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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
炎の加護を受けた少年
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風呂場が戦場

 屋敷に着いた俺は、まず直行で風呂場に押し込められた。

 ヴァーミリオンの命令でシアンさんが脱衣場に俺を送り、そのまま彼女に身ぐるみを剥がされてしまったのだ。

 女の人に服を脱がされた経験のない俺はギャーギャーと抵抗しつつも、十歳の体では対して大人の力に抗えるはずもなく。すぐにすっぽんぽんにされて風呂場に閉じ込められてしまった。

 なんだなんだと泣きそうになりながらぽかんとしていると、今度はそこに数人の女性……服装からするにメイドさん? が中にづかづかと遠慮も無しに侵入してくる。

  素っ裸で隠すものも何もない俺は、手で自分の体を必死に隠し、彼女達に向かい背を向けて叫び声を上げた。


「っ、きゃああああ!! 風呂に入りたいとは思っていたけど、それは綺麗に体を洗った後に一人でゆっくり湯船に浸かりたいという意味であって、別に女の人達と一緒に入りたいとかそんな邪な願望はこれっぽっちも――――ひゃあああああ!!」


 だが背を向け、隅に隠れようとした俺の抵抗も空しく、女性数人に腕を引っ張られたウェインの全身はすぐに人前で露わにされてしまった。

 お願い、お願いだから中心部だけでも隠させて、と手で覆うとするも、それすら簡単に阻止されてしまう。

 あまりの恥ずかしさに、気を失ってしまいそうだった。

 いつもの俺だったら振り払えているのにぃー! こんなところ逃げ出してってやるのにー!


「失礼します」


 その中のリーダーらしき一人の女性が、俺を見下ろし無慈悲に言い放った。

 何をされるかわからない俺は、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなり、息を呑む。

 それを合図としたように、メイドさん達がウェインの体を一気に暴いていく。なんて言うか、もう、本当に隅々まで。泡のついたスポンジで全身をくまなく洗っていく。

 手足は拘束されているので俺は抵抗もできずに、ただそれを受け入れることしかできない。唯一抗うことができるとすれば、声を荒らげることだけ。

 それはもう叫んだ。恐らく人生で一番大きく叫んだ。明日には声が枯れちゃうんじゃないかってぐらい、叫び放題叫んだ。

 叫んだからといって、彼女達の手が止まるわけではないけれど。

 くすぐったいやら、恥ずかしいやら、痛いやら、でも時々気持ちいいやらで、俺の脳内はもうぐちゃぐちゃだった。

 体の次は髪の毛だった。石鹸を手で泡立て、それを俺の髪の毛に擦り付ける。それはもうごしごしと、力の加減も無く、無情に。

 髪の毛が全部抜けちゃうんじゃないかってぐらい痛くて、今度は違う意味で叫ぶ。毛根ごと抜けちゃうんじゃないかと、本当にこわくなる。

 しかも泡を流したかと思えば、また泡をつけての繰り返し。一体何回洗えば気が済むんだってぐらい、何度もそれを繰り返す。

 長い時間頭を洗われていた俺は、もう頭皮がひりひりと痛くて、本気で泣きたくなっていた。頭から血でも流してるんじゃないかと思うぐらい、頭皮が湯に染みている。


「俺がなにをしたって言うんだ……っ、ヴァーミリオンに楯突いたからその罰なのか……! 頭が痛いよぅ! この歳で禿げちまうよぅ!」


 涙が零れそうになれば、頭にふさりとタオルが掛けられる。

 ようやく終わったのかと一息つけたのも束の間。今度はタオルの上からごしごしと髪の毛を擦られる。

 そんなに強く擦ったら摩擦が起きて髪の毛が傷んじゃうじゃないかー! と内心また絶叫する。

 毛先も絶対ぶちぶちと切れている。こんな少年の内から頭皮を傷つけるとか、一体何事だ! 禿げたらどうしてくれる!

 いやいやと頭を振れば、押さえつける力も更に強くなってくる。

 しばらく髪の毛を拭かれていると、ようやくタオルが離れ、俺の視界が晴れていった。


「お疲れ様でした」


 そう言うとメイドさん達はそそくさと風呂場から出ていってしまった。

 一人取り残された俺は呆然とその後ろ姿を見送る。まるで戦場の後だ。俺は勝ったのか、負けたのか、はたしてどっちなのか。

 えーと、これは一体どうしたらいいんだろう。ちらりと横を見やれば、そこには湯気の立つ湯船が目に入ってくる。

 ごくりと、生唾を飲む。

 入ってもいいんだろうか?

 体も洗った、髪の毛も洗った、全身綺麗になった。なら、入ってもいいよな? うん、いいよね? 誰も文句は言わないよな?

