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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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差別があるのはどこの世界も同じで

 ウェインが仕事に就けて、金銭的な意味でもこの先なんの不安も抱くことなく生きていけるならそれでいい、なんて考えたりしていたのかな。

 病弱だし、すぐに体調を崩すようじゃ雇う側も受け入れにくいのかもしれないし。

 だからといって事務的な仕事であればある程度の知識や資格も必要だ。その知識を身につけるにも、資格を持たせるにも、きっと金が要る。失礼かもしれないけど、あの生活基準の家じゃ、きっと無理だろう。

 元いた世界でも、大学や専門学校に行くには相当の費用がかかる。奨学金なんかがあれば別だけど、貧乏人には踏み込めないところだし、そもそも異世界に奨学金なんてものがあるのかどうか。

 でも普通、相手の素性も調べずに自分の子供を他の家に差し出すかなぁ。

 フォルトゥナ卿の息子のヴァーミリオンのことを家族が知らなかった可能性は低い。仮にも外部と完全に遮断された、孤立された村だったわけでもあるまいし。

 昔の話じゃないけど、まさか担保代わりに貴族に俺を差し出したとか、そんなことはないよな? ないよ……な?

 あまり考えたくはない話だけど。きちんと子供のことを想っている家族だったし、フォルトゥナ卿が借金取りだとは思いたくないし。でも貴族であれば税金を支払えないなら担保をとるのは当然のことなのかもしれないと思うと、複雑というか、なんというか。


「ウェインくん、どうしたんだい」


 難しい顔をして考え込んでいた俺に気づいたのか、シアンさんが声をかけてくれた。

 シアンさんもその関係者、もとい借金取り……にはまず見えないし、大丈夫。うん、大丈夫。何事も考えすぎは良くない。疑うのも良くない。


「……ううん、なんでもないよ」

「ボケッとしているなら置いていかれても文句は言えないからな」

「わかってます、大丈夫です! 少し考え事をしていただけ!」


 それではぐれたりしたらますます何を言われるかわからないので、とりあえず俺はヴァーミリオンの腰に下がる鞘を掴んでおいた。これを掴んでおけば離れることもないだろう。

 ヴァーミリオンがなにを許可も無しに勝手に、と言いたげな顔をしてこっちを横目で睨んでいたけど、気づかない振り、気づかない振り。すっとぼけた顔をして視線を明後日の方向に向ける。

 剣が地面に振り下ろされると、また赤い魔法陣が俺達の足元にぐるりと展開されていった。

 住人達の嘆く声が遠くから聞こえてきそうな気もしたけど、俺は敢えて彼等の方に視線を移すことはなかった。

 いちいち確認したってこっちが傷つくだけなんだから、見る必要はない。耳を澄ます必要もない。ヒーローだって後ろは振り返らないはずさ。人々を守ることができたのだから、悔いはない。

 ただ、もし気になることがあるとすれば、それは――――。


「……あっ!」


 ちょうど視線を上げた先に、さっきまで探していた褐色肌の子供の姿があった。

 彼は一人ぽつんと寂しげに、そこに立っていた。

 隠れることもなく、道の真ん中に立って、じっと俺のことを見つめていた。金色の、お月様のような目が俺の姿を映し出す。

 怪我もなく、怯えた様子もない少年の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。よかった、無事だったんだ。

 息を吐き出せば、ヴァーミリオンが鼻で笑った。


「お前もまた、珍しい子供を助けたものだな」

「なにが?」

「あの子供の容姿を見ろ。普通ではないだろう」

「え、褐色肌ってこの辺りでは珍しいの? 銀髪だし、目も金色だし、お月様みたいで綺麗だよなぁ」

「……そういう意味じゃない。お前は本当に常識外れな奴なんだな。余程お花畑の世界で暮らしていたに違いない」


 だからなんでそういう言い方をするんでしょうね、この子は! 遠回しに俺をバカにしているに違いない。いや、バカにしているんだ、確実に。

 きっ、と強く睨んでもヴァーミリオンは何処吹く風といったご様子で。

 何が言いたいのかわからず、シアンさんに目を向けた。すみません、解説をお願いします。


「……この辺りでは、ああいった褐色肌の人間を忌み嫌うことが多いんだ。災いを呼ぶ者として、ね」


 その言葉に、俺の心臓が嫌に重たくなる。

 あぁ、また胸糞悪い展開を聞く羽目になりそうだな、なんて胸が締めつけられる。

 聞かない方がいいかもしれないと思っても、いつかは知ることになるんだから今のうちに聞いておいた方がいいと考えるのは当たり前のことで。それでもやっぱり複雑な心境になってしまうのは、仕方の無いことなのか。

 この世界も、やっぱり差別が多いところなんだなぁ、と頭が痛くなる。


「災いを呼べるならすぐにでも天変地異が起きてるって話だよ。みんな、そんなこと信じてるの?」

「私もあまりそういった話が好きではないほうでね。気にせず接するようにはしているんだ。だが、この国の人間はどちらかというと肌が白い人種の割合が多い。褐色肌の人間というのは、ほんの一握りしかいないんだ。むしろ存在自体が稀で、そのせいもあってか悪魔の使いと呼ばれるんだ。恐らくは、肌の色と掛け合わせての意味合いだとは思うけどね」


