自覚が足りていない問題
「それでも本当に他人の命を背負っているつもりなのか……? お前を見ていても、それ相応の覚悟が見えてこない。まだ自覚が足りていないのかもしれん。目がふざけている」
「え?」
「お前が失敗すればここに住む人々は皆、命を落とすことになるんだろう。ヘラヘラとしていて、まだお遊び半分にしか見えない。本来ならば、その理由を持った時点で死ぬ気で強くならなければいけないだろう。お前にその気があるようには思えない」
ヴァーミリオンの目には、俺の姿がそう映っているんだろうか。
本気でいるのにそう見えているってことは、誰の目にもそんなふうに映っているのか。ふざけているだなんて、とんでもない。こっちの世界に来てからの俺は、いつだって、どこでだって真剣だ。
ルナにも、そう思われていたりするんだろうか。口には出さないだけで、本当は……? いやいやいや、そんなまさか。あ、でも昨日も同じようなことを言われた気が。
月の加護に頼れば無敵になれるだなんて、考えたこともない。
ヴァーミリオンの言う覚悟って、どんなものなんだろう。俺の覚悟と、なにが違うんだろう。
ゲーム感覚だなんて思っていない、簡単に勝てるとも思っていない。なのに、なにがいけないんだ。まだその実感がないとか? 原点に戻ったつもりでしかないのか、俺は……。
話にならないとでも言うように、ヴァーミリオンは俺を冷たい目で見下ろした。
「お前は俺にこうして刃を向けることができるか? 使用人という立場は置いといて、だ。誰を相手にしても、向けることができるか? 親しい友人であろうと、恋人であろうと」
「で、きる……と、思う。だって、そうしなきゃ勝てないんだろ? 自分の正しいと思う道を選ぶのがヒーローとしての思念というか、そういう場合もあるというか……」
「なら、そのまま俺を傷つけることができるか? 俺がお前に傷つけられ、血を流すことになっても、罪を感じることはないか?」
俺は一瞬血を流すヴァーミリオンを想像して、胸が痛みそうになった。ダメだ、そんなの、絶対にありえるはずがないだろ。
あってはならない。そうだ、こいつが倒れる運命だなんて、あっちゃならないことなんだ。だから考えたくもない。
なにせ俺は騎士なんだから。ヴァーミリオンと誓いを交わした、唯一の騎士なんだから。
「……言いたいことが、よくわからないんだけど。ていうか、お前は俺が守らなきゃいけないんだから、倒れることはまずないと思う。お前が倒れる時は、俺がとっくに倒れているだろうから」
そう言えば、ヴァーミリオンの目が大きく開いたような気がした。
瞳の中でゆらゆらと揺れていた怒りの炎が、どことなく違う意味で動揺しているようにも見えた。
だから、一応付け足しておく。ほら、まぁ、俺も色々と複雑なんで。
「せ、専属の使用人なんだから主人を守るのは当然のことだろう! 言っとくけど、騎士だなんて一言も声に出して言ってないからな! あくまで専属の、使用人! 誤解しないように!」
自ら宣言しているようなもんなんだけど、俺は相変わらずその点だけは認めなかった。なんにおいても、認めてしまったらそこで負けなんだ。
ただの俺の悪あがきだった。どこまで続くかわからない、一方的な俺の悪あがき。
「……ここに住む人々が目を覚ますことがないと言うのなら、そこに俺も含まれているということを忘れるなよ。状況を知った今では何もせずに倒れるなどと、そんなことはないがな」
「ヴァーミリオンなら、一人でなんとかしちゃいそうだけどな」
「そうだな。だが俺は奴等の顔を知らないし、影でコソコソとされては力を発動した時にしか気づくこともできず、対処もできない。俺が奴等の元へ辿り着いた時には、すべてが手遅れの可能性もあるし、そもそも俺も被害を受けている場合がある」
だから被害が出される前になんとかしなきゃいけないんだ。