 その前に、自分のすぐ側に鏡があることに気づいた。

 さっさと湯船に浸かり、疲れや毛穴の汚れを綺麗さっぱり落としたいところだったが、それでもやっぱり気になって仕方ないのは今現在の自分の容姿だ。

 この世界に来てから、俺が一体どんな顔をしているのか、目にする機会が全くなかった。

 ウェインの家には鏡がなかったし、川で水に映る自分の姿を見ようにも上手く見ることができず、悶々としていて。それが今日、ようやく自分で確認することができるのだと嬉しくなる。

 どきどきと、緊張しながら俺は鏡の前に立つ。

 さぁ、この世界の自分との初対面だ。

 俺はこれまでどんな顔をしてここで生きてきたんだろう。みんなは俺を見てどう思ってきたんだろう。土葬されそうになっていたというのだから、まさか血の気のない真っ白な顔をしているのではないかと少しばかり怖気付いてしまうけれど。

 見慣れた比呂の顔がそこにあれば一番落ち着くんだろうけど、絶対にそれはない。

 自分の顔を見るだけなのにあまりの緊張に気持ちが悪くなりそうな中、俺はゆっくりと顔を上げていき、そこに映った姿を見て驚きで言葉を失った。


「……え、これが、俺?」


 思わず頭、頬、顎を手で触って確かめる。

 そこに映っていたのは、あどけない顔をした可愛らしい少年の姿だった。

 髪の毛は太陽に向かい真っ直ぐ伸びる、きらきらとした向日葵のような金色をしていて。瞳は大きくぱっちりと開き、草原を連想させるような優しい碧色を宿している。

 髪の毛がもっと長ければまるで女の子と間違われてもおかしくないような顔立ちだと感じた。

 比呂の面影など全く無く、今の自分の容姿は外人そのもの。

 金髪碧眼って、目の保養! 自分で言うのもなんだけど俺ってばけっこう可愛い顔立ちしてたんだね、と自画自賛してしまう程。

 ヴァーミリオンの顔も幼いながらも端正で、所謂美形でモデルのような顔立ちなんだけど、対する俺は元気いっぱいの若手アイドルといった感じでとにかく対照的だ。


「大きくなったらどんな顔になるんだろうな、俺……」


 思わず鏡を眺めながら呟いてしまう。

 将来は有望だな、と褒めちぎってしまう程に。


「とりあえず、頭皮から血が出てなくてよかった……」


 鏡を見て大満足の俺は、そのままゆっくりと湯船に浸かっていく。

 ちょうどいい湯加減で、足の先から胸の辺りまでじんわりと温まっていく。体に溜まった疲れや、むしろ汚れまで、全てが外に滲み出ていくようでさっぱりとする。

 これだ。これだよ、これ。この感覚がとても懐かしくて、不覚にも俺は涙ぐんでしまった。

 風呂場が当たり前にある時代で、一日の疲れを取るために毎日湯船に浸かっていたあの頃が懐かしくて、変なところでホームシックになってしまいそうだった。


「もしこれからもずっとここで暮らせるなら、毎日この風呂に入れるのかな……?」


 浴場の中を見渡すと、作りがなんとなくだが和風テイストに仕上がっているように見えた。

 床は大理石だと思われる石でぴかぴかに輝くように作られているのに対し、湯船が木製なのだ。日本で言う檜風呂に近いのかもしれない。壁も同じように木製で作られていて、どうも俺には深い親しみしか感じられない。

 隅には灯篭のような形をした灯りが数箇所に備えられていて、まるで雰囲気が旅館にある温泉だった。

 そこに木の匂いも相まって、更に懐かしさが倍増しているのかもしれない。

 屋敷に着いた途端風呂場に押し込められたので内装などはよく見れなかったが、この世界の屋敷というからには洋風を予想していただけに、これは意外だった。

 しかもけっこう広い。泳ぎたくなる程、広い。


「なんでここだけ和風なんだろ? この空間好きだなぁ。懐かしくてホント泣きそうだよ……。こんなところに来たら家に帰りたくなるだろー。母さんの作ったご飯が食べたいなぁ。部屋のベッドで寝たいなぁ……家でごろごろしたいなぁ」


 檜に似た香りを嗅ぎながら、俺は湯船に浸かり、天井を仰ぐ。

 一度弱音を零したら、それは止まることなく次々と溢れてきてしまって。

 それから俺はもう駄目だった。

 天井を見上げながらぐずぐずと向こうの世界を思い出し、感傷に浸っている。

 ホームシックになってしまいそうだった俺は、気づけば完全にその症状を引き起こしていて。今まであまり考えないようにしていたのに、地球に戻りたくて仕方なかった。家族に会いたかった。

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