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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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家族写真

 どれぐらい風呂に浸かっていたのだろう。

 湯船にぷかぷかと浮かびながら半泣きになっていた俺はしばらくした後、様子を見に来たメイドさんの手によって半ば無理矢理にして回収されてしまった。

 メイドさんが来たことにより現実に引き戻された俺はまたきゃーきゃーと叫び声を上げ必死に抵抗したのだが、タオルで全身をくまなく拭かれた後、この屋敷のものである服を強制的に着せられ、別室に連れていかれてしまった。

 白のきっちりとしたワイシャツに、下は黒のスラックスを履かされ、元々着ていた服よりは素材も肌触りも断然いいものを着せられている。いかにもお金持ちの子が着ているような服装だった。

 まさかとは思うけど、寝る時までこの恰好じゃないよな……。

 寝る時はまだラフな服装の方がいいので、さっきまで着ていたボロ着の方が俺にはちょうどよかった。比呂の時も布団に入る時はティーシャツ姿に短パンだったので、きっちりとした服よりはまだ動きやすい恰好の方がいい。

 あとでシアンさんになんとなしに聞いてみよう。なんだかこの服は俺にとって窮屈だった。

 誰もいない部屋に一人閉じ込められ、俺は別の家に連れてこられた猫のように落ち着くこともできず、ただきょろきょろと周囲を見渡している。

 こんなところに放置され、どうしろと言うのだろう。

 恐らく広さからして、客室で待たされているのだとは思うが。一人にされたら心細くて仕方ない。シアンさんはどこに行ってしまったんだ。

 窓から見える空はすでに陽が沈みかけていて。辺りは橙から徐々に暗闇へと包まれ始めていた。

 部屋には電気など便利なものはついてなく、天井に吊ってあるレトロなシャンデリアの蝋燭に火が灯され、淡く優しい光が室内を照らしている。

 西洋アンティーク調の凝ったデザインはとても端正に作られていて、このシャンデリアが部屋の真ん中に一つあるだけで高級感の溢れる空間に見えてしまうのが不思議なところだ。

 誰も来てくれないので、そわそわしたまま椅子に座り室内を見渡していると、ぽつんと寂しそうに台に飾られている一枚の写真を見つけた。


「……なんだ、これ。家族写真?」


 そこに写っていたのは、四人の家族の姿だった。

 父親に、母親に、小さな男の子が二人。

 この一番小さな子……髪の毛の色といい、生意気そうな顔といい、恐らくヴァーミリオンではないだろうか。両親は笑顔でいるのにヴァーミリオンは気難しそうに眉を顰め、あかさまに不機嫌な表情をしていた。小さな頃から子供らしからぬ顔をしているのかと頬が引き攣ってしまう。

 もっと子供らしい顔しろよ……。なんだよ、この一人だけ家族の輪から外れているような表情は。あからさまに壁を作っているな、これは。

 だが難しい顔をしているのはヴァーミリオンだけではなかった。

 隣にいるもう一人の男の子、ヴァーミリオンよりも背格好が大きいことから、お兄さんだろうか。

 その兄も弟と同じぐらい、機嫌の悪さが表情に前面に押し出されている。やはり兄弟といったところだろうか。

 普通写真を撮る時になったら、空気を読んで嫌でもにこやかにしなければいけないだろうに。まぁ子供だからそんな騙しも出来なかったのかもしれないけど。

 ……それにしたってなぁ、両親も一緒にいるのにこの顔はないよなぁ。

 お兄さんの方はヴァーミリオンより髪の毛の色は赤黒く、瞳も黒っぽいような気がする。この雰囲気からするに、お兄さんも性格は気難しそうだ。両親は二人共、優しそうな顔をしているのになぁ。何故こうなった。


「普段から眉間に皺ばっかり寄せてると、大人になったら固定されて直したくても直らなくなっちまうぞ~。せっかく綺麗な顔してるんだから、もうちょい愛想良くすればモテモテな人生間違い無しなんだけどなぁ」


 言ったところでどうにか出来るなら、すでにパートナーとなる騎士も決まって俺がここに呼ばれることもなかったって話なんだけどな。

 十歳であの口答えだからな……。相当拗らせてるに違いない。

 思い出されるのは馬車での彼との会話だ。

 人のことを弓の使い方が下手くそだの、豚小屋のにおいがするようだの、お前の神経は狂ってるだの。十歳児とは思えない罵声を浴びせてきて。一体どこでそんな言葉を覚えてきたんだか。

 それを他の子供相手に放てば、そりゃ嫌われて当然なのである。本人はわかっているのか、いないのか。

 そういえば馬車で、シアンさんが言っていたような気がするな。ヴァーミリオンは家族と離れて暮らしてるって。その影響もあってのコレなんだろうか。

 十歳の子が親と離れて暮らすって、あまり普通の家庭環境ではないよな。体調を崩しただけで別の屋敷に移されるって、それどうなんだろ。

 あまりの具合の悪さにご両親が音をあげてしまったのか、それともヴァーミリオンのあの性格についていけなくて、手放してしまったか。なんとなくだけど、後者のような気もする。


「……でも、十歳の子が一人でこの広い屋敷で暮らすって、寂しくないのかな」


 寂しくないわけがないよな。十歳といえば、まだまだ甘えたい盛りのはずだ。

 ご両親が厳しい人だから、ヴァーミリオンもあんな捻くれた性格になってしまったとか? もしかして親の愛情不足? なんて、考えすぎか?


「俺の考察力じゃ、こんなもんだよな……」


 想像するだけなら、いくらでも可能性はある。だけど何かしらの事情があるに違いない。

 でもそれで腹いせに他の子にきつく当たってるのだとしたら、それはそれで嫌だな……。

 ヴァーミリオンに直接聞くわけにもいかないし、そこはやっぱりシアンさんだな。

 他にすることもなく、ぶらぶらと足を動かしながら座っていると、ようやく誰かが部屋に入ってきてくれた。

 シアンさんが来てくれたのかなと思い目を向けると、そこにいたのはあの人ではなく、ヴァーミリオンだった。

 げ、と声を漏らすと、ヴァーミリオンは鼻を鳴らして俺を見下した。


「豚のにおいは消えたか」


 部屋に入ってくるなり、これである。

 清々しい程のヒールっぷりに、言われるこちらのほうが逆に気持ち良くなりそうだ。……その考えも相当やばいと思うが。


「お風呂、ありがとうございました。すごーく気持ちよかったです」

「当然だ。俺の父様が自分で考え、作り出した風呂なのだからな」

「……君のお父さんが?」

「そうだ。父様が俺も気に入ってくれるように、少しでも気持ちが治まるよう気遣ってくれたんだ。これで微妙だったとほざいたなら消し炭にしていたところだ」


 消し炭はまぁ聞き流すとして、俺は少し彼の言葉に引っかかるところがあった。

 気に入ってくれるように、というのはわかる気がする。子のためを想い、喜んでくれるように、自分で風呂のデザインまで考えたんだとしたら大した親心だ。侯爵という身分だからこそできる所業だろうが、それでも普通はそこまでしない。

 だけど、少しでも気持ちが治まるように、というのはなんだ? 子供に対して使う言葉でもないし、その意味が汲み取れない。

 この子は精神的に不安定なところがあるのだろうか。シアンさんが言っていたように繊細でデリケート……だとしてもなにか違和感を感じる。

 ヴァーミリオンが俺の推し量ろうとする視線に気づいたのか、隠すように大きく咳払いをした。


「貴様に一つ、言っておきたいことがある」


 腕を組み、彼はこちらを睨むようにして見つめた。


「……なに?」

「父様やシアンが色々と俺のために企てているようだが、はっきりと言っておく。俺は自分の騎士を見つけるつもりはないし、つくる気もない。お前も学園に入るために媚を売ろうと必死だろうが、俺にその気はない。悪いな」


 部屋に入ってきた早々何なんだ、と俺は眉間に皺を寄せる。


「それはどうして? ヴァーミリオンが決めたことなら仕方ないけど、それにしたっていきなりはないでしょうよ。理由ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか?」

「お前に言う義理はない。例えここに騎士候補として呼ばれていようとも、だ。嫌気が差したならばすぐにここを出ていくといい。馬車を手配しよう」


 ヴァーミリオンはそう言うと、すぐに俺から顔を背けてしまった。

 なるほど、ここに来た子にはまずその洗礼を与えるわけか。そして大抵の子供はここで心が折れて、屋敷から逃げていってしまう、と。

 本当に気難しい子なんだなぁ、と俺も自分の身が心配になる。

 ヴァーミリオンの言葉に折れるとか、そういうことではない。俺が子供相手に大人気ないことを勢いで言ってしまうんじゃないかとか、そこを心配している。

 俺も俺で騎士に固執しているわけでもないし、たまたま流されてここに来てしまっただけだから、本当に必要ないと言うならばまたあの集落に戻るだけだし。母さん達の期待を裏切ることになるが、まぁそれはそれで仕方ない。自分を必要としない場所に居座る道理はない。

 だけど、ここは教育が必要なのではないだろうか。この子をこのまま放置しては、いけないのでは? 好きに言われ放題言われっぱなしというのも、なにか納得がいかない。

 誰かがわかるように、ハッキリと教えてあげなければいけないんじゃないか? それがまだ威厳も何もない俺というのも、アレなんだが。


「……君は一応フォルトゥナ卿の次男、なんだよな?」

「そうだ。それがどうした」

「君はそれでいいかもしれないけど、そうやっていちいち初対面から突っかかっていたら、自分では気づかない内にフォルトゥナ卿の面目を潰しているんじゃないか? 仮にも君のお父さんは、君のためを思って他所から騎士候補として子供達を呼んでいるわけだろ? わざわざ遠いところから来る子だっているわけだ。それをそんな無下に扱えば君の評判云々は兎も角として、お父さんの評価を落とすことになる。気づいてるか?」

「なんだと?」


 ヴァーミリオンは自分のことしか考えていないからそう出来るのかもしれないが、それが親の立場となってみたらとんでもないものである。

 ヴァーミリオンを諭しつつも、思い出されるのは俺の幼少期の頃である。

 色んな習い事に手を出してはすぐに止め、手を出してはすぐに止め、それを繰り返した結果での母さんからの大激怒だった。

 あの頃は自分のことしか考えていなかったから、自分の判断や考えだけで好き勝手に行動していたけど、それこそ父さんや母さんの面目を潰して回っていたんだ。関係者の皆さんに頭を下げて謝罪を繰り返す両親の姿を思い返して、俺の胸は締めつけられる。

 それはきっとフォルトゥナ卿も同じはずだ。

 屋敷に呼ぶ子の中には、恐らく貴族だっているはずだ。侯爵家の次男の騎士だなんて肩書き、地位や名誉を気にするはずの貴族達には美味しいご飯でしかない。群がらないわけがないのだ。

 それをヴァーミリオンが無下に扱い、無礼な態度と言葉で返したとなればそれこそフォルトゥナ卿の名に傷がつくし、もしかしたら良からぬ噂まで広げられるかもしれない。

 ないとは思うけど、それこそ侯爵の地位を剥奪なんてことになったら取り返しのつかないことになる。

 一応忠告のつもりで言ってるんだけど、貴族の子供であるなら言葉の意味ぐらい、わかるよな?

 ちらりとヴァーミリオンの方を向けば、なにか難しそうな顔をして俯いてしまっていた。

 十歳相手に厳しいかもしれないけど、貴族の世界も色々と物騒なイメージがあるから、そこはわかってほしいんだ。誰も言ってあげないのなら、俺が言うしかないだろう。


「お父さんのことを考えれば、君はもう少しオブラートに包んで相手を遠ざけた方がいい。どうも直球すぎるんだよな。言われた方の気持ちも考えてみろよ」

「……お前はそうやって俺に意見するつもりか。今この屋敷で一番の権力を持つのは父様の子供である俺だぞ」


 俺はその言葉を受け止め、盛大に溜息を吐いてやった。子供心ながらにも、呆れて、馬鹿にされていることはわかるだろう、きっと。

 ヴァーミリオンはあからさまにムッとした表情になった。


「がっかりだなぁ。君みたいに頭のいい子なら、そんなことを言うわけがないと思っていたのに。結局はそこにいっちゃうのか~。お父さんの権力をそこで使っちゃうだなんて心の底から残念だなー」

「……お前は俺のことを知らないようだからな」

「今日会ったばかりの俺が、君のことを把握出来ていると思うか? いきなり連れてこられたんだ。君の情報が少なすぎる」

「フォルトゥナ家の、ヴァーミリオンだぞ。噂ぐらいは知っているだろう」

「いいや、全然」

「シアンからは何も聞いていないのか」

「君が繊細でデリケートだってことは聞いてる。それを通り越して、ただ気難しい子だっていうのはこの数時間でよくわかった」


 それがなにか? と聞けば、ヴァーミリオンは心底驚いたような表情をしてみせた。

 なにを驚いているのかは知らないが、そういう顔は年相応だな、と思う。

 やっぱり子供は自分の気持ちを正直に出している方が素直に見えるし、可愛げがあるように見えるよな。小さいくせに仏頂面なんてするもんじゃないってーの。


「……ならば、あと数日だな」

「なにが」

「お前がこの屋敷に滞在する期間だ。俺はお前に何も期待していないし、お前が俺の背を預ける騎士になれるとは到底思えない。どうせお前も、フォルトゥナ家の息子を護る騎士という名の肩書きにしか興味がないのだろう」


 肩書きも何も、騎士がどんなものであるかを知ったのは数時間前なんですけど。

 それに俺は庶民だし、肩書きなんてものに興味はない。

 貴族であればそれがステータスになるのかもしれないが、平民である以上俺としてはこの世界で食っていけるのであればなんだっていいのである。

 ヴァーミリオンも俺が平民であることをあの体臭やら礼儀作法やらで嫌でも知ることになったはずだし、それこそ肩書きなんて持っても仕方の無い人間であることに気づいているはずなんだが。

 その反論は俺には全く通用しない。


「俺のことが本当に嫌なら、君がすぐにでもシアンさんやお父さんに言えばいいよ。俺が自分から帰るだなんて言うことは、まずないだろうから」

「そんなことはわからないだろう。お前だっていきなりこんなところに連れてこられ、今になって相当困っているはずだ。自分の家族の元に帰りたいに決まってる」

「……家族、か」


 そう言われて思い出すのは、父さんと母さんのことだ。と言ってもこの世界の、あの人達のことじゃない。

 日本にいる、本当の俺の家族。比呂の両親だ。

 今頃どうしてるんだろう。俺が死んだことに、きっとショックを受けているに違いない。もしくは子供のために事故に遭ったとなれば、比呂らしいと言って悲しみながらも、誇らしく笑っているかもしれない。想像したら、なんだか泣きたくなってくる。

 俺はぎゅっと手を握り締めた。


「……会いたいなぁ」

「ほら、そうだろう。ならばすぐ家に帰ればいいんだ」

「会いたいさ。でも、会えないんだ」

「は? いるんだろう、家族が」

「いるよ。大事な家族が、向こうには。でももう、会えないんだ。きっと二度と会えない」


 嘘じゃないけど、ヴァーミリオンにはその意味が理解できないだろう。

 ヴァーミリオンだけじゃない、この世界には誰も俺の境遇を理解できる人はいない。

 だって今の俺はウェインなんだから。江口比呂という人間のことを、この世界で知る人はいない。

 言っても仕方の無いことだろうけど、さっきの風呂といい、このきっかけといい、またひどいホームシックになってしまいそうだ。

 両親のことを思い出して、夜な夜なベッドの上で泣いてしまうんじゃないかと、これから暗闇を迎えるのが怖くなりそうで仕方ない。

 バレたら更にヴァーミリオンに馬鹿にされてしまいそうだけど。


「……」


 だが彼から罵詈雑言が飛んでくることはなかった。


「……馬鹿にしないのか? 親が恋しくて騎士が務まるか、とか、まだ親に甘えているのか、とか。もっと厳しい言葉が飛んでくると思ったんだけど」

「家族は嫌いではない。家族を想うのは当然のことだ。だがお前は」

「なに?」

「……本当の家族ではなさそうだな。大抵ここに送られてくる子供というのは、親の期待を背負って、その期待に応えようと気を張ってくるものだ。俺やシアンの顔色を窺ったり、気に入られるために媚を売ろうと必死に取り繕ったり。だがお前にはそれがない。それが感じられない。半ばどうでもよさそうな雰囲気を醸し出している」


 俺は目を見張った。

 ヴァーミリオンの洞察力が、やはり普通の十歳児とは思えなかった。

 俺を挑発的にけしかけつつ、でも実は本質的な部分を見抜こうとしていたのだろうか。恐るべし、十歳児。

 慣れ、といったらおかしいのかもしれないが、常にこういった状況を迎え入れてきたからこその洞察力なのかもしれない。

 自分を利用するためだけにここに来たのか、自分を介し侯爵に取り入るためにここへ来たのか、見栄だけのために騎士になろうとしに来たのか。

 だからこうも気難しい子になってしまったのだろうか。人の気持ちに妙に聡いというか、敏感というか。


「それともただやる気がないだけか……? お前の中はぼやけていて、よくわからない」

「ぼやけてるってどういうことよ」

「お前の頭のように中身がぼやけているということだ。見ようにも霧のような何かが邪魔をして本質的な部分が見えない。なにを考えているか読めず、地に足がついているのかもわからない幽霊のような男だ。普段から悩み事を抱えずに、ぼけっと生きているだけなのかもしれないがな」


 幽霊のような男、か。あながち間違ってはいないのかもしれない。だって俺もウェインも、死んでいるからな。

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