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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
22/119

怖さ半分、可愛さ半分

 口角を上げれば更に可愛さが倍増して演出されるぞ、と俺は木刀を手放し、ヴァーミリオンの両頬を摘み、横に伸ばす。

 ぎぎぎ、と引っ張れば、ヴァーミリオンまで俺の頬を掴み、真似をするように伸ばしてくるじゃないか。

 いでででで! 俺は手加減して引っ張っているけど、ヴァーミリオンはマジで摘んでやがる。しかも爪をくい込ませて捻りあげるようにして頬を掴んでる。跡になるし、ヘタをすれば血が滲みそうだ。

 やっぱり子供、ケンカに遠慮なんてもんはないんだな。せめて爪じゃなく指で捻ってくれ。マジで痛い。


「きひゃま……ほにょへをはにゃへ!」

「ほまえぎゃはなへ! いへへへへ!」


 ホントこんなの子供のケンカだよ……。俺が一番やってることが子供っぽいだなんて、嫌でもわかってるんだ。

 心は十七歳のつもりだったけど、まだまだ精神年齢低かったんだな、とほほ。

 ちらりとシアンさん達の方を見れば、二人は遠巻きに俺達のことを眺めているようだった。なにか言葉を交わしながら、同時にうんうんと頷いている。

 ほら、そろそろ止めないとやばいですよ、二人とも! 自分達の主がケンカしてるんだよ? 止めるところでしょ。 ていうか止めてくれ! 俺がどうしたらいいかわからない! 加減しなきゃいけないんだけど、もう本気で一発手が出ちゃいそう。子供の扱い不慣れだ、ギャー!

 ヴァーミリオンの腕を振り払い、俺は急いで二人の元へ駆け寄り、シアンさんの腕に縋る。


「そろそろ助けてくださいよ、シアンさんに執事さんも! 全っ然素振りができない! これじゃなんのために朝早く起こされたのかわからないよ!」

「いや、ヴァーミリオン様があんなにはしゃぐ姿は何年振りか……。感動していたところなんだ。やはりウェインくんをここに連れてきて正解だった」

「はい!?」

「私にも言葉を交わしてくださって……。それだけで泣いてしまいそうですな。ウェイン様がもたらした風は大きいようです」

「何言ってるんだよ二人とも! しっかりしてくれよ……!」


 ダメだ、シアンさんも執事さんも目が潤んでいて話にならないぞ。そんなに感動するようなところなの!? せめて泣くならヴァーミリオンを学園に送り出した時にしてくれないかな!!


「泣くにはまだ早いよ……。ヴァーミリオンが屋敷から巣立っていくその日まで、涙は取っておきなよ……」

「ヴァーミリオン様が屋敷から出ていくなんて、そんな……っ」

「フォルトゥナ学園に進学させるつもりなんでしょ! 執事さん、どうしちゃったの!?」

「どうしたもこうしたもないだろう、貴様……。俺にケンカを吹っ掛けておいて、なにをここで油を売っている……」


 ひぇっ、と体を震わせる。

 ヴァーミリオンがすぐ俺の後ろに立って、殺気を含ませた目でこっちを睨みつけていた。でもやっぱりパジャマ姿なので、怖さ半分可愛さ半分といったところか。


「お前は俺が本気を出せばすぐに剣を向けられなくなる……その恐ろしさに平伏すぞ!」

「剣じゃなくて持っているのは木刀ですけどね……!」

「すぐに俺の前からいなくなる。俺に背を向けない人間なんていない。人の頬を抓ったこと、後悔するがいい!」

「そうわかっていながら、なんでそんな態度をとるんですかね……! 難しい性格ですね!」

「……っ、この屋敷にいる者もそうだ! 皆、本当に俺のことを気にかけている者などいやしない! 貴様も同じだ! 俺を見下して、上から目線でなにをべらべらと……!」

「気にかけてるからここに連れてきたんでしょうよ。自分から距離を置こうとしてる人が何言ってるんだよ……。ていうか、見下してるのそっちだよね!?」


 そう返していけばヴァーミリオンの瞳には更に怒りの炎が燃え上がっていく。


「減らず口ばかり叩いて、貴様……!」

「もっと周りを見てみたらいいんじゃないかな……。本当にお前を気にかけていないんだとしたら、一切関わろうとしないだろ? 朝から機嫌が悪いからってそんなこと言っちゃダメだろうよ。少しは我慢すること覚えないと」


 よりによって、この屋敷で働いている二人の前でその発言はいかんでしょう。シアンさんも執事さんも、ヴァーミリオンのことを本当に気遣っているのに、そんな。そうやっていつも自分から距離を離そうとしてるんだろう、お前は。


「さっきの執事さんを見てみろよ。お前が話しかけてくれただけで嬉しくて涙ぐんでいたろ。学園に入れば屋敷を出ていくって話をすれば本当に泣きそうになってる。それが気にかけていない人の態度なわけないだろ……」


 無関心ならお世辞でも言わないだろう。むしろ声さえかけることだってしないはず。俺だったら、本当にどうでもいいと思っているなら関わることもしないさ。


「自分の世界に閉じこもってないで、もっと周りを見てみろよ。この屋敷にはな、お前の力を恐ろしいだなんて思ってる人は誰もいないぞ。自分で思い込んでいるだけだと思うな、俺は……」

「……ならば、見てみるか?」

「はい?」

「俺の力を見れば、お前は口を閉じるはずだ。ならば今ここで、見せてやろう」


 だから、どうしてそこで力を見せるだとか、そっちの方向に話を進めようとするんだろうね。俺が言いたいのはそういうことじゃないんだって。

 力を見せて、脅して、また他人を自分から突き放そうとして。自分の力を見れば逃げて当然、だからお前も結局は俺から離れていく、ほらやっぱり同じじゃないか……それが言いたいだけだろ。ていうか、言わせようとしてるんじゃないか?

 この子は自分と向き合っているんだろうか。モンスターだって、自分が倒さなきゃいけないから仕方なく力を使って討伐しているだけで、自ら進んで倒しにいくという使命感はなさそうだ。

 力を持たない俺にはわかることのない難しい問題なのかもしれないけど、このままじゃ何も変わらないし、いつまで経ってもヴァーミリオンが孤立したままだ。


「別に見なくてもいいよ。最初はどんなものなのか興味があったけど、今のお前を見てたらどうでもよくなった」

「なんだと……」

「はぁ……。もういいや。このまま続けるのも時間の無駄だし、やめやめ。素振りだってする気なくなっちゃったよ。なんか、すごーく疲れた……」


 シアンさんの方を向けば、複雑な顔をして俺達を見つめている。

 でもきっと、俺の表情でわかってくれたのだろう。

 すぐに場を取り直すよう手を叩きながらこっちに近づいてきてくれた。


「よし、そこまで。二人共、お疲れ様。各自部屋で手を洗ってから食堂においで。明日も晴れていたら、同じように早朝から朝食の時間まで素振りだ。言っておくが、次からは私語は許さないからな。朝は一人で起きるように」


 こんな状態でも続けるんだ、と俺はげんなりしてしまう。


「えーと、もし雨が降っていたらどうするんですか?」

「その場合は、屋敷の一角を使って体力トレーニングだ」

「そこは筋トレじゃないんだ……」

「まずは十分な体力をつけてから筋力を鍛えてもいいんじゃないか? ウェインくん、君の場合は特にだ。自分では気づいていないかもしれないが、ヴァーミリオン様とやり合っただけなのに、かなり息が切れているよ」


 うぇ? と自分の胸を押さえてみると、確かに心臓はバクバクで、呼吸も小刻みになっている。心做しか背中には汗も滲んでいて、俺は自分の体の異変にびっくりだ。

 さっきから妙に体が疲れていて、むしろ話すのも億劫に感じていたんだけど、やっぱり体力がないせいなのか?

 ウェインが病弱なのを忘れていて、思い切った行動をしすぎていたんだろうか。あれ、でも以前モンスターを相手に戦った時や、小さな烏を相手に戦った時も、こんなに息切れを起こしていたっけ?

 そこで体力をつけるために集落を散歩していた時のことを思い出す。あの時も息切れや立ちくらみ、体がだるくて仕方なくて、動くのも辛い程酷かったんだ。

 ここでまた、あの体調不良が起きようとしているんだろうか。更にウェインの体に比呂が馴染んできてるのかな。


「……俺、大丈夫なのかな」

「君の場合は状況が状況だったからね。きっと体力も相当落ちているに違いないと思うよ。だから少しずつここでトレーニングを積んで、体力をつけていけばいいさ」

「……」


 さっきまでなんともなかったのに。なんか、自分に自信をなくしそうなんだけど。

 これじゃまたヴァーミリオンに馬鹿にされそうだな。そんなことで騎士候補などと笑わせる、体力のない騎士など役に立たん、さっさと家に帰る支度でもするんだな、なんて見下されそうだ。自分で思うのもなんだけど、ホント口が悪いんだよなぁ。

