すべてを吐き出せば終わること
「ほん、とうのことって……!? えーと、言っている意味がよくわからないんですが!」
「真実を話せ! お前自身なにがあって、どうここまで来たのかな!」
往生際が悪いのはお前のほうなんじゃないかと言いたくなるも、今のヴァーミリオンはそんな暇さえ与えてくれなさそうだ。
なにせレイピアを振り回しながら俺を追い回し始めている。おそらく叩き斬るつもりでいるんだろうけど、もう突きでトドメを刺そうなんて生易しいもんじゃなく、完全にスライスで決めようとしているに違いない。
おぅ、なんてヤツだ。専属使用人に選んでくれたばかりだというのに、すでにその手で罰を下そうだなんて。
俺が逃げればさらにヴァーミリオンが後を追いかけてくる。その姿は子供の皮を被った悪魔のようだ。
部屋から飛び出してそのまま遠くに逃げてしまい気持ちになるけど、こんな剣を振り回す主人の姿を他の使用人達が見たらどう思うだろう。どうしたって俺が悪者になるに決まってる。
俺をここに連れてきてくれた執事さんからの心象を下げたくはない。なので仕方なく部屋の中をぐるぐると逃げ回ることにした。
だけどなんだろう……段々自分がバカらしく思えてくる。だっていい歳こいて鬼ごっこって。俺は小学生じゃないってーの。
「……っ、なぁ! 俺達、なにやってるんだ!? 部屋の中で一体なにをしてるんだ!? なんでこんなことしてるんだよ、わかんねぇよ!」
「お前がすべて吐き出せば終わるんだ! お前が誰だったのか、すでに俺にはわかっている! いつまで平然と嘘を貫くつもりだ!」
「嘘!? 嘘って、別に悪意があって騙そうとしたつもりは全くないんですよ! つうかその剣、いい加減戻せよ! そんなもの持って追い回すから俺だって全力で逃げてるんだぞ! 上手く事を運びたいなら、もっと穏便にだな……!」
「この状況をつくっているのはお前自身だ! 血を流すのが嫌だと言うのなら大人しく観念しろ、ヒロ! そしてバタバタと鳥のように逃げるな!」
お互いヒートアップしてきたせいか、足を止めることもなく、どちらかが折れるということも決してない。
まるで子供が室内で走り回って遊んでいるような光景がそこには広がっていて、不毛なやり取りなんじゃないかと胃がしくしくと泣きそうになった。
ヤツに負けてたまるかと騒がしく部屋の中を走り回っていれば、今度は大きな溜息が聞こえてくる。盛大に呆れていますと言わんばかりの息の吐き出し方に、俺とヴァーミリオンは揃って声のするほうに顔を向けた。
と言ってもここに俺達以外に誰かがいるとしたら一人しかいないんですけどね……。バカだと思われてるよなぁ、きっと。
『……はぁ』
うわぁ、案の定眉間に皺を寄せて凄まじい顔をしてる。
がっくりと肩を落としていたのは俺とヴァーミリオンから距離を置いて、いつの間にか窓際に移動していた月の精霊のルナだった。
その瞳には呆れと侮蔑するような色が含まれていて、俺は堪らず背筋をしゃんと伸ばした。そして勢いよくヴァーミリオンに指を突きつける。
「だって、ヴァーミリオンが!」
「原因は貴様だろう! 人のせいにするな! なんてