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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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伝わる緊張

 舌を噛みそうになり、慌てて歯を食いしばった。

 だから優しく見守っていろと言ったばかりでこれか! お願いだから人の話を聞いてくれ、こっちの世界の悪いところだぞ!

 なにをするんだと睨み上げれば、視界がぐるりと変わってしまった。


「うぇっ!?」


 アディに、肩に米俵のように担がれてしまった。驚いて、声が裏返る。ど、どういうことー!?


「な、なに? どど、どうする気だ、アディ! 俺にはまだ、やるべきことが!」

「そんな芋虫みたいな動きをしていたら日が暮れる。連れていってやろう」


 アディは俺を担いだまま、歩き始めてしまった。

 俺やヴァーミリオンとそんなに歳も変わらず、体格も似たような感じなのに、軽々と担がれている……。なんだろう、この複雑な心境。

 俺が担いだら、確実に腰に負担がきて、それこそノロノロとしか動けないような気がするのに。どうやらアディのほうが、俺よりも体幹がしっかりしているようなのでした。

 絶対に、俺のほうが年上なのに。く……っ。


「石のようだな」

「は!? 石!?」

「あぁ、緊張しているのが伝わってくる。言っただろう、お前をどうこうするつもりはないと。それに、俺も気になっていたからな」


 気になっていたって、なにが? さっきの、物音のことか?

 主語が抜けているとつっこんでやりたかったが、すぐに現場に到着してしまったようだった。

 アディが俺を担いでここまでやって来たことにヴァーミリオンが気づいたのか、呆れたような声がした。


「……なにをしているんだ、貴様。緊張感もへったくれもない奴だな。なぜ担がれて登場している」


 や、そこはなにも言い返せないっていうか、むしろさっきまで一緒に走ってたお前なら察してくれよって感じなんですけど! 膝がガクガクして動けなかったんだよ! だから置いていかれちゃったんだよ!

 もう下ろしてくれと、アディの背中を手で叩いて訴える。


「ひっ!」


 だけど下ろしてもらった途端、やっぱり上手く膝に力が入らなくて、バランスを崩してしまった。

 ぐ、と両手と両膝を着いて、四つん這いになってヴァーミリオンを見上げる。だけどそこに、なにか怯えた様子のメイドさんが床にしゃがみこんでいるのを見つけて、面食らってしまった。

 え。まさか、さっきの物音は彼女が……?

 その近くにある、半開きになっている部屋に視線を移す。まだヴァーミリオンも中を確認していないのか、首を横に振った。

 俺は四つん這いになったまま、ドアのほうへと近づいていく。アディも足音を立てないようにしているのか、静かに俺の後ろをついてきているみたいだった。

 緊張感が欠けていた俺にも、ようやく空気を読むことができてきたぞ。


「…………?」


 そろりと、顔だけを半分覗かせて室内の様子を窺ってみる。

 たぶん、異常なし。今のところ、なんの物音もしないみたいだ。

 注意深く部屋の中を眺めていると、窓ガラスが一枚割れているのが見えた。なるほど、さっき何かが割れた音はこのガラスだったのか。見事に粉々に砕けている……。

 すぐにヴァーミリオンもここへ駆けつけていたわけだし、犯人は割った窓ガラスからもう一度逃げ出そうとしない限り、この部屋のどこかに潜んでいるってことで。ここは慎重に行かなきゃ逆に俺がやられてしまいそうだ。

 しかも、こんな四つん這いの状態で進んでいって大丈夫なのかと、自分に対して不安になってしまう。うーん、無様な姿は見せられないぞ。今だって、十分無様だとは思うけれど。笑われているかもしれないけど!


「…………」


 息を押し殺して、そろそろと部屋の中に忍び込むようにして、進んでいく。

 キョロキョロと周囲を気にかけると、コトコトとお湯を沸かす音が聞こえてきた。目を向けると、やかんでお湯を沸騰させているようだ。

 そのそばにはティーポットとティーカップが二つ、テーブルの上にしっかり用意されている。もしかしなくても、来客用。この屋敷の来客といえば、今は後ろにいるアディしかいない。

 あぁ、そういえば執事さんがアディをもてなしたいとか言っていたから、きっとその支度をしていたんだ。その最中での、これだったのかもしれない。

 慎重にハイハイをしながら、先を進んでいく。赤ちゃんってすごいな、いつもこれで前進していくって腕の力が相当ないとキツいぞ。俺も通ってきた道なのかもしれないと思うと、人類ってすごいと感嘆してしまう。今更なんだけど。こんな状況でなんですけど。

 変な感動を覚えつつ、そろりと進もうとした瞬間、だけど俺は思わず「うっ」と声を詰まらせてしまった。……あれ? なんか、前方に変なのがいる。


「……?」


 なんだ、あれ。黒くて、丸い生き物みたいなのがいる。中型のぬいぐるみサイズで、一応手足も生えているみたいなんだけど、前身真っ黒だ。煤焦げているわけでもあるまいに、なんなんだ?

 アディも隣にしゃがみこんで、俺の視線と同じ方向に目を向ける。

 そいつは、のそのそと歩いていた。どうやらその生き物には目とか口は見当たらず、なんだが泥で作られた人形のような形をしていた。

 本当に、子供が作ったような、ただ真っ黒な泥でぺたぺたと丸く固めただけの、人形の形をしただけの塊というか。だから黒いのか。

 なんの害もなさそうに見えるけど、でも今この部屋で異質なものといえばアイツの存在だけだ。……あれがこの騒動の犯人なのか? あんな、変な塊が? うーん。

 困ったように、後ろにいるアディを振り返ろうとすると、一瞬なにかが光ったような気がした。なんだろうと目を向ける暇もなく、今度は横になぎ倒される。


「……ってぇ!!」


 俺を倒したのは間違いなくアディだった。何をするんだと後ろを見て、だけど言葉を失ってしまう。

 だって、アディの頬から赤い液体が流れていた。それがなにかなんて、見ればわかる。血だ。

 アディが気にせず頬をゴシゴシと袖で拭っているけれど、血が流れているのを見てしまった俺はすぐに声を出すことができなかった。あわわわと、唇を震わせることしかできない。

 一体、いつの間に怪我をしたっていうんだ。俺がボケっとしてる間に、どこかから攻撃を仕掛けられたのか? まさか、さっきの光?

 頬の傷に釘付けになっていると、アディがちょいちょいと後ろを指差した。


「?」


 どうやら壁を見ろと言いたいらしい。恐る恐る視線を向けてみると、アディの後ろにある壁には小さな穴があいていた。

 あれ……。あんなところに、不自然に穴なんかあいてたっけ? しかもなにか、えぐったような変な穴だ。

 アディがコソコソと耳打ちをしてくる。


「……下手にあいつの視界に入るな」


 いや、視界に入るなって言われても、どこに目があるかもわからないのに、どうしろと? 耳だってくっついてないように見えるけど、まさか声まで感知されてたりするのか?

 混乱していると、またそいつがぺたぺたと歩き始めた。


「おそらくさっき聞こえた悲鳴の原因は、こいつだ。あの女もこいつの前に無意識に立ってしまったんだろう。だから狙われた」

「だから狙われたって、アディはこいつが何なのか知ってるのか? なんか、やけに詳しいみたいだけど」


 そう言えば、アディは顔を顰めてしまう。あぁ、なんてわかりやすいんだろう。それはもう、わかってるって言ってるようなもんなんだけど。

 話したくないことなのか、それともやっぱり言いにくいことなのか。なにか思い当たる節があったから、俺を担いでここまで様子を見に来てくれたんだろうし。

 気にはなるけど、でもまぁ、ここで問い詰めたところで口を開かなくなってしまってもしょうがない。俺はそれ以上深く聞くことはせずに、あのヘンテコな生き物へと視線を戻した。

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