 だけど、飛んでくる野次はない。

 どうした、とヴァーミリオンの方を振り向くと、彼は俯いて口を真一文字に結び、真っ直ぐに自分の掌を見つめていた。

 悪態をつかないヴァーミリオンに拍子抜けだ。

 なにか思うところがあるんだろうか。

 俺の言葉がきっかけで、この子も自分の立場と環境を見直せるようなきっかけになればいいんだけど。……なんて、簡単なことじゃないし、俺も俺で上から偉そうだったかな。居候の分際でいかん、いかん。


「ヴァーミリオン」

「……」


 声をかけても、ヴァーミリオンはこっちを見ようともしない。たぶん、声も耳には届いていない。

 まずい、これは本気で嫌われたかもしれない。俺も同じ子供なのに、やっぱり頭ごなしに言いすぎちゃったんだ。俺の想いが少しでも伝わればいいと考えてのことだったんだけど。ヴァーミリオンにしてみれば余計なお世話だったんだろうか。


「なぁ、ヴァーミリオン」

「……」

「おーい、ヴァーミリオンってばー」


 手を顔の前に持っていき、ひらひらと動かしてみる。だけど彼は見向きもしないし、敢えて見ないようにしているのか俺を視界に入れたくはないようだった。

 嫌われたなら嫌われたで、これは仕方ないのかもしれない。ヴァーミリオンの反感を買うようなことばかり言っていたのだし、今更うだうだ悩んだところで自業自得なんだ。俺は頭を掻いた。


「あのさ、ご飯くらい食堂で食べたらどうだ? 一人で食べるより、絶対誰かがいるところで食べたほうが美味しいし、気分も晴れると思うよ」

「……」

「俺と食べろなんて言わないけれど、せめて執事さんや使用人の皆さんと少しぐらい会話をしてほしいな。難しいかもしれないけど、それでも勇気を出せば世界が変わるかもしれないぞ? 今よりずっと楽しい世界に」


 一人でいるほうが塞ぎ込んでしまいがちだし、悩んでしまう時間も多いはずだ。誰かと一緒に過ごしているほうが気分も紛れるし、もっと視野も広がるような気がする。

 あれ、だからシアンさんと執事さんはヴァーミリオンをここへ連れてきたのかな。

 二人もそれを知っていて、殻の中に閉じこもっている彼に外の世界を知ってもらいたくて、朝から無理矢理素振りと称し、俺のところに連れてきたってこと?

 結果、非常に気まずい空気になってしまったけれど。

 もしそれが目的でここに来たというのなら、俺は選択を誤ってしまったということになる。そう考えれば冷や汗ものだ。

 え、だとしたら取り返しのつかないこと言っちゃったんじゃないか? 更に機嫌を損ねたヴァーミリオンはまた殻に閉じこもって、今後部屋から出ることがなくなっただなんてなったら、そこは少なくとも俺の責任問題だ。

 ひぇっ。すみません、二人共……。期待に応えることもできず、ただヤツを怒らせてしまっただけだなんて申し訳なさすぎる。


「うわぁ……もしそうだとしたら、俺ってば戦力外」


 がっくり肩を落とし、これはまずいとシアンさん達に頭を下げる。二人はなんのことかよくわかっていないような顔をしていたけど、俺はもう自分に対してがっかりだった。

 変なところで叱るんじゃなく、逆に楽しませなきゃいけなかったんじゃないかなー、と沈んでしまう。

 子供の教育って、叱るより褒めろって言うし。

 俺の中身がもっと大人だったら、すぐに察することができたのかな……。まだまだ精神年齢が幼いってことなのか、それとも鈍いだけなのか。

 ちらりとヴァーミリオンを見れば、相変わらず掌を見つめたままだ。沈んでいるようにも、怒っているようにも見える。


「一人の子供の機嫌も窺えずにヒーローだなんて、笑わせるぜ……。あぁ、こんな時にテレビがあれば勇者系を垂れ流して、俺の沈んだ心を熱く滾らせるのに……」


 ウェインくん? とシアンさんが気遣って声をかけてくれているが、会釈だけして俺は部屋に戻ることにした。逆に俺の気分が沈んでしまった。自己嫌悪だ。



 部屋に戻り、すぐにベッドに倒れ込む。体が妙に重かった。

 シアンさんと執事さんは首を傾げていたが、ヴァーミリオンは最後まで俺と目を合わせてくれなかった。

 そしてそんなヴァーミリオンが朝食の時間になっても食堂に姿を現すはずがなく。

 俺は更に気分が滅入っていくのだった。



 で、それから一週間程経った朝。

 結局彼が朝来たのは初日の一回だけで、それからは俺一人で素振りの練習に励んでいた。構え方、剣の振り方は特に指導されることもなく、黙々と二時間ぐらいぶっ続けで素振りをしている。