うーん、ヴァーミリオンに言われるまで、引き締めたはずの決意がまた緩んでいたのかもしれない。腹の傷のことばかり気にしていたし、焦ってはいたけど気持ちが行動に移せていなかったのかもしれないな。
それが甘えと言えばそうなのか、そのせいで余裕があるように見られていたのか。自分に出来ることからと言いつつ、結局は怪我の具合と相談をしてだなんて甘っちょろかったんだ。
どちらにせよ、ヴァーミリオンとルナに失望されるわけにはいかない。誰かに見放されるなんて、真っ平御免だ。
俺は気合いを入れるように、ぴしゃりと自分の頬を叩いた。じんじんして痛いけど、そうも呑気に言ってられない。気持ちを切り替えていかなきゃいけないんだと、言い聞かせて。
『なるほど、やはり貴方達は相性が良いのでしょうね。足を引っ張りそうになりつつある時は、どちらかが必ず手を差し出してあげているのがわかります。優しいのですね』
「えっ」
『無自覚なのかもしれませんが、とても良いことですね。これからも互いが互いを想い、自分達を大切にしていかなければいけませんよ?』
俺とヴァーミリオンが一度目を合わせて、それから思わず揃ってルナに視線を移す。
きゅ、急に何を言い出すのかと思えば……。
俺は顔が引き攣っていたけど、ヴァーミリオンは神妙に目を細めて、息を吐き出すように言葉を零した。それだけなのに、なんとなく、嫌な予感がしてしまった。
「……わかっている。相手がなんと言おうと、自分の騎士の存在ぐらい、すぐにわかるんだ。俺が唯一、自分の意思で決めた騎士なんだから」
その言葉が、妙に俺の胸に深く、突き刺さった。罪悪感という名の、強烈な一撃だ。
避けてはいけない矢が、簡単には抜けないぐらい奥深くまで、ぐさりと。思わず胸を押さえて「う」と呻きがもれそうになった。
気まずげにヴァーミリオンの横顔を見れば、ヤツの顔はすぐにこっちを向いて。小さな悲鳴を上げそうになった。
「……」
何も言えず、ぽかんと口を開けたままヴァーミリオンを見つめることしかできない。気まずい。なんとも気まずい雰囲気だ。
ヴァーミリオンもなにか言いたげに、じっと俺を睨みつけている。その剣幕に堪らず手で顔を覆いたくなってしまった。やめて、そんなに穴があくほどこっちを見ないで。
その間に挟まれて、相も変わらずルナは楽しげに双方を眺めていた。
しばらく重苦しい沈黙が俺達を包んでいく。呼吸さえしにくい程の現場で、溺れてしまいそうな気まずさだ。
ヴァーミリオンが何を言いたいのか察してしまっている分、俺は言い返すことができなかった。言い返せないだろうよ、どっちの状況が不利なのか自分でもわかってるんだから……。
誰かが口を開かなきゃ、この不穏な空気が階段の踊り場にしばらく漂っていることだろう。
俺達が沈黙を続ける中、その場にそぐわない小さな可愛らしい声が、どこか近くから聞こえた。ルナのものじゃない、女の子の声。トーンは高めで、鈴が転がるような音だと感じてしまった。
だけどそれは俺にとって、救世主にもなる人物の登場だった。
この気まずさから抜け出せるのなら、もう誰だって俺にとっては勇者みたいなもんなんだと飛びつきそうになる。
「あ」
たった一言。それだけなのに、場の空気がすぐに変わった。
瞬時に顔を向ければ、階段の下のほうで金の髪を掻きむしっているステファニーの姿があって。
光を浴びればきらきらと光り輝くような彼女の髪が、残念なことにボサボサになっている。なんでそんな絵に描いたようにボサってるんだ? まるで徹夜明けでもしたような、ひどい状態だ。
なにがあったのかはわからないけど、目が座っているので機嫌が悪いことだけは確かだ。そういうところはヴァーミリオンと少しだけ似てるんだよなー……。目の座り方っていうか、そのいかにも機嫌が悪いですって雰囲気。
だけど俺は、とりあえずそんなことなんて後で聞けばいいんだというように、変に目を輝かせた。




