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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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笑顔を取り戻した少年

 そっと重い瞼を開けていくと、そこには青い空が広がっていた。

 青い、青い、大空だ。

 この空はどこまでも果てしなく広がっていて、でも、それは俺の世界までは広がったりしていないんだよな、なんて。こんな状況で物思いに更けてみたりして。

 おかしいな、青空が目に染みるようだ。スライムの中からは見ることができなかった、広い空。

 さて、俺の前に空があるということは、もしかしなくとも命が助かったんだろうか。空気も、ある。息を、吸える。地面も、ある。浮いた感じもない。重力がある。体も、手足も、透けていない。

 俺は大きく息を吸い込んで、そして、噎せた。とにかく噎せた。

 酸素が欲しい。でも、なかなか上手く体が取り込んでくれない。俺の中にスライムの体液がたくさん入り込んだせいで、まるで外の空気を拒絶しているようだ。

 苦しい。でも中の液が出ていってくれない。

 どうしたら吐き出せるんだろう。噎せても噎せても、喉から下にはまだ体液が溜まり込んでいて、どうしても吐き出せそうにない。それでもやっぱりじわじわと、中から徐々に侵食されていくようで。

 せっかく外に出られたっていうのに、でもこれじゃあダメかもしれない。胸が苦しい。呼吸ができない。


「……いつまでそうしているつもりだ」

「ぐぇっ」


 仰向けになっていたところを、ヴァーミリオンに無下に踏まれる。胸の辺りを踵でぐりぐりと踏まれ、その拍子に支えていたものがすぽーん、と口から飛び出していった。

 衝撃で支えが外れたと同時に、俺の肺にはいっぱいの酸素が送り込まれてくる。体をうつ伏せに反転させて四つん這いになり、大きく息を吸っては吐いてを繰り返し、呼吸が整うまでの間、しばらく動けそうにない。

 ちょ、普通苦しんでる人の胸を踏む? 踏んだりする!? 容赦なさすぎだろ、この少年!! 違う意味で胸が痛いっつーの!


「いっ、でででで……なに、すんだよ……ヴァーミリオン……っ」

「何をする? 助けてもらった分際で、なんだその言い方は。俺に向かい、感謝の言葉を述べるべきところだろう」


 感謝? なんだよ、感謝って!

 人の胸を踏んづけといてお礼を言わせるとか舐めてんのか、と勢い良く顔を上げた俺の視線の先には、小さく飛び散ったであろうスライムの破片がバラバラとそこらじゅうに散らばっていた。

 ひっ、と息を呑む。

 これ、スライムだよね? さっきまでここにいた巨大スライムの姿形が消えてるし、破片も同じ透明色だし、間違いじゃないよね?

 え、スライムが分散してる? なんで? 何をしたらこんな風に散らばるんだ。

 驚きに目を離せずにいると、ヴァーミリオンが一歩前に踏み出した。


「終わりを決めるのは簡単だと言っていたな」

「え?」

「そこで抗うからこそ、道は見つかるとも」


 この状況で何を言ってるんだろう。た、確かに言ったとは思うけど、それがなにか……?

 スライムの破片がぷるぷると微かにだが動いている。飛び散ったくせに、まだ生きているというんだろうか。なんという生命力。恐ろしきかな、モンスターの生命力。


「ならば、その責任は取れよ」

「せ、責任ってなに!?」

「自分の言った言葉に、だ。俺一人ではどうにも上手く前に進めないようだ。だから」


 ヴァーミリオンは腰に下げる鞘から剣を抜き、切っ先をスライムの破片へと向ける。


「共に歩んでくれるのだろう、その進むべき道を」

「……え?」

「蓋を閉めるのが早すぎた。自分の力を恐れるのも、早すぎた。なんせ俺はまだ、十歳という幼き子供なのだからな」


 ふと、ヴァーミリオンが微笑んだ。

 会った時から仏頂面で、常に眉に皺を寄せていた小さな子供が、微笑んだ。

 それも自分を嘲笑うような笑みではなく、しっかり前を見据えたまま微笑んでいたんだ。

 その表情に、翳りは見えない。瞳には不安の色もなく、自身の力を示す紅い何かが力強く揺らめいていた。

 俺はその横顔から視線を逸らすことができずにいた。自信有り気に笑みをこぼすその顔が、とても綺麗だと感じたからだ。

 顰め面よりは、断然その方がいい。

 その自信に満ち溢れた表情が、彼には似合っている。これからも、この先も、その顔で。ずっと。

 なにか照れ臭くて、俺は慌てて破片に目を移した。


「……この散らばったスライム、どうするんだ? バラバラになってもまだ動いてるけど」


 そう聞けば、ヴァーミリオンは鼻で笑った。


「どうしたもこうしたも、処理せねばならんだろう。放っておけばまたくっついて、街の中で暴れかねないからな」


 へ、へぇ、これまたくっつくんだ、と俺は嫌に頬が引き攣ってしまう。

 じゃあこの破片が全部くっつけば、またあの超巨大なスライムが出来上がるかもしれないってことなのかな?

