終わりを決めるのは簡単だけれど
だってなんて言ったらいいのかわからないだろう。
幽霊って、確かに俺とウェインが死んでしまったことに間違いはないし、この世界に存在しないと言われても俺自身は別世界からやって来たわけで、実際ここの人間じゃない。
俺が一体何者か、そんなのこっちが聞きたいぐらいだよ。誰にも説明のしようがないことだ。
ウェインと波長が合って、それで俺がこの世界に呼ばれたんだと思おうとしていた。深く悩まないようにしていたのに、それで納得しようとしていたのに、無理矢理ほじくり返されたような気分だ。
「……何者かなんて、そんなこと」
「答えられないのか? だからあの男とも気が合うのかもしれないな! 頭のおかしな連中同士、仲良くやっていけばいいではないか!」
頭のおかしな連中同士……? それはどういう意味だ。
その何気無しに吐かれた言葉が、俺の中にある怒りの導火線に火をつけたことに彼は気づいているのか、いないのか。
手にしていたカップをプレートの上に置き、ヴァーミリオンと対峙するように真正面から向き合った。
「……なぁ、それってもちろん俺のことを言っているのかもしれないけどさ。もしかして、ガウェインさんのことも言ってる? 頭のおかしな連中同士って」
「当然だろう。あの場にいたのはお前とガウェイン、それとシアンもだったか? 仲良くやっていたではないか」
「俺のことをどうこう言うのは気にしないけどさ、なんでそこでガウェインさんを悪く言うんだよ? 挙げ句シアンさんのことまでバカにして。どうして悪態をつくんだ? 結局お前は何が言いたいんだよ。何が言いたくてわざわざ食堂にまで来たんだ? ていうか、部屋に閉じこもっていたお前がどうして朝練にガウェインさんがいたことを、俺とシアンさんが仲良くしていたことを知ってるんだ」
初めはガウェインさんのマナが俺の中にあることを知ったからその存在に気づいて皮肉めいたことを言ってきたのかと思ったけど、よくよく聞いていたらヴァーミリオンはあそこで俺達三人が仲良く話していたことを直接見ていたような言い草じゃないか。
彼が目を伏せたことを俺は見逃さない。
たぶんヴァーミリオンもヴァーミリオンでなにかが面白くなくて、頭に血が上った状態で思ったことをそのまま口にしているからボロが出ているんだ。
やっぱりそこはまだまだ子供。ぐっと言葉を呑み込むことができていない。感情だけで動いてしまっている。
「……別にそんなことはどうでもいいだろう」
「どうでもよくないだろ! 俺達のことが気になるなら部屋の窓から覗いていないで、直接朝練に出たらいいだろう! なに畏まってるんだよ、自分の屋敷の中で!」
「畏まってなどいない!」
「こんな風にガウェインさんのことが気に入らなくて食堂まで出向いて悪態をつけるんだから、朝練にだって来れるだろ! ていうか、なんだよ頭がおかしいって! 失礼な奴だな!」
ヴァーミリオンが食堂に現れた事に気づいた執事さん達が、あわあわとしている。急に来たから驚いているんじゃないだろうか。俺達は今それどころじゃないけど。
「ガウェインの頭がおかしいことに間違いはない」
「だーかーらー、なんでそんなこと言うんだよ! ガウェインさんはきちんと自分の力と向き合って、人々のために剣を奮っていて、立派じゃないか! 人には言っていいことと、悪いことがあるの、わかってるのか!? いいか、誰にでもそんな言葉遣いをしていたらいつか自分にだな……」
「そこがおかしなところだ。俺には到底理解不能だ」
言葉を遮られ、俺は頭を押さえた。
理解不能って、そりゃ自分の力を否定しているお前にはガウェインさんのやり方は理解できないだろうよ。ていうか、受け入れられないだろうな。
自分とは真逆のガウェインさんだからこそ、水と油のようにそうやって反発するんじゃないだろうか。
「そもそも、なんでお前はそこまで自分の力を嫌っているんだ……? 有効活用すればいいじゃないか、他の人が持っていない特別な力なんだし」
「貴様は知らないからだ。人々に恐れられることを知らないから、そんなことが言えるんだ」
「……そうだな。俺にはそんな力がないから、他人事みたいに言えるのかもしれないな」