 最悪な当てつけだな、それは。

 どんなところでも、割合の多い人種が優秀なんだとか考えている人間がたくさんいそうだ。

 力を持っていても忌み嫌われて、肌の色が人と違っていても忌み嫌われて。

 この様子だと貧乏でも嫌われて、頭が悪くても嫌われて、体が弱くても嫌われて……とかありそうだな。

 俺は唇を噛み締めた。


「……なんとかしたいよな、そういうの。簡単には解決できない問題なんだとしても」

「そうだね。一人では難しいかもしれないけど、でも、きっと同じ考えの人がこの世界には何人もいると思うんだ。口には出せないだけで、ウェインくんと同じ想いの人々がたくさん、ね。そこから何かしらの解決法が、少しずつ出来上がっていくといいんだが」

「ヴァーミリオンやガウェインさんのような人が傷つかないようにも、ね」


 俺は一人、頷いた。

 もしこの世界に永住することになるなら、その辺りから何かしら変えたいと思ったし、貢献していきたいと思った。今、この状況を見て強くそう感じた。

 差別のない世界なんて、ないかもしれないけど。理想論だと言われるかもしれないけど。それでも差別を受けた人達を間近で見てしまった俺には、そう思うことしかできない。

 ヴァーミリオンが目を丸くしてこっちを見つめていたけど、特におかしなことを言ったつもりはないので気に止めない。

 あの子、このままここにいて、未だ姿を隠し続けている陰湿な住人達に心無い言葉を投げつけられなきゃいいけど。

 屋敷に戻る前に、俺は軽く手を振った。

 子供は手を振り返すことなく、無表情のままこちらを見つめたままだったけど、それでも俺は手を振り続けた。

 初めて顔を合わせた時といい、やっぱり怖がらせてしまったかと落ち込みそうになるけれど、差別を受けている事を考えれば知らない人間に警戒心を抱いてしまうのは当然の話だ。

 その瞳にどんな想いが込められているのか、ウェインの中にいる俺には知る由もなかった。知るわけもなく、手をずっと振り続けていた。



 瞬きをした次の瞬間には、俺達は屋敷の中に戻ってきていた。

 無事に帰ってくることができたとほっと一息つくものの、先程の子供の姿が頭に焼きついて離れない。

 ヴァーミリオンも差別を受けた状況で常に顰め面をしていたけれど、あの子の顔は本当に無表情だった。頬がぴくりと動きもせず、ただただ一心に俺のことを見つめていた。

 その表情から感情を窺うことはできなかったけれど、でもあの金色の瞳には、何かしらの強い意志が秘められているようにも見えた。



 * * *



 街の中を暴れ回る魔物が討伐され、当事者達が消え去った後の広場では、影に隠れていた住人達がようやく姿を見せ、各々が口々に嘆いていた。

 おかしな連中に目をつけられた、また厄介な事が起きるかもしれない、魔物を討伐した理由に多額な金銭を要求されるかもしれない、街ごと消されるかもしれない等と、くだらぬことばかりを口にしている。

 少年はその場から動くことなく、彼等のいた場所を見つめていた。誰もいなくなってしまったその場所を、ただじっと見つめていた。

 少年の目に映るのは、夜空をそのまま映したような髪色と、同じく漆黒の瞳を持つ、自分よりももっと背丈の大きな少年の姿だった。

 否、あの三人の中にそのような容姿をした少年など存在はしない。だがこの金の瞳には、そう映し出されていた。

 あの三人の内の一人、金の髪をした子供の中には、黒の少年が閉じ込められていることを彼は知っていた。見抜いていた。

 それもあってか、少年はそこから動けなかった。衝撃で動くことができなかった。

 早くここから離れなければ、物をぶつけられる。出ていけと叫ばれる。悪魔の使いだと悲鳴を上げられる。最悪、殴られることもある。

 だけどそれでも動くことができないのは、あの黒髪の少年の姿が目に焼きついてしまったせいだ。

 いや、実際彼をこの目で見たことはあるのだ。でもそれは、光の当たることのない部屋の中で深い眠りにつき、人形のように床に転がっている、寂しげな姿だけだ。

 だからどうしてあんなところに閉じ込められているんだろうと、少年は疑問に思った。

 彼は悪の使いと呼ばれる自分を毛嫌いすることなく目を合わせて微笑んでくれたり、手を振ってくれたり、魔物に襲われたところを助けてくれたりもして、普通の人間と変わらず当たり前のように接してくれた。

 なぜそんなことをするのか理解できずにいたが、そうだ、彼はこの世界の人間ではなかったのだ。だから彼は少年のことを知らないでいたのだ。

 いつの間に来たのか、隣には女が立っていた。

 女も少年と同じように、彼等の消えた場所を眺めていた。じわじわと浮かび出す笑みを隠せず、彼のいた場所をただじっと静かに眺めていた。


「……器の中身が、こんなところに」


 嬉しそうに呟かれた言葉は、少年の耳にも届いていた。

 少年は小さく頷いた。


 ――――そうだね、母さん。


 心の中で、そう呟いて。

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