 もし破片が一つに固まるんじゃなく、二つ、三つに分散してくっつけば、巨大にはならずともスライムの数は増えるんじゃないだろうか。そう考えてもそのままにはしておけないよな。でもそうすると少しの破片も残しておくことができないんじゃ――――。

 一人悶々と考え込んでいると、ヴァーミリオンが抜いた剣を地面に深く突き刺した。


「ヴァーミリオン?」

「一気に片付けるには、この方が手っ取り早い」


 なにをしているんだろう。

 突き刺した剣を握ったまま、ヴァーミリオンは静かに目を閉じてしまった。でも、周囲の空気の流れが少しだけ変わったような気がする。

 そうして力を込めているんだろうか。その彼にしか使うことのできない特別な力を。使う前の準備段階に入ったとか?

 集中を乱すようなことはしていけないと思い、俺は口を閉ざした。

 破片はぐねぐねと微かに動きながら、でも何かを目指し確かに進んでいっているように見える。しかも散らばってる破片全てが一定の方向に向かって。お前達、バラバラになっていても意思疎通が出来てるんだなって思えてしまうぐらいには。

 なんちゅう団結力だと、口をあんぐり開けてしまう。


「おい、下がっていろよ。あまり俺の傍から離れるな」


 俺に視線を移したヴァーミリオンの瞳が、一層炎を灯した。

 え、と声を出すより先に、地面の下から音が響く。

 ばりばりと地を割って突き進んでくるような、力強い音だ。地震でも起きようとしているのかと一瞬だけ怯みそうになるが、どうもそうではないらしい。

 馬車の中で蹲っていた時を思い出す。あの時も地響きやら烏の咆哮に怯えていたんだ。以前と同じであれも彼の力なのだとしたら、やはりそれは――――。

 ヴァーミリオンが瞼を上げた、その瞬間。

 広場の地面全体が、赤く光を放った。


「――――え?」


 炎を連想させる赤は燃え盛るように大きく光を放ち、俺が瞬きをしている間に、散らばっていた破片は一つ残らず消えていた。

 ヴァーミリオンが剣を抜き、鞘へ戻す。

 呆気にとられた俺は、ただ呆然とそこを見つめていた。風が静かに俺達の間を抜けていった。

 どんな仕掛けだったんだろう。だって、地面が光ったと思ったらスライムの破片が全部消えて無くなってるんだよ? 一体どうしたっていうんだ。どこに消えていったんだ。

 驚愕している俺の横から、馬鹿にするように鼻で笑い飛ばす声が聞こえた。


「なにを呆けている。もう終わった、帰るぞ」

「終わったって。……え、散らばったスライム達はどこに行ったんだ? だってさっきまであんなにたくさんいたのに、そんな一瞬で消えるはずがないっていうか……え?」

「とっくに消し去ったぞ。俺の力でな」


 え、力? もう、力を使ったの? 一瞬すぎて全然わからなかったというか、気づけなかった!

 地面が赤く光った瞬間には、もう力は使われていたってことなのか。しかも、あれだけで散らばった破片を全て消したって、どういうこと? 一体地面の中で何が起こっていたんだろう。


「俺の力で魔物の気配を感じ取り、剣を使い地面に、地面から破片に伝い、そのまま燃やした。というより、熱で消した。奴等は炎に弱いからな。少し俺の力で熱してやれば溶けて、形そのものが形成できなくなる」

「それを、あの一瞬でやっちゃったの!?」

「あぁ、俺には容易いことだ。なんだ、やはり恐れをなしたか?」


 俺は首を強く横に振った。


「恐れをなすだなんて、とんでもない! すげぇの一言に尽きる! だってあの巨大スライムの散らばりまくった破片を、剣を刺したかと思えば一瞬でだぜ? めちゃくちゃかっこいいし、お前を見直したよ! 捻くれたばかりの子供かと思ってたけど、やる時はやるんだなー!」


 見直したとはどういう意味だ、とヴァーミリオンは少し機嫌を損ねたようだったが、それ以上は何も言わずにシアンさん達のところへ戻っていった。

 片付いたから、ここに用はもうないと言いに行ったんじゃないかな。

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