 ヴァーミリオンがいない方が長く練習もできるのに、それでもやっぱり後味が悪く感じてしまうのは責任を負っているからなのか、何なのか。

 そしてその日は体調が悪かったのか、熱もないのに俺はその場でぶっ倒れてしまった。



 倒れた原因はよくわからない。

 だけど気を失ったわけではなく、俺の意識はしっかりとあった。シアンさんもすぐに駆けつけてくれて、俺を覗き込み、声をかけてくれていたのがわかった。

 目も冴えているし、息だってきちんとできる。脳だって覚醒しているし、 耳も聞こえる。でもなぜだろう。体だけが動かなかった。声を出すのも辛かった。更に体の芯に鉛が入っているようだった。

 うーん、これはしばらく動けない。どうしようか。

 まるで岩のように重い体に、俺は為す術もなく。ただ呆然と空を見上げる。


「ウェインくん? 私の声が聞こえているか、ウェインくん!」


 うん、大丈夫。聞こえているよ、シアンさん。

 大丈夫と伝えたいのに、声が出てこず、指も動かせず、目しか動かすことができない。これ、伝わってるのかな。絶対伝わってないよなぁ。あぁ、どうしよう。うーん。

 救急車を呼んでくださいと言いたいところだけど、この世界にそんなものはないし、病院に連れていってくださいと言うにも手持ちの金があるわけではないし、さて困ったぞ。こんな時はどうすればいいんだろう。黙って寝るしかないんだろうけど、ここで目を閉じれば二度と起きることができない気がして不安だ。


「少し待っていてくれないか、今医者を呼んで――――」

「なにしてるんだ、シアン」


 視界がぐるぐる回り始めたと同時に、今度は知らない人の声が聞こえる。

 うん? これは誰だろう。初めて聞く声だ。

 覗き込むシアンさんの顔までぐるぐるしだした俺は、もうどうしようもなく気分が悪い。

 このままだと目を回したまま、嫌でも気を失ってしまいそうだ。

 ぐるぐる、ぐるぐる、あぁ気持ち悪い。


「その子、どうしたんだ?」

「ガウェイン殿! いや、実はこの子が急に倒れてしまって……。今から医者を呼びに行くところでした」

「うん? どれどれ――――」


 あ、シアンさんの他に知らない男の人の顔が映り込んできた。

 ガウェインって呼ばれてたような気がしたけど……。円卓の騎士に出てくる人の名前みたいだなー、なんて悠長に考えていたりして。

 ブロンドの髪の毛が朝陽を浴びてきらきら光ってる。綺麗だけど、ぐるぐる回ってるからずっと眺めてはいられない。いよいよ本格的に気持ちが悪くなってきたぞ。

 堪らず俺は目を瞑ってしまう。

 だってもう開けていられないぐらい辛いんだ。このままだと吐いてしまいそうで。


「……不思議な子だな。体の中に魔力が微塵も感じられないぞ。えぇ、君どうしたの。なんでそんな空っぽなの?」


 知りません。自分の体の具合もよくわからないのに俺にそんなこと聞かないでー。そう言い返したくても声が出ないんですけどね。

 でもしっかり胸の内で突っ込んでいますよ。


「ちょっとごめんなー。痛いことはしないからすこーしだけ我慢してくれよ!」


 え、なにするんだろう。痛いことはしないとか言ってるけど、目が開けられない今、非常に怖いんですが。怪我をしているわけでもないのに、どうやって確かめようとしてるんだろう。

 少し間が空いて、俺の額にごつん、と硬い何かが当てられた。

 石をぶつけられたような衝撃と痛みに、危うく舌を噛みそうになる。

 いった! 痛いことはしないとか言っておきながら、初っ端からすっげ痛かったぞ! なんなの、一体なんなの!?

 病人なんだからもう少し優しくしてくれ、と思うと同時に、俺の体が一気に回復していく。

 え、なんだろう。おでこから体の中にじわりと温かい何かが染み渡っていく感覚が広がる。

 喉がカラカラに渇いた時に飲む、冷たい水に似ているような気がする。その水がお湯に変わったというか。じんわりと、俺の体全体に伝っていく。

 わ、なんだこれ。さっきまでの気待ち悪さが嘘のようだ。

 あ、指も動かせる。足も動く。うん、もう大丈夫かもしれない。

 ぱっ、と目を開くと、そこには見知らぬ男の顔が俺の視界全体を覆い尽くしていた。


「っ、わぁぁぁぁあ!!」


 反射的に顔を引こうとするも、俺の頭は地面に着いているので後ろに引くに引けず。となると逆に突き飛ばそうにも、俺の腕力では男の体を押すに押せず。

 目も回らなくなった俺は、ひぃ、と情けなくも上擦った声を上げることしかできない。

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