唐突な揺さぶり
会った当初からつねにイライラしているような気がしたけど、ここはまず揚げ足は取らないでおこう。話が変に脱線していきそうだし。
「まぁ、そうだな。俺とルナが立ち向かっている相手の一人だって言っておくか」
「なんだ、またハッキリとしない言い方だな。もう白状してもいいだろう。なにを隠していても俺は見抜いているんだからな、ウェイン」
びくりと、体が揺れた。……こいつ。
唐突に揺さぶりをかけてくるヤツだ。今のはめちゃくちゃビビったじゃないか。
油断していたから、ウェインという名前にやけに動揺してしまった。
とりあえずそこは無視をするに限るって、目を逸らしたけど。心臓に悪いなぁ、もう。不意打ちとか、本当に苦手だ。
「俺がこの屋敷にいるとわかった上で踏み込んできたのか、ただの偶然なのか。どっちにしろ最悪なパターンだよ。まだ準備すら出来てない。俺からしてみたら予想外の最終決戦が始まりそうだ……」
「お前は呑気だからな。だからもっと早くに動いていなければいけなかったんだ」
「……お前は俺を追い込みたいのか? そんなに俺のこと、気に入らない? というか、許してない?」
「本当に嫌いだったらすでにこの屋敷から追い出している。嫌いじゃないから、いまお前はここにいる。それが答えだ。なぜいちいちそんなことを確かめる必要がある」
俺は頬が引き攣った。こいつは絶対に妥協を許さない男だ……。そうだね、大変だね、ぐらい気遣って言えないもんか。
ルナは未だに暗い顔でなにか考え込んでいるし、どうしたらいいんだろうなぁ。
「でもここで狙うつもりはないとか言ってたし、襲われる心配はないのかもしれない。今ここでは、だけど」
「そんなことを言っていたのか? そういえば俺はあの男の気配に気づくことすらできなかったが、昨日闇の加護がどうとか言っていたな。あれが、そうなのか? だとしたら相当上手く隠しているようだが」
それは俺も思っていたところだった。
ルナですら良くないものが近づいてきているとは言っていたけど、その正体が何なのか気づいてはいなかった。月の精霊のルナが、だ。
だけどそれは隠そうとすれば隠せるものなのか。難しい話なんじゃないか? 加護を受けた者同士ならわからないけどさ。
「ヴァーミリオンは」
「なんだ?」
「ヴァーミリオンも隠そうとすれば、その炎の力を隠し通せるものなのか? 俺には気配すら感じることもできないし、全っ然わからないんだけど」
ヴァーミリオンは軽く息を吐き出すと、腕を組んで壁に背中を預け、天井を見上げた。
「俺は加護を受けているからな。同じ力を持つ者は大体、なんとなくでわかる。それこそ精霊ならばすぐにわかるはずだろう。俺達人間とはまた違う」
「だけどルナは、気づくことができなかった。なんでだろう。予感はしていたみたいだけど」
「気づかなかった? だとすれば、あの男が特殊なんだ。なにか力を施されているのではないか。この間は聞きそびれたが、奴は一人ではないんだろう。お前達がそんな話をしていたのを覚えている」
よく覚えてるな、と俺は驚いた。
そうだ、昨日は執事さんが部屋に来たことで話が中断していたんだった。絶妙なタイミングでの登場だった。
アディ達について、なにかわかりやすい情報はないのかって聞かれて、すごーく困ったんだよな。だって、フォルトゥナ学園で働いているっていうのが最大のヒントなんだから。だけどそれをヴァーミリオンに言えるはずもなく、結局有耶無耶になっていたんだった。
相手を思えば言えるわけがないんだよな、そんなこと。
「ヒロ」
「な、なに?」
「隠そうとすればする程、自分の首を絞めるだけだぞ。俺はもう、なにも驚きはしない。お前という存在だけでこれだけ奇妙なことが起きているんだ。これ以上の問題など、俺にとって騒ぐものでもない。なにを考えているのかわからないが、妙に焦っているのはお前だけだぞ」
