ヴァーミリオン:裏切りたくない期待
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「それで、じい。話というのは?」
顔を顰めたまま、ヴァーミリオンは薄暗くなり始めた廊下でアルフレッドに問う。
フォルトゥナ学園への手続きの話と聞けば、厄介なことだろうというのはすぐにわかった。
ヴァーミリオンの手続きはすでに終わっている。なにか問題が残っているとすれば、それはあの時に試験を受けたウェインのことだろう。
合格していることは聞いていた。だが、それからどうするかは決まっていない。
今のウェインの意思では、ヴァーミリオンと共に学園へ通うなど到底無理だろう。
それに以前試験を受けていたのはウェインではなく、あの男、ヒロだ。
ウェインの実力は見たこともないので判断はできないが、ヒロならばヴァーミリオンに少しは劣るが腕は十分だ。
しかし彼等はもう別人だ。出来るならば誰か自分の傍につけておきたかったが、あの調子ではもう無理だろう。
ヒロに至っては、ウェインの中にいたことを認めようともしない。
かまをかけたが、やはり彼らしく見事に引っかかっていた。あの時の幽霊は確実にヒロだ。もうヴァーミリオンは確信していた。だから初めてウェインと顔を合わせた日のことを話したのだ。
ヴァーミリオンに警戒していたようなので賭けではあったが、だが上手く乗ってくれた。
月の精霊が話してくれた内容も、おそらく事実ではあろう。ヒロ自身のことは端折って話されていたようだが、きっとそうだ。
どうにかウェインであった事実を認めさせ、経緯を聞き出さなければ気が済まない。
ウェインの中にいた幽霊がいなくなり、ヴァーミリオン自身も相当落ち込んだのだ。もう一度自分の元へ現れたのだから、そう簡単には手放すことなどできない。
父親であるアーレスも、ヴァーミリオンのパートナーであったウェインが倒れたところを知っているのだから、もしかすると気を遣ってこうして連絡を取り、確認してくれているのかもしれない。
ヴァーミリオンにはもう、入学を辞退する理由がなかった。いくらウェインが倒れたからといって、一人で学園に行くのが嫌だと我儘を通せる歳ではない。
心細いといえば、嘘ではない。後ろ指をさされるのではないかと思うと、憂鬱にもなる。
本音を言えば、フォルトゥナ学園に背を向けて逃げ出してしまいたかった。
だが逃げたところでヴァーミリオンには何が待っているだろう。
母や兄からはすでに何の感情も向けられていないのでどうとも思わないが、父にだけは失望されたくない。
じわじわと滲み出そうになる弱い心に、無理にでも蓋を被せなければからなかった。毅然な態度をとり、相手に悟られないようにする。
「……ウェイン様のことです。彼は合格をしていますが、本人にはもうその意思がないでしょう。どうしますか?」
「どうするも何も、その本人がすでにこの屋敷にはいない。ならば、辞退するしかないだろう。父様にも、そう伝えるしかない」
「ですが、ヴァーミリオン様」
なんだ、とアルフレッドを見遣れば、不安気にこちらを見つめていた。
「俺は平気だ。じいが心配することはない。俺は俺で、やっていける」
「私は不安で仕方ありません。貴方に敵意を向ける者は多いです。いつ、何が起こるかわかりません」
「だが、どうすることもできないだろう。もうあの時のウェインはいない。俺一人の我儘で、先延ばしにするわけにもいかない」
しかし、と納得のいかないアルフレッドはうつむき加減で唸った。
ヴァーミリオンを本当に心配してくれているであろう、その気持ちは有難かった。だけど甘えるわけにはいかなかった。
もう、自分は十三の歳を迎えているのだから。自分の問題は、自分で解決できるようにしなければならない。
アルフレッドがなにか言いたげな顔でヴァーミリオンに視線を向けていたが、気づかない振りをした。
父親の期待だけは、裏切りたくない。
その想いが、ヴァーミリオンの背を押していた。