言いながら、俺は自分のことを考えてしまった。
俺もウェインと名乗っているけれど、本当は別の世界から来た人間で、本当は別人で、ウェインの体を借りている状態だなんて知ったら、お前はどう思うんだろうなって。
シアンさんも、ガウェインさんも、執事さん達も、どう思うだろう。
それこそ本当の意味で恐れるんじゃないだろうか。悪霊が体に取り憑いてるだなんて言われるかもしれない。人に忌み嫌われる存在になることは間違いないはずだ。
きっと変わらない。状況が違えど、俺達は変わらないと思うんだ。
「でもそれは、俺からも言えることだよ」
「……なんだと」
「お前も、俺のことを知らない。だからそんなことが言えるんだろ」
俺のことを知ってほしいだなんて思わない。知ったところで何かできるわけじゃないし、だからといって俺を比呂だと認識してほしいわけでもない。
ちょっと人と違うところがあるだけで、それでも俺達が同じ人間であることに変わりはないんだよ。
「なぁ、ヴァーミリオン」
「……なんだ」
「終わりを決めるのは簡単だよ。でもそこで抗うからこそ、道が見つかると思うんだ。今のお前の心境も、その力も、絶対に後々無駄にはならないと、俺はそう思ってる」
ヴァーミリオンに言い聞かせながら、俺は自分にも説き伏せていた。
今、自分が置かれている現状を考えながら、言葉を選んでる。
俺がこの世界に飛ばされたことも、違う体で生まれ変わったことも、絶望して、何もかもを諦めることは簡単だけれど。
「……俺だってさ、頑張ってるんだよ。俺は、俺なりに。お前の知らないところで」
一息ついて、朝食を眺める。
半分以上は食べたけど、もう食欲が失せてしまった。せっかく用意してくれたのに申し訳ないけど、お腹も、胸もいっぱいだ。
特に胸が詰まるっていうか、なんともいえない重さだよな。改めて自分の現状を考えたら、不安しかないっつーか、俺だって。深くは考えないようにしてたけど、考えたら考えた分だけ不安が襲ってくるようで。
「でも、実際なぁ……」
「なんだ」
「いてくれたらいいよな。全てを受け止めて、全てを受け入れてくれる人が。なにも怖がらずにさ。ありのままの自分を見てくれるだけで、それだけでいいのに」
でもそういかないのが人間であって。
ヴァーミリオンが何か言いたそうな顔をしていたが、ばたばたと廊下を慌しく走る音が聞こえ、俺達は会話を止めて視線をドアへ移した。
あまりいい音には聞こえず、むしろ嫌な予感しかしない足音だ。
なにか一騒動が起こりそうな気がして、体が一気に重くなるような気がした。
「失礼します!」
ドアを開けて、息を切らした姿を見せたのはシアンさんだった。
だいぶ長い距離を走ってきたのだろうか。額には汗が滲んでいて、肩を大きく上下に揺らしている。どうしたんだろう。
「ヴァーミリオン様、こちらにいらしたのですね……。至急対処していただきたい件があります。街に大きな魔物が現れました。貴方様のお力添えが必要です。お願いします」
――――魔物?
「……被害は」
「まだ人的被害は出ていません。ですが、街中を歩き渡り、気に入った物ならばその体内に吸収、後にその中で酸を出し、消化。恐らく腹を空かせ、街に迷い込んでしまったのかと思われます」
腹を空かせ、街に迷い込んでしまったって……それ、やばくないか? 俺は息を呑み込む。
いや、やばいなんてもんじゃない。街中でモンスターが人を見つけ、その体に取り込んだとすれば間違いなく最悪な結末を招くことになる。
そういえばあの時俺が戦いを挑んだモンスターも腹を空かせていたことを思い出す。それで子供を食べようとしていたんだ。この世界のモンスターはよっぽど腹でも減っているんだろうか。それとも、血肉に飢えているのか。
俺はヴァーミリオンに視線を移す。
シアンさんがわざわざモンスターが現れた事を伝えに来たのは、ヴァーミリオンにしか倒すことのできない特殊なモンスターだからだ。
きっと俺なんかが向かっても、相手にすらしてもらえないような、恐ろしい敵。
ヴァーミリオンはどう答えるのか窺っていると、彼は盛大に溜息を吐き出した。それはどうも、仕方ないといった様子だった。
「……俺が行くしかないんだろう」




