだろう。心を入れ替えて、屋敷の警護でもしているんだろうか。侵入者がいるわけでもないだろうし、何してるんだろ。見回りでもしてるつもりか? それとも、まさかまた魔物が現れたなんて連絡がきたんじゃないだろうな。
ヴァーミリオンはなにか言いにくそうに、俺から視線を逸らした。
「これは……アレだ。今から使うために持ってきた」
「……ということは、やっぱり魔物が現れたんだ。また街に? さっき倒したばっかりなのに、もう来たのか?」
「は? 魔物?」
「だからわざわざ剣を持ってここまで来たんだろ? 今から魔法を使って移動しようとしていたんじゃないのか? え、違うの」
俺がそう言えば、ヴァーミリオンは呆れたように溜息を吐き出し、肩を落とした。
あれ、そのリアクションを見るに、もしかして違った? てっきりそうだとばかり思ってたんだけど。
だって部屋にこもってばかりのお前が外を歩いて、しかも剣まで持ち歩いていたからさ。普段だったらありえないというか、まず考えられないというか、なんというか……言ったら怒られるかもしれないけど。
ヴァーミリオンは鞘から剣を抜くと、切っ先を空に向かって掲げてみせた。
夕焼けの光が反射して、刃がきらりと輝いたように見えた。
「えっ、今から何をするつもりなんだ? なんで剣を構える必要があるの。やっぱり任務に向かおうとしてる?」
「そんなわけがあるか。俺はお前を探しにここまで来たんだ」
俺を探しに……? 一体、何の用で?
「それって、その剣を掲げたことと関係があるのか?」
「あるからこうしているんだろう。関係がなければ、剣など持ち出すわけがない。いいか、怪我をしたくなければそこを動くなよ」
「怪我をしたくなければってどういうことだよ……。え、まさか俺をこのまま叩き斬るつもりじゃないよな? ちょっと、ヴァーミリオンさん」
ヴァーミリオンが掲げた剣を、俺に向かい振り下ろそうとしている。その眼差しは真剣そのもので、どうもふざけているようには見えない。
芝生を転げていた俺は尻餅をついたまま器用に後ずさった。
俺、またなにか怒らせるようなことした!? もしかして昼間、考えも無しにスライム相手に突っ込んでいって無様に呑み込まれたことを、今になって怒ろうとしてます!?
そういえばさっきの現場ではあまり嫌味を言われなかったと思い出す。まさかその時の怒りをここで爆発させようとしているんじゃないだろうな。
昼間の出来事を夕方まで引っ張ってくるって……、時が過ぎた頃に怒ったって仕方ないんだぞ! 怒る時はその場ですぐ怒ってくれないと、色々と忘れちゃうんだぞー!
後ずさっても尻餅をついたままなので、そんなに距離を離すこともできず、ヴァーミリオンは剣を掲げたまま俺を追い回す。
「ええい、動くなと言っているだろう! 本気で斬られたいのか、貴様! 血を見たくなければそこから一歩も動くな!」
「そんなこと言ったって無理だよ、無理! 俺の本能が逃げろって言ってるんだ! 日中のことを怒ってるんだったらきちんと謝るよ、ごめんって!!」
「は……?」
俺が両手を合わせ深く頭を下げると、ヴァーミリオンはまたワケがわからないといった様子で、呆れたようにこちらを睨んでみせた。
「俺が考えも無しにスライムに突っ込んでいったから怒ってるんだろ!? お前には迷惑もかけたし、悪いとは思ってるんだ! でも、どうしてもあの子を助けたくて……っ、あの子が襲われるのをそのまま見過ごすことなんてできなかった! だから、それぐらいなら俺がって思って、それで……!」
「勘違いも程々にしろよ、この間抜けが」
――――っ!……勘違い?
目の前の紅い少年は、厳しい表情で俺を見据えた。
「お前は無力だ。力もないのに、抗うことさえ出来ずに、見知らぬ子供を庇って呑みこまれた。素晴らしい自己犠牲だ。自分のことしか考えておらず、他人が助かればそれでいい、誰かを助けた自分がかっこいい、そんな己の姿に惚れ惚れとしているのではないか? それでは自分の力に嫌気がさし、部屋に閉じこもっていた俺と同等ではないか。人の気持ちも考えずに、勝手なことばかりをして……こんなことでは俺に偉そうなことは言えないな」
「……っ、で、でもヒーローは自己犠牲を顧みずに誰かを助けることで成り立っていて、自己満足と言われようと、それはそれで……」
「命を落としたところで悔いはない、ということか。だが、それは今までのお前だから出来たことだ。これからは違う。いつまでもそんなことでは困る」
「は? どういうことだよ、それ」
「今これより、お前には俺の指示に従ってもらう」
尻餅をついて見上げる俺の肩に、ヴァーミリオンは剣の刃を置き、言葉を告げる。
「我、汝を騎士に任命す」
紅く、炎の宿る瞳がもう一度ウェインの姿を映し出す。
「汝が剣は弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、力を持たぬ者、か弱き者を守る為に振るう剣であることをここに誓うか」
「え……っ、え!?」
「誓うかと聞いているんだ! 騎士の誓いぐらい知っているだろう! 騎士になるために来たくせにまさかそんなことまで知らないと言うのではないだろうな!」
騎士の誓いって、なんだそれ。聞いたことのない言葉に俺は首を捻る。
だって、そういう方面には一層興味がなかったから、騎士についての知識なんて皆無だったんだ。
もしかして、相当お馬鹿な子に思われてる? 非常識な人間だと思われたりしてる? これじゃあ騎士候補失格だ、今すぐ帰れ、とまで言われてしまいそうだ。
ヴァーミリオンの瞳が呆れを通り越して怒りを含んでいっているように見えるのは、もう気のせいではないはず。
俺がはっきりと答えないから、段々苛立ってきているのかもしれない。
でも、さっきヴァーミリオンはなんて言った? 我、汝を騎士に任命す、とか言わなかったか?
それって、もしかして……。その、もしかして!?
「……ヴァーミリオン、俺のこと認めてくれたの?」
「認めたもなにも、だからこうしてお前の元に来たんだろう! 本当は部屋に呼び出してからでもよかったんだがな! だがこういうのは、その、た、たまには俺から動かなければいけないと思ったから、だからお前を追いかけてきたんだ! なんせ俺は、主になる男だからな!」




