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僕の騎士道物語 孤独の主と友誼の騎士  作者: 優希ろろな
知らない世界、知らない家族
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散歩途中

 * * *



 モンスターから子供を救って、ちょうど今日で一週間が経った。

 あれから大人達にはよくやったと褒められはしたが、一人で立ち向かうのは危険なのですぐに助けを呼ぶようにとも注意をされ、兎にも角にもモンスターに噛まれた子も軽傷で済んだらしく、なんとか事なきを得たようだった。


 俺はあれからというもの、朝から毎日、集落の端から端までの散歩を心掛けていた。

 実はウェインの体力は半端なく落ちていることがわかって、少し歩いただけですぐに息切れを起こしたり、座った状態から立ち上がれば立ちくらみを起こし、動くのも億劫な程つねに体がだるい状態が続いていた。しばらく横になっていたいぐらい、体のすべてが重いのだ。まるで中に錘が入っているような感覚で、以前の自分とは勝手が違い、驚いた。

 しかも比呂がここで目を覚ましたあの日より、徐々に体調が酷くなってきていて。どうして今になってこんなにも具合が悪化しているのか、俺は不思議でならなかった。

 ウェインの体が俺に馴染んできている、という表現はおかしいかもしれないが、実際そうなのかもしれないと散歩の休憩がてらに考える。

 家から集落の端まで歩いてきた俺は、すでに息切れを起こし、地面に伏していた。

 なんというか、気持ちが悪い。確実にウェインは貧血だったんだろうと思う。比呂の時はこんなこと一度もなかったので、やはりどうにも調子が狂ってしまう。

 ヒーローは体力が資本。少し動いたぐらいでへばっていたら、人を助けるなんて行いはまずできないのである。なんとかして年頃の子ぐらいまでの体力を戻したいところだ。

 そういえばあれから父さんに聞いた話なんだけど、実はウェインはおじさんの言っていた通り、騎士を夢見ていたらしい。

 体が弱く、無理だと言われていた分、その反動か夢は更に大きくなっていって。普通の子供のようにまた元気に動けるようになったら、絶対に騎士を目指すんだと言っていたそうなのだ。

 覚えていないのか? と聞かれた俺は、慌ててはぐらかすように相槌を打ったものだ。

 騎士といえば、やっぱりアレだよな。ファンタジーの世界で言うならば、お城に勤めて王様やお姫様を守るっていう、絵本なんかでよくありそうな、所謂定番の中の定番の騎士。

 やっぱり誰かを守りたいって気持ちは似てるんだよな、俺達。俺もよく戦隊モノや勇者系シリーズを何度も見たりして、憧れに胸を輝かせたものだ。

 アニメのようにパートナーとなるロボットはいないけれど、それでも誰かを守るために剣を振るう職業があるのなら、俺はそうしたいと思うし、この機会にチャレンジしてみたいと思う。

 俺の住んでいた世界じゃ剣なんてものはないし、誰かを守る仕事と言っても警察かSP、あっても警備員ってところだしな。騎士だなんて考えられない場所だった。

 とにかくそのためにも、まず何が何でも体力をつけなければいけない。

 一週間も経てば段々と家族の体臭や家の汚さにも慣れてきてしまって。今ではあまり気にならないようになってしまった。

 気にしても仕方ないというその慣れが恐ろしいものだ。むしろ少々不潔な方が体にも耐性がつき、病気になりにくいのではないかと考えてしまうぐらいだ。体力をつけて、毎日水浴びできるぐらいの元気は取り戻したいところである。

 油断すると、すぐに風邪をひいちゃうからな。病気がちな体も大変なもんだ。気遣う部分が多すぎる。


「さーて、そろそろ反対側まで歩かないと、家に帰るのが昼になっちまう……。いつまでも休んでる場合じゃないな……」


 体を起こし、立ちくらみにもなんとか耐え、俺は背伸びをする。

 母さん達が心配性なところもあって、なるべく早く家に帰らないとそのまま布団に押し込まれてしまうのだ。

 散歩をするにも、初めは猛反対された。倒れたらどうするんだ、熱を出したらどうするんだ、家に帰れなくなったらどうするんだ、等々。

 ウェインの境遇を考えれば心配する気持ちもわかるんだけど、如何せん過保護すぎるような気もする。家族の言う通りにしていれば、この先ずっと寝たきり生活を送ることになってしまいそうだ。

 ゆっくりと歩き出したところで、俺は集落の入口で自分の姉……ジルの姿を見つけてしまった。ここでは見たことのない綺麗な女の人と一緒に歩いている。あれは誰だろう。

 ジルには初っ端から怪しまれていることもあって、どうも苦手意識は拭えないでいた。声をかけるべきなんだろうが、正直あまり見つかりたくはない。

 どうしようかと悩み、うろうろしだしたところで、俺は結局その苦手な姉に見つかってしまった。逃げようと背を向けたところで声をかけられてしまったのだ。どこかその辺の草むらにでも逃げ込めばよかった。


「あら、ウェイン。こんなところにいたのね」


 なにかわざとらしいその言い方に、自分の頬がひくりと引き攣るのがわかる。

 なんだ、なんだ。いつもむすりと不機嫌そうに俺を睨む姉さんが、随分と機嫌がいいのかニコニコと微笑みながら近づいてきた。これには嫌な予感しかしないぞ。一体どんな悪どいことを考えていやがる。


「……や、やぁ、姉さん。どうしたんだい? 姉さんこそ、こんなところでなにをしてるの」

「私? 私は村案内よ。この人がちょうどウェインのことを探していたの」


 ジルはそう言うと、隣にいた女の人に俺のことを紹介し始めた。


「この子がウェインよ。一週間ぐらい前にモンスター相手に戦ったっていう、あの噂の」

「……君が?」

「こ、こんにちは」

「そうか、君が、か。噂を聞いた限りではもっとやんちゃな子供を想像していたのだが、意外と聡明な子のようだ。本当に君がモンスターを相手に一人で戦ったのかい?」


 女の人はそう言うと、俺をまじまじと見つめ始めた。

 その不躾な視線に居心地の悪さを感じ、ウェインである俺はすぐに目を伏せる。

 なんだろう、この人は。女の人だけど鎧を着こなし、腰には長めの剣をぶら下げている。プラチナブロンドの髪をアップにしてこちらを見つめる黒の瞳は至って真面目で、まるで俺のことを品定めしているようだ。

 ていうか、噂ってなに。え、あの時のことが噂になってたりするの? どういうこと?


「ウェインくん、ちょっといいかな」

「はい?」

「これを持っていてくれないか。子供の君には少しばかり重いかもしれないが」


 女の人が俺に渡したのは、その腰にぶら下げている一本の剣だ。それを鞘から抜き、刃が剥き出しになっている状態で預けてくる。

 受け取ったのはいいが意外と重く、ウェインの力では支えきれず思わず地面に落としてしまいそうになる。他人様の物を傷つけてはならないと踏ん張るが、どう頑張っても堪える事が出来ず、切っ先だけが地面に着いてしまう。

 よく映画なんかで見掛ける、西欧で使われていたロングソードと似ているような気がする。

 これってレプリカとかじゃなく、本物の剣……だよな? どうしてこれを俺に持たせるんだ? 十歳の俺が持つにはどう見ても長すぎるし、重すぎるんだが。腕がぷるぷるして、すでに限界なんですがこれー!


「あの、すいません……。俺には重すぎて持てないみたいなんです……がっ!?」


 突如、俺の頭に鞘が振り落とされる。

 瞬時に気づいた俺は、思わずその重すぎる剣を持ち上げ、鞘を受け止めた後に流す。反動で面を打とうと一歩踏み出すが、ウェインの力ではもう一度剣を振るうことは出来ず、俺はその場で膝をついてしまった。

 重くて無理! たぶん比呂でもこれを自由に振り回して戦うのは無理だ。

 この人、こんな重いものを常に腰にぶら下げて行動してるのか。おったまげだよ。

 思わず剣を落としてしまい、俺は女の人を下から見上げる形となる。


「あ、の……?」


 どうして頭を叩かれそうになったのか、わけがわからず、ぽかんと口を開けたまま女の人を見上げる。

 彼女は落とした剣を拾い、鞘に戻した。

 その後は困ったように微笑み、俺と目線を合わせるように膝を折ると、そのまま深く頭を下げてきた。意味が汲み取れない俺は困惑し、ジルへと視線を向ける。ジルもその場で固まり、俺と女の人を交互に見つめていた。


「不躾にすまなかった。十歳の子供が防げるような速さではなく、少々大人気ないとは思ったのだが……。見事だ。やはりモンスターを相手に立ち向かうだけの腕は持ち合わせているようだ」

「すみません……状況がよく理解できないんですが」

「いや、君を少し試してみたんだ。これならば安心して彼の隣に並ばせることができる。君のご両親は今ご自宅にいらっしゃるかな?」

「え、と……たぶん、いると思います」

「そうか。君、ジルといったな。案内してくれないか?」

「は、はい……っ!」


 ジルは狼狽えながら返事をすると、慌てて女の人を家に案内していった。取り残された俺は二人の背中を見つめ、ただ間抜けに口を開けるばかり。

 試されたというのはわかった。だがなんのために試したのか、その説明は一切してくれなかった。だから当事者にもわかるように、一からきちんと説明してくれよ。俺にはさっぱりわからないよ……。

 彼女達の後を追いかけるべきかどうか頭を悩ませながら、俺はその場に立ち尽くすのだった。

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