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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
いざ、フォルトゥナ学園!
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出遅れ

「お前は強くなるし、負けたりもしない。お前が折れる前に、俺が壁となり立ちはだかるからだ。だから俺がここにいる限り、お前は絶望しなくてもいい。自分の騎士を守るのも、主の務めだからな。ああは言っていたが、お前にばかり重石を乗せてはいられないだろう」


 これだからタチが悪いんだと、俺は背を丸くした。

 腹が立つ子供だと思えば、こうしてひっくり返しにくるんだから。肩の荷が軽くなるというか、違う意味で泣きそうになるというか。

 今の言葉が俺にとってどれほどの励ましになるのか、この子はわかっているんだろうか。無意識なのか、主としての責任感からなのか。どちらにせよ、普通にかっこいいんですけど!

 俺もこんなことをサラッと言える人になりたいと思った。まぁ、これでかっこよく見えるのはイケメン、ジェントルメンに限るのかもしれないけれど。イケメンって、すごいな。こうしてみんなに勇気と希望を与えていくんだ。


「さぁ、お前はどうだ?」

「……主を壁にすることなんてできません。倒れる前に一矢報いる覚悟です。それこそ最後の力を振り絞って」

「倒れたら意味がないだろう。残される俺の身にもなれ。二人で生き抜いてこその結果だ」


 主になる男はやはり格が違う、と堪らず俺は口元を押さえた。

 なぜか頭の中では「惚れてまうやろぉぉぉ!!」と向こうの世界の芸人さんを思い出す。いやいや、こんなの女の子だったら確実にハートに矢が突き刺さってますって。

 人のことを精神的に追い詰めてくるくせに、励ますのも上手いんだから恐ろしい。飴と鞭の使い方を絶妙に使い分けることのできる大人になっていくでしょう、この子は。こういうタイプは上司にしたいランキングで上位に来るぞ。初めて会った時に比べたらこの変わりよう、涙が出そうになる。


「参りました、主さまには敵いませぬ。年下ながらも天晴れ!」

「だからいつまでもべそべそとしているな。気持ちから負けていては勝てるものも勝てなくなる。それにあのアディという男に関しては……気に入らないが、特にそう深く気にする必要もなさそうだ」


 それはどういう意味だと顔を上げると、突然なにかが割れる音が聞こえてきた。ガシャーンと、また盛大に。和みそうだった雰囲気が、一気に凍りついていく気がする。良い雰囲気じゃない、むしろ悪い予感しかしないぞ。

 しかもグラスが割れるような小さな物音じゃない。それこそなにか突っ込んできたような、大きな音だ。

 俺とヴァーミリオンが同時に屋敷に目を向ける。なんだなんだ、何があったんだ。


「…………? 今の物音は、なんだろう? 誰かがバットで校舎の窓ガラスを割ったわけでもあるまいに」


 俺が動く前に、ヴァーミリオンが屋敷に向かって駆け出していく。やばい、出遅れた。

 瞬発力まで向こうのほうが上なのかって、未だガクガクと震えそうになる足でなんとかその後を追いかけるけど、足が縺れて転んでしまった。


「っで!」


 情けない。こんな時にまで転んでしまう自分が、本当に情けない。待ってくれ主様、と前を行く背中を見つめるが、振り返ってくれるはずもなく。

 ヴァーミリオンの後をついていかなきゃいけない立場なのに、置いていかれてしまった。執事さんからも頼まれたばかりで、これだぞ。

 なにかあったらどうするんだよ、ヴァーミリオンを守るのも俺の務めだっていうのに。ヒーローはこんな時でも立ち上がって追いかけるもんだ。

 歯を食いしばって、それこそ生まれたばかりの小鹿のようにプルプルと立ち上がろうとしていると、今度は屋敷の中から悲鳴まで聞こえてきた。やばい、こんなところで震えている場合じゃない。

 少し離れたここからでもわかる、これは確実にめちゃくちゃ悪いことが屋敷内で起こっているって。

 アディの登場から今日一日でどんな出来事が重なっていくんだろうなと、舌打ちをしてしまった。


「くそ、いくらヴァーミリオンやシアンさんがいるっていっても、ここはやっぱり俺もすぐに行かなきゃ……! こうなるとルナのことも心配になってくるし、動けよ、俺の足! こんなところでバンビしてる場合じゃないっての! こういう時に限ってなんで動けないかなぁ!」


 ルナはあの後、屋敷の探索へと一人で出掛けてしまったんだ。不安も拭いきれないし、偵察の意味も込めての探索だった。

 まさかアディが暴れ出したんじゃないかと、闇の力を使うヤツの姿が頭を過ぎる。

 アディ自身が悪い子じゃないとわかってはいるものの、どうしてもその母親の影がチラついてしまうんだ。アイツに指示をしているのは、あの人しかいないんだから。

 俺は四つん這いになりながら、ノロノロと屋敷へ向かい這っていく。芋虫の真似でもしているのかと、ヴァーミリオンに皮肉られてしまいそうだ。

 そういうつもりはないけれど、そうしなきゃ動けないのが悲しいところだよな。とにかく事が過ぎてから登場しても遅すぎるんだ。頑張れ、俺の足腰。負けるな、俺の筋肉。


「っ、うぅ……、どこで物音がしたんだ……? たぶん、屋敷の二階ではないと思うんだけど、それにしたってどの部屋なんだろう……」


 とにかく玄関まで這って歩いて、それからヴァーミリオンを探すしかないんじゃないだろうか。あの辺りまで行けば、そろそろ俺の筋肉も回復してくるんじゃないかな。

 雨まで降ってきてるんだから、早く行かなきゃずぶ濡れになってしまう。ダラダラの状態で屋敷の中へ入っていったら、ヴァーミリオンにまた小言を言われちゃうんじゃないか。いや、言われる。それはもうブツブツと。

 さすがにそれは勘弁、メイドさん達のお手を煩わせるわけにもいかない。俺だって、カーペットを濡らしたくはない。


「だけど、ちょっと距離があるな、これ。本降りになる前に行かなきゃだけど、それにしたって濡れちゃうよなぁ。グダグダ文句を言う前にとっとと動けって話だけど、這っても這ってもなかなか進んでいかないぞ。腕は動くんだから、もっと早く匍匐前進していかないと……」


 動け、俺の腕。踏ん張れ、広背筋。無駄口は叩かず、前に進んでいくのみよ。そうだろう、俺。そうに決まってるだろ?

 よし、とズルズルと前に進んでいき、そのまま玄関だけを見据える。けど、なぜか首根っこを掴まれてしまった。

 襟元が喉に食い込み、おぇっと息が詰まりそうになる。誰だ、せっかく踏ん張ろうとしているのに、その邪魔をするのは。

 ギギギ、と振り向いてみると、そこにいたのはまさかのアディだった。ひぃっ、と叫び声を上げそうになるけど、唾が変なところに入っていって噎せってしまう。

 涙が出そうになると、盛大に溜息を吐き出されてしまった。や、なにも人の頭の上で呆れなくても……。その前に絞まる。首が、絞まる。腕を叩いて、離してもらう。


「……こんなところで地面を這いつくばって、なにをしている」

「いやー、これには色々と理由がありまして。べつに好きで四つん這いになってるわけじゃないから、そこだけは勘違いしないように。動きたくても動けないんですよ、情けないことに膝が笑っちゃってさ」


 そう言えばまたもや深ーい溜息を、それこそ馬鹿馬鹿しそうに吐き出されてしまった。なんたる屈辱感。あからさますぎて、かなり悔しい。というか、ムカつく。


「でもアディがここにいるってことは、なるほど。一瞬でもお前を疑った俺を叱ってほしいかもしれない」

「は? なにがだ」

「いや、まぁ、こっちの話。屋敷でなにかあったみたいで、とにかく急いでるところだったんだ。俺は今からここを腕の力で進んでいかなきゃいけないんで、お前はそこで優しく見守っていてくれ」


 アディに背を向け、また地面を這っていく。こんなやり取りをしている間にも、ヴァーミリオンはすでに現場に向かっているわけで。いかんいかん、主様を単身でこれ以上進ませては。

 俺が進んでいこうとすると、今度は背中辺りの服を掴まれた。そしてそのまま後ろへと引っ張られる。

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