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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
21/119

不機嫌全開、隣で素振り

「そういうことを言っているんじゃない! 朝から一体なんのつもりだ! 父様はこれを知っているのか!」

「もちろん承知ですよ、ヴァーミリオン様。おはようございます。今日から私がみっちり扱きますので、よろしくお願いします」


 朝から大声を出して騒いでいるのはヴァーミリオンだった。まさかの執事さんに俵のように担がれての登場だ。

 お年を召した方かと思っていたら、まさかあんな豪快にヴァーミリオンを担いでくるとは。見た目とは裏腹にやりますな……。

 ヴァーミリオンは俺の隣にどしりと体を落とされた。

 彼もやっぱりまだ眠いのか、超絶機嫌が悪いし、髪の毛は寝癖でぴょんぴょん跳ねてるし、むしろパジャマのままなんですが、君は本当にそれでいいのかと俺が唖然としてしまう。

 こんな不機嫌全開な奴の隣で俺は素振りをするのか? それこそ気まずいことこの上ないんですが、あの。


「ウェインくん、これを」


 俺に受け取りやすいように下から投げ渡されたのは、木刀だった。

 といっても、俺が知るような竹刀だとか、日本でよく見かける木刀の形ではない。シアンさんの腰にぶら下がっている剣と似た、いわゆる西洋の剣だ。

 長さも俺の背に合わされているため、木で作られている分重さもなく、持ちやすい。これを振れってことかな?


「君はこれを、どう振る? まずは好きなように振ってみてくれないか」


 そうは言っても、とちらりとヴァーミリオンに視線を移す。

 ヴァーミリオンはまだむくれているのか、ぶっと頬を膨らませ、恨み辛みと執事さんを睨んでいるようだった。執事さんは彼が逃げないよう監視しているのか、傍から離れることはない。

 この隣でやるの……? 超がつく程やりにくいんですけど。

 好きなように振れと言われても、俺は剣の振り方はわからない。だってシアンさんが思い描いているような振り方と剣道とはまた違うだろ、きっと。構え方も合っているか、どうか。

 しかしやれと言われたのなら、やるしかない。

 人前で、しかも剣道の存在を知らない人達の前で振るうのはどことなく恥ずかしいというか、なんだその構え方は、なんて言われたりしないか、少し心配だった。そういうの、傷つくっていうか、自分を否定されるようでさ。

 でも今の俺は十歳児。どこかの集落の、剣の持ち方さえ知るはずもない普通の小さな子供。

 どんな振り方をしたって、きっとからかわれることはないと思う。……ヴァーミリオン以外には。

 兎にも角にもやるしかないのだと、俺は覚悟を決め、息を深く吸っては吐いてを繰り返す。


「……やってみます」


 比呂がしていたように、俺は木刀を構える。

 柄頭を臍の前に置き、肩に力が入りすぎないよう意識する。前かがみにならないように、背筋を伸ばして胸を張り、足幅を開き、ちょうど前に立つシアンさんの目を見つめた。

 シアンさんが、興味深そうな目で俺のことを観察している。

 そりゃそうだよなぁ。この世界ではあまり見ないような構え方だろうし、物珍しいのもわかるような気がする。

 俺は息を吸って、木刀を振り上げる。

 剣先が左拳よりも下がらないよう意識をしながら、息を吐き出し、振り下ろす。

 小学生の時、よく注意されたんだよなぁ、これ。無意識に振り上げるとどうしても剣先が下がりすぎちゃって。今となってはいい思い出だ。

 何回か振っていると、シアンさんが「そのまま続けているように」と言って、俺の前から消えてしまった。

 特に何も言われることなく素振りを続けることになった俺は逆に拍子抜けだ。絶対ここを直せだの、こうしろだのと言われると思っていたから。

 とりあえず続けるようにと言われてしまったのなら止めるわけにもいかない。

 声をかけられるまでは続けなければ、と木刀を振り続けていると、横からシアンさんと執事さんの声が聞こえてきた。


「さぁ、ヴァーミリオン様。貴方もウェインくんを見習って、素振りをしましょう。朝から体を動かすと、気分も晴れて気持ちがいいですよ」


 二人はヴァーミリオンに対し、俺と同じように素振りをさせようとしているのだろうか。普段部屋から出ないあの子を背に担いでまで、強制的にここへ連れてきたんだ。とんだ荒療治だと、逆に俺の方が引いてしまいそうになる。

 あの超絶不機嫌ボーイが素直に従うわけないでしょう。むしろそこで俺を引き合いに出さないでほしいんだけど! 後々グチグチと言われるのは俺のほうなんだから。


「部屋に戻る」

「それは許しませんよ、ヴァーミリオン様。貴方ももう少しで学園に入る身です。自分のことは自分で守れるように、少しは特訓していただきたいのです」

「俺はそんなことなどせずとも十分に剣を振るえる。一人でも戦うことができる。むしろ足でまといになるのはそちらの男だろう。俺に教えるぐらいの時間があるならば、その男に教えてやった方がいいのではないか? なにせ巨大な魔物相手に怯え、ただ震えることしかできていなかったのだからな」


 う、と俺は声を詰まらせる。

 ちょっと、そういうの、わざわざ人に聞こえるように言うのやめてくれません? というか、隣でやり取りする内容じゃないと思うんですけど。

 図星であるから俺は自分で言い返せない。悔しいけど、事実だし。


「誰もが初めから貴方のように強くあるわけではありませんよ。学園に入る者の中には、実戦など経験したことのない人が大半です。ヴァーミリオン様がイレギュラーなだけであることを、貴方自身嫌という程知っているでしょう」

「仕方ないだろう。そうしなければならない俺の宿命だからな。俺がやらなければ、とっくにこの辺りは魔物で埋め尽くされている」

「なので、全ての子供を貴方と同じ目で見てはいけないということです。もしかしたら気づかぬ内に穴があるかもしれませんよ?」


 俺は前を向いたまま素振りを続けているので、二人の会話しか耳には届いてこない。どんな展開になっているのか、聴覚からの情報だけでは状況を把握することが難しい。

 穴? と聞き返すヴァーミリオンの声が聞こえた後に、一旦しーんとその場が静まり返り、そのうち何かを叩くような、こつんとした軽い音だけが聞こえてきた。

 なんだろう。隣でなにが起こってるんだろう。

 確認したいけど、今ここで素振りを止めて横を向けば、シアンさんの怒号が飛んできそうだ。

 気になる。気になりすぎて集中できない。自分の目で何が起きているのか確かめたい。

 だけどその時、俺の視界の片隅でなにか動くものが目についた。風を切るように、何かが俺に向かい振り下ろされようとしているのを感じ取る。

 咄嗟に俺は木刀を頭上に抱え、それを防ごうと反射的に動いてしまった。


「……え?」

「そこまで気が緩んでいるわけではないな。さすがだ、ウェインくん」


 俺が防いだのは、シアンさんが振り下ろした鞘だった。

 あれー……? 確か前にも似たようなシチュエーションあったよね。あの時は初対面だったシアンさんがいきなり俺の頭目掛けて鞘を振り下ろしたんだよな。

 また俺は試されているのだろうかと彼女を見上げると、どうやらそうではないらしい。


「……どうですか、ヴァーミリオン様」

「え、ヴァーミリオン?」


 シアンさんはすぐに視線を逸らすと、ヴァーミリオンを見下ろした。

 ヴァーミリオンは、その場に尻餅をついていた。頭を押さえ、信じられないとばかりに俺の方を見つめている。……いや、睨みつけているの間違いだ。

 若干目が潤んでいることから、もしやシアンさんの一撃を防ぎきれずに頭で受け止め、泣きそうになっているのだろうか。

 あちゃー……と内心呟く。

 だから俺を餌にするのやめてくださいってば、シアンさん。


「……おかしい」

「おかしいって、なにが」

「その反射神経だ。十歳児とは到底思えないような反応だ。なんだ、お前は」


 十歳児には思えない反応って、それをお前が言うのか……。逆に俺が言い返したくなるんだが。君にだけは言われたくありませんよ!


「……いつまでもパジャマを着て、ぼーっとしてるからじゃないかな」


 思わず心の声が漏れてしまった。

 しかも言った途端、ヴァーミリオンの眉間に思い切り皺が刻まれた。絶対イラッとしたよね、今。


「……ヴァーミリオンは元々が強いんだから、いつも通りだったら受け止めてるはずだろう、たぶん。それが寝起きが悪くて、いつまでも執事さんのことを睨んでいるからシアンさんの動きに気づけなかったんだよ。……たぶん」

「……貴様、反射神経が速いぐらいで俺の上に立ったつもりか」

「違うから、そんなんじゃないから! ていうか、俺は今まで前向いて素振り続けてるんだからそっちの状況なんていちいち確認できるわけがないだろ! 集中してれば普通に受け止めることができたものを、それをガードもできずに喰らったってことは、お前の気が抜けてたってことなんだよ! 俺の反射神経云々以前の話だ! ……たぶん」


 なんで俺がわざわざ気を使って彼のフォローまでしなければならないんだ。しかも状況が状況なだけに、目で見てもいない俺にはなんと声をかけたらいいのかわからない。

 とりあえず俺が今のヴァーミリオンを見て言いたいのは、さっさと顔を洗って着替えてこいってことだけだ。

 改めて真正面から見たら、髪の毛はライオンの立髪のようにぴょんぴょん跳ねているし、顔は般若の如く恐ろしい表情となっている。決して威張って人前に出る格好ではないことに、彼は気づいているのだろうか。仮にも貴族の息子なのに。そのパジャマは似合っていて可愛いんだけどさ。


「言いたいことを言わせておけば、貴様……ッ」

「フォルトゥナ卿の息子である君がそれぐらいの攻撃も躱すことができないのは致命傷だと思うなー! いつ襲われるかわからない身分の子なのに、不機嫌って理由だけで隙が出来て命を落とすかもしれないだなんて、皮肉なもんだなー! 自信過剰ってこわいなー!」


 売り言葉に買い言葉みたいなもんだよなぁ、これ。

 朝早くからなんでこんな不毛な言い争いをしなきゃいけないんだ。これならまだヴァーミリオンには夢の中にいてもらった方が俺としては有意義に時間を過ごせたかもしれない。僅かながらそう思ってしまう。

 流せない俺も大人気ないのはわかっているけども。いちいち真正面から受け止めている俺も俺なんだけども。


「俺は自分のことぐらい、自分でなんとかできる……! こんな特訓などせずとも、普段の俺ならば問題ない!」

「だからオフの時に命を狙われたらどうするって言ってんだよ! シアンさんが刺客だったとしたら、今頃お前の頭はパッカーンだよ! スイカみたいなもんだ、スイカ! パッカーン!」


 スイカ? とシアンさんと執事さんが首を傾げているが、今の俺にはそこまで答えている余裕はない。

 やっぱりスイカなんて知るはずないよな。向こうの世界のものだしね。通じないのはわかっているけど、パッカーンぐらいは伝わるよね、イントネーション的にさ! ……たぶん。

 たぶん、たぶん、って! 自分で言うのもなんだけどさっきから曖昧だなぁ、もう!

 でもヴァーミリオンのおかげですっかり眠気はどこかに飛んでいったし、言い合いしていたら頭も冴えてきたぞう!


「特訓はしない、俺はそんなことしなくても強い、騎士もいらない、つくる気もない、学園に入る気もない、ホント自分の思い通りに生きていたいんだな、お前は! どんな力なのかは知らないけど、よっぽどそこに過信してるんだなぁ、ヴァーミリオン様!」

「……なに?」

「昨日も言ったけど、その意地がお父さんの面子を潰してるってわかってるんだよな? そうやって騎士もつくらず、学園にも通わず、自分の好きなように生きてみろよ! フォルトゥナ卿のお子さんは大層自分に自信がお有りで、騎士なんてものは必要なく、学園にも通う必要性がないくらい腕っ節が強くて、本当素晴らしいですね(笑)、なんて影で嫌味を言われているかもしれないんだぞ!」


 俺のイメージする、貴族あるあるが口から飛び出していく。偏っているかもしれないが、実際問題こんなもんだろう。

 それでヴァーミリオン自身が何かに巻き込まれてみろ。影で飛び交うのは皮肉なんてもんじゃなく、嘲笑う声だけだ。みんな腹の中で「ざまぁみろ」、なんて声を上げて笑っているに違いない。

 子供は自分のことで精一杯だから気づけないかもしれないが、周りはそうはいかないだろう。聡いくせに、そういうところはわからないんだな。

 誰も言わないなら俺が、なんて思ったりしたけど、しかしこれは逆効果なんじゃないだろうかと今更になって緊張し始める。

 ヴァーミリオンにとって俺は昨日会っただけの子供だし、そんな子供に説得力があるかといえば皆無だ。

 むしろ下に見ている相手に諭されるなんて、意地になっているこの状態ではしっかり受け止めることができるわけないし、面白くないに違いない。今だって右から左に受け流されているような気がしてならない。いや、確実に流されているだろう。

 ていうか、シアンさんと執事さんもそろそろ間に割って入ってくれよ。こんなのいつまで経っても収拾がつかないし、もしかしたら朝ごはんの時間まで言い合いが続くかもしれないぞ。


「……貸せ」

「ふぁい!?」

「貸せと言っている」


 むくれたヴァーミリオンが俺に向かって手を差し出してきた。

 貸せって、なにを? 今の今で話の脈絡がわからない俺は彼を下から覗きこむ。

 主語がない文はなかなかにわかりづらい。


「だからそれを貸せと言っているんだ!」

「それって、え、なに?」

「……貴様は俺を怒らせるのが上手いな。その手に握る木刀を貸せと言っているんだ!」


 えぇー!? なんでそうなるの!!

 てっきりまたなにか色々言い返されるのかと思ったらそこはすんなり素振りを受け入れるんだ!? どういう心境の変化だよ!

 ぼけっと突っ立つ俺の手から木刀を奪うと、ヴァーミリオンはそのまま握り、構えた。

 子供だというのに構え方は様になっていて、正直かっこいい。いかにも騎士って感じで、見惚れそうになってしまう。だけど恰好はパジャマ姿のままだ。それだけが残念だ。

 せめてそこは「部屋に帰る!」と怒鳴って、一度怒って部屋に戻っていったのかと思わせつつ、寝癖を直してきちんと着替えてから再登場するパターンなんじゃないだろうか。

 パジャマだと動きにくくない? ヒラヒラしてて気になって動けなくない? 俺は駄目だったなぁ。


「……ていうか、それ、俺の木刀」

「ふん」


 木刀を握り、素直に素振りを始めるのかと思えば、ヴァーミリオンは唐突に俺に向かい、切っ先を振り下ろしてくる。


「……ふぁぁっ!?」


 木刀を奪われ防ぐ手段がない俺は、反射的にそれを手で挟んで防いでみせる。所謂真剣白刃取りというやつだ。

 ヴァーミリオンの奴、手加減なしで振り下ろしてきやがったな!

 普通の子供がそんなの頭に一撃もらえば、大声を出して泣くレベルだ。当たりどころが悪ければコブになるところだぞ、これ。いくら子供の力といえど、侮れない。


「いやいやいやいや……いきなりなにするんですかねぇ、ヴァーミリオンくん」

「やはり反射神経と口先だけは一丁前のようだな。ああ言えばこう言うとは、まさにこのことだ」

「子供の君に言われたくはありませんな! しかも不意打ちなんて男らしくないですよ……っと!」


 受け止めた木刀を返してもらうように、俺は手で挟んだまま腕と体を捻り、奪い取るようにして力を込める。


「何を言っている……っ、お前も子供もだろうが……!」

「体は子供、頭脳はちょびっと大人、語呂の悪い俺が騎士見習いのウェインさんだ!」

「意味がわからん! ふざけた男だ……! 貴様のような輩が俺の騎士見習い候補だとは絶対に認めん!」


 だけど素直に奪い返させるヴァーミリオンではない。

 意地でも放すつもりはないのか、木刀はその手に掴んだままだ。でもそこで諦める俺でもなく。

 二人で木刀を巡り、もみくちゃになりながら争う。


「へぇ、一応そんな風に捉えてくれてたんだな! 俺のことなんてただの豚小屋にしか見えてないんだと思ってたけど! なんだかんだでヴァーミリオンくんは騎士候補として考えてくれてたんだなー!」

「何を聞いているんだ、お前は……! 認めないと言っている時点でそうは捉えていない!」

「素直じゃないよなぁ、君も! 見た目はいいんだから、愛想も良くすればモテモテの人生を歩めるかもしれないのに、損してるっていうかさ! 笑ってみたらいいじゃないか、ほら、にこーって!」

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