「う」
「俺が取り乱したことなど、ウェインが倒れた時もそうだが、その中から幽霊が消えてしまったあの日ぐらいだ。そう、あの時だけ……」
俺の心はまた申し訳なさでいっぱいになってしまった。それに関しては本当の本当にぐうの音も出ません。
まさかそれすら計算済みで、ヴァーミリオンは俺を責めているんだろうか。ねちっこい人間がやりそうなことだけど、お前がそこまでネチネチ系だったとは。
眉毛を八の字に下げれば、鼻を鳴らす音が聞こえた。あー、またバカにされるほど呆れてんのかな……。
「……べつに嫌味で言っているわけじゃない。お前にも、なにかしらの理由があってこうなったことはわかっている。だがそれを認めようとしないのは、やはり後ろめたいことがあるからだろう。俺が今苛立っているのは、なぜそれが言えないのかという話であって」
「だ、誰にだって言いたくないこともあるだろ。理由があるってわかってるくせに聞き出そうとするんだから。ネチネチにも程があるぞ!」
「だから何故なのか、俺はそこが聞きたいんだ。頑固な男だ」
「だってお前、張り倒すって言ったじゃんか! 俺はもう、痛いのは嫌なんだってば!」
「ならばやはり人を気遣ってのことではないか。お前の主人は誰だ? そうだ、俺だ。お前の主は誰だ? 俺の騎士は、お前だ。わかるな?」
ここで立場を利用して吐かせようとしてるのかと、俺はゲンナリした。主人はどうあってもパワハラ気質を変えないらしい。横暴にも程がある。
無理矢理聞き出そうとしているところが面白くなくて、俺はそっぽを向いた。物凄く大きな舌打ちが聞こえてきたけど、それでも答えるつもりはありません。
「ルナは、どう思う?」
『……確かにあの子から、他に何も感じるものはありませんでした。ヒロさんを襲わないというのなら、きっとそうなのでしょう。ただ、やはりその後が気になります』
「あの人を連れてくるつもりなのか、それとも単独で突っ込んでくる気なのか、ってか。なにを考えているかわからない分、いきなり行動に移してきそうだもんな」
『ですが、やはり気をつけておいて損はないと思います。なにせ向こうは親子なのですから、どこでどう繋がっているのかわかりません。裏をかいてくる可能性もありますし、油断はできないのでは……』
「親子?」
ヴァーミリオンが横から口を出してきて、ルナがハッと口元を押さえる。だけど隠そうとしても、もう遅い。しっかりとあいつの耳が親子という言葉を捉えてしまったようだ。
ヴァーミリオンはズカズカと、ルナの元へと近づいてきた。やばい、これは何があっても問い詰めていくパターンが展開されるかもしれない。
あちゃー、やっちゃったな、ルナ。さらにネチネチが増して、今度はネバネバになっていくかもしれない。
「奴等は、親子で計画を企てているのか」
『……は、はい?』
「えー、っと……ちょ、お、落ち着きましょうか、ヴァーミリオンさん。き、聞き間違いだったりするんじゃない、かなぁ? いま、そんなこと言ったっけ? あれー、俺は聞こえなかったけどなー」
慌ててルナを庇うように俺がヴァーミリオンの前へ立つ。落ち着け、落ち着け。感情を爆発させるようなところじゃないぞ、今は。
だけど赤い瞳に強く睨まれて、思わず一瞬だけ怯んでしまった。これは相当怒りのパーセンテージが上がってきているのかもしれない。
聞き間違いだなんて言われて、さらに苛立ったようにも見えた。ヴァーミリオンのイメージのせいか、後ろから炎が燃え上がっているみたいだ。
「お前は何を言われても隠そうとするんだな……。 白状しないというのなら、俺は俺で動くだけだ。すべて暴いて、俺一人で片付けてやる。隠すということは、そういうことだ。いいか、ここまで来たならお前は一切邪魔をするなよ。きちんと事情を説明しないからこうなっているのだからな!」




