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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
23/119

その男の名、ガウェイン

 いつまでくっついてるつもりなんだ、この人!

 石みたいに硬いと思ったらこれ、男の人の額を当てられてるんじゃん!

 シアンさん、いるの? ねぇ、シアンさん! そろそろ助け舟をお願いします! シアンさーん!!


「……ガウェイン殿、あの、もう目が覚めたようなのでそろそろ」

「えっ、そうか? もうちょい補充しといた方がいいんじゃないかなぁ。だって君の中、乾いた大地のようにガッサガサだぜ? このままじゃ少し衝撃を与えただけでヒビが入っちまいそうだな」


 なんだそれ、どういう意味? 俺の中はそんなに乾いてるってこと? その言葉自体なにを指しているのかがわからない。


「……あの、ガサガサのままだったら、何かなったりします?」

「おっ、もう喋れるようになったのか。うーんと、今までこんな風に体調を崩したことはあるか」

「最近だったら一週間前、その前にも一回、動くのが辛くなるぐらい具合が悪くなったことが」

「そうか。ならこのまま渇いた状態が続けば最悪昏睡状態を引き起こすし、もっと運が悪ければ死ぬことになる。よくこんな空っぽのまま動いていたな、君。あ、ていうか昏睡状態ってどういうことかわかるか? 寝たまんまの状態で意識も戻らなくなるっていう意味でさ」

「だ、大丈夫です。わかります」

「そう? 難しい言葉だし、わかんないかなぁと思って。頭いいなぁ、君。名前は? 俺はガウェインっていうんだけど」

「お、俺はウェインです」

「ウェイン? あっはははは! 俺と似た名前してんなぁ、だから親近感が沸いたのかも! よろしくな、ウェイン!」


 豪快に笑うのはいいんだけど、俺の顔に唾がビタビタ飛んできてるの、気づいているのかなぁ。たぶん気にしてないよなぁ。勘弁してください。

 でももうだいぶ楽になったんだけど、それでもまだくっついてなきゃいけないのかな? そろそろ俺の方が精神的に参りそうなんですが!

 そんな様子に気づかずに、シアンさんがガウェインさんに声をかける。


「しかしガウェイン殿、朝からなぜここへ? なにか急用でもありましたか」

「いや、近くを通りかかったから挨拶でもしておこうかと思ってな。ほら、俺一年前から任務で遠くに飛ばされてたろ? お前にも声ぐらいかけてからフォルトゥナ卿のところに帰ろうと思ってさ。そしたらちょうどいいタイミングに来たみたいで」


 いや、それはわかるんですけど。そろそろおでこが痛くなってきたよ?

 離れてくれないかな。もう大丈夫だよ、俺。

 ギブギブ、と言うようにガウェインさんの肩を数回叩くと、彼はようやく顔を離してくれた。

 ガウェインさんは俺の顔を見て「ふむ」と難しい顔をする。


「……これで何回目だ? ヴァーミリオン坊ちゃんのワガママは」

「……数えていないので、答えられませんね。いちいち数えたりなどしませんよ」

「いい加減甘やかすのはやめとけよ。この子も、アレだろ? アイツの騎士候補の」

「そうです。ヴァーミリオン様の騎士候補、というより、もうあの方の騎士といっても過言ではないですね」


 はい!?

 俺は驚きを隠せず、目を見開いてシアンさんの方を向く。

 この間も怒らせたばっかりで、朝練さえ来なくなったアイツの騎士がすでに俺で決まり!? どういうことなの、初耳だよ!!

 むしろ俺じゃもうダメかもしれないなんて諦めかけてたりしたんだけど。シアンさんはそうじゃなかったの? シアンさんにも、執事さんの期待をも裏切ってしまったかもしれない俺なのに……。

 ガウェインさんは気の毒そうにこっちに視線を送った。


「こんな小さな内から不憫だな……」

「今は私の主なので、そのように小馬鹿にするのはやめていただけませんか、ガウェイン殿」

「それにしたってなぁ。身の程をわきまえろってことだよ。あんまり好き放題やらせておくと、図に乗るだけだぜ? 周りの目ももっと気にしないと、フォルトゥナ卿の評判が落ちるしな」

「それはこの間ウェインくんが彼に諭してくれましたよ。あまり面と向かって言われたことがないので、かなり堪えているようでした」


 へぇ、ウェインが? と驚いた顔でガウェインさんが俺を見る。

 いや、至極当たり前のことを言っただけで、そんなたいそれたことは言ってないんですけど。

 その後もすぐケンカになったし、結局あいつにはなにも伝わってなかったと思うんだけどな。

 俺は卑下するように、俯いた。


「なぁなぁ、ウェインって何歳なんだ?」

「ヴァーミリオン様と同じ、十歳ですよ」

「へー! その割りに落ち着いてるなぁ。話した感じ、俺と歳が近いように感じるし。いい子みたいだし、アイツにはもったいないなー。よし、ウェイン。もしここを追い出されたならすぐ俺のところに来い。俺の騎士として一緒に働こう、そうしよう。いや、そうしなさい」


 へっ!? 今度はガウェインさんの騎士!? 騎士の安売り?

 そんな誰でもいいようなもんなの? だって騎士って忠誠を誓って、生涯主を護る仕事なんだろ? そう簡単に決めちゃいけないことだと思うんだけど……。


「そんなすぐ信用しちゃっていいもんなんですか、俺のこと」

「君なら大丈夫だろ。俺もさ、嫌でもそういうのわかっちゃう厄介なもん抱えてんだよね」

「厄介なもん?」

「他人にとっては厄介にしか見えないような力でも、俺にとったらすげぇ有難い力なんだけどさ。へへっ、とりあえずもう大丈夫だな、ウェイン」


 大きな掌で力強く、頭を撫でられる。

 わしゃわしゃとされ痛いけど、嫌じゃない触られ方だ。

 動作に人柄が滲み出てるよな。この人、悪い人じゃないんだってすぐわかる。底抜けで明るいみたいだし、なんだか太陽みたいな人だ。


「ガウェインさんって、日中強い人? もしかして武器の名前もガラティーンだったりする?」

「まぁ暗いよりは明るいほうが動きやすいよなー。武器に名前はつけてないからよくわかんねぇけどさ。でも、ガラティーン? かっこいいなー、それ!」


 そりゃ円卓の騎士なわけがないですよね、ガウェインって名前けっこういそうですもんね!

 何を言っているんだと思われないように、へへへー、と誤魔化すようにして笑う。

 ガウェインさんはもう一度くしゃりと俺の頭を撫でるとすぐに立ち上がり、シアンさんに向かい手を上げた。


「よし、それじゃ顔出しもできたし、問題も解決したし、俺はもう行くぜ。シアンも顔は窶れてるみたいだけど、思ったより元気だしな」

「窶れ……、窶れていますか?」

「あぁ、すげぇ疲れた顔してるぜ。目の下もクマが出てるし、げっそりしてるし、ストレスであんまり眠れてないんじゃないか。ヴァーミリオンのことは自分から出てくるまで放っておけよ。あんなのに気ぃ遣ってたらこっちの身がもたないぜ。大事な時期なのに、美容に悪いぞー?」


 窶れているか、とシアンさんが俺を見るけど、ハッキリそうだと答えていいものかわからず、曖昧に微笑みながら首を傾げる。

 ガウェインさん、直球すぎるよ。女性にはもっと気遣って言葉を選んであげてよ。そんな、美容に悪いだなんて。しかも大事な時期って。婚期ってこと?


「それと、時間があったら俺がウェインに稽古をつけてやるよ。なんとなくだけど気が合いそうだからなー、俺達。つーわけで、またな、シアンにウェイン。ヴァーミリオンには適当によろしくー」


 ひらひらと手を振りながら、ウェインさんはあっという間に屋敷を出ていってしまった。

 なんというか、太陽みたいではあるけど風のような人でもあった、な。いきなり現れて、すぐに帰ってしまった。

 本当にシアンさんだけに挨拶をしに来たみたいだ。もっとゆっくりしていってもいいような気もするのに。


「……風、いや、むしろ嵐のような人、でしたね」

「あの方はそういう人なんだ。それにしてもウェインくん、本当に体調はもう大丈夫なのかい? いきなり倒れてしまって、私も驚いたよ」

「うん、平気だよ。ガウェインさん、俺に何してったんだろ。じわーっと体の中に何かが流れて、そのまま広がっていったんだけどさ」


 今思い出しても不思議な感覚だった。

 でもガウェインさんがいなかったら、俺は今頃気を失って、それこそ危ない状態だったかもしれない。やっぱり極度の貧血なのかな、俺。運が悪ければ死ぬかもしれないだなんて、さすがに二度も死んでられないぞ。


「あれはきっと、マナを分けていたに違いない。人は少なからずとも、多少なりのマナを体に秘めているものだからな」

「マナ……?」

「そうだ。マナは自然界に満ちる力であって、エネルギーとして万物に宿っているものなんだ。魔力は使えないが、微量ながらのマナが普通、人には流れている。それが君には空っぽだったとガウェイン殿は言っていた。だから動くこともできず、機能も働かずに、急に倒れてしまったのかもしれない。だが不思議だな。魔力を使えばマナは減るかもしれないが、全てを失う程の力を君は放出したわけでもないのに」


 そもそも普通の人は魔力を扱うことができないのに、なぜだ。とシアンさんは首を捻ってしまった。

 マナとか、魔力とか、ゲームでよく聞いたりする言葉だ。確かマナがあるから魔法が使えたりするんだよな。

 実は皆が気付かぬ内に無意識で魔法を使ったりしていたとか、そんなことってある? このどこにでもいる普通の子供の俺が、魔法って。

 ……ないよな。絶対にない。断言できる、俺には魔法を扱う力はないって大きな声を出して言える。

 だって比呂は普通の高校生だったし、そもそもウェインが魔法なんて特殊なものを使えていたら集落であんな生活は送っていないような気もするし。

 とにかく、ガウェインさんにそのマナを補充してもらったのなら、しばらくは大丈夫ってことだよな? 俺が魔力を盛大に使ったりしない限りは。


「でも、そのマナって人に分け与えたりすることができちゃうんですね。そんなことまでできるだなんて。すごいなぁ」

「いや、ウェインくん。普通の人はそんな術など知らないし、誰しもがマナを分け与えることができると思ったら大間違いだよ。言っておくが、ガウェイン殿もイレギュラーな存在なんだ」


 ガウェインさんがイレギュラーな存在……って、どういうこと?


「ガウェイン殿もヴァーミリオン様と同じ、特殊な力を持った人間ということだ。本来僅かなマナしか持たない人間が誰かに同じように分け与えたとしたら、その本人も君と同じ症状を引き起こしてしまう。だからまずできない。不可能なんだ。体内に莫大なマナを持った人だからこそ出来る術なんだよ」

「ガウェインさんも、ヴァーミリオンと同じ?」

「以前言ったことを覚えているかな。この世界にはヴァーミリオン様にしか倒すことのできない魔物がいる、と。同じように、ガウェイン殿の力しか通用しない魔物もここにはいるんだ」


 段々話がややこしくなってきたぞ。その人にしか倒せない魔物ってなんなんだ。あれか、ゲームでよく聞く属性概念ってやつか。火には水、水には地、地には風……みたいな話。

 ということは、ヴァーミリオンの力とガウェインさんの力っていうのは、同じものではなく別物の力ということになるわけだ。一人の力で片付けることのできない魔物達、なんて面倒な世界なんだ。


「……まさにファンタジーな世界。そこんとこだけ複雑な設定だな」

「うん、なんだい?」

「いや、なんでもないです。気にせず続けてください」


 こんなところで話の腰を折ったら理解が追いつかない。やめておこう。


「ガウェイン殿は確か、光の加護を受けていたはずだな。その光しか通じない魔物には、ガウェイン殿の力が必須になる。一年前から任務で遠くに行っていたと話していたのを覚えているかい?」

「あー、それで久しぶりにシアンさんに顔出しにここへ来たって……」

「そうだ。その任務というのも、恐らくはフォルトゥナ卿を介し、救助依頼を出した地方へ出向いたものだと思われる。ガウェイン殿はよく見回りも兼ねて色々な国へ渡り歩いているようだしな」

「ガウェインさんはフォルトゥナ卿の騎士なの? でもシアンさんもフォルトゥナ卿の騎士なんだよね? 二重契約みたいなのはいいの?」

「二重契約は御法度だな。というのも、以前その制度で色々と揉め事が起きてだな……。まぁ、その話は後にしておこう。ガウェイン殿は制度に縛られるのが嫌で、主は作らずにフリーでいるよ。だが彼の力は必須だから、依頼をこなす事により給与を貰うという形でフォルトゥナ卿の元に仕えているんだ」


 ははぁ、なるほど。そこは社員みたいなものですね。

 そうやって給料を貰う形で騎士として働くっていうのも有りなんだ。

 ということはもし俺がガウェインさんの騎士になれば、ガウェインさんに今後を賄ってもらえるというわけなんだな。

 まぁその予定は今のところないので、そうなるとヴァーミリオンが主の場合は月毎にヤツにお給与を貰わなければいけないという形になるのか……。

 すんなり給与をくれたらいいけど、なんやかんや揉めそうだな。いや、その前にあいつの騎士として受け入れてもらえるかもわからないんだけどね。

 まだまだこの世界で生き延びていくことを考えたら前途多難だなー、俺。


「光の加護、か……。でも、ヴァーミリオンとガウェインさんは正反対だね」

「なにがだい?」

「ガウェインさんは大人だからかもしれないけど、ヴァーミリオンと違って捻くれてないっていうか。自分の力をすんなり受け入れてるみたいだし、葛藤とかなかったのかなって。だってそういう力って、周りに恐れられたりしてるんでしょ?」


 だからヴァーミリオンは十歳という若さにしてあそこまで捻くれてしまったわけで。

 その力があるせいで、家族とも別々に暮らさなきゃいけないぐらい精神的負担が大きくなってしまったんじゃないかと俺は考えていたのだ。

 ガウェインさんにもそんな時期があったのか、興味がある。彼の明るさを見るに、やさぐれていた時期があったとは到底思えないが。


「ガウェイン殿、か……。私もフォルトゥナ卿に仕えてしばらくしてから彼の存在を知ったからな。だが、彼が捻くれていたという話は聞いたことがない。私がよく耳にしていたのは、彼は魔物が現れればすぐに駆けつけ、困っている人々を放っておけず、みんなの笑顔を守ることを信条として剣を握っているということだけだな」


 その言葉に、俺の中のヒーローセンサーが久しぶりにピコーンと音を出した。


 ――――魔物が現れれば、すぐに駆けつけ……?


 そうだ、ヒーローはみんなの平和を脅かす存在を放ってはおけないのだ。噂を聞きつければすぐに行動し、誰かを襲う前に必ず対処しなければならない。それがヒーローの基本中の基本だ。


 ――――それと、困ってる人々を放っておけず……?


 その通り、ヒーローは困っている人をなんとしても助けなければいけない。手を差し伸べ、親身になって、自分の出来る範囲で問題を一つずつ解決していかなければならないのだ。悩み、苦しむ人の顔なんて辛くて見ていられない。


 ――――そして、みんなの笑顔を守ることを信条として……。


 あぁ、そうだ。ヒーローは人々の笑顔が失われることを決して良しとはしない。みんなの笑顔を守ること、みんなの平穏な生活を守り抜くこと、それがヒーローの鉄則なのだ。ヒーローであらば、至極当たり前のことだ。

 俺の瞳が輝き出す。

 人々を守るために、自分の力を使って魔物相手に立ち向かっていくガウェインさんの姿を想像して、熱く胸が膨らんでいく。久しぶりのドキドキ感。

 なんて……なんて……っ!


「なんてかっこいいんだ……ッ!!」


 俺が急に大きな声を出して叫んだので、シアンさんが目を丸くして見ていた。


「……ウェインくん?」

「すごい……っ、この世界にもそんなヒーローの手本のような人がいるんだ! いや、剣を持って戦うんだからヒーローというより、勇者様? でも久しぶりにそんなヒーローの鉄則みたいな話聞いたよ! わぁぁ、ガウェインさんかっこいいー! 胸が滾る! 熱く滾る!」


 もうシアンさんの唖然とした顔なんて気にする余裕も俺にはない。

 俺の中で、ガウェインさんへの株が急上昇中だ。

 自分の力にも向き合って、それを人を守るためと称して活用して戦っているなんて、かっこいい以外の言葉が見つからない。

 そしてあの人柄だ。明るくて、頼りがいもあって、強くて逞しい、みんなを引っ張っていってくれるような器の持ち主。俺がよく見るアニメの主人公、そのもの!

 豪快さも合っている。太陽のような人だとは思っていたけれど、あの人と接してみれば皆、花のように上を向いて惹かれてしまうに違いない。現に、今の俺のように。


「その信条なんて超絶俺好みだよ……! そうだよ、みんなの笑顔と平穏を守るのがヒーローの役割なんだよ! そうなんだ! 俺がその気持ちを忘れかけてどうする! この世界に感化されてヒーローへの憧れが薄れていってたよ!」

「き、急にどうしたんだ、ウェインくん。ガウェイン殿のことが、そんなに気に入ったのかな?」

「気に入ったなんてもんじゃない! ガウェインさんは……ガウェインさんは俺にとっての、憧れそのものだ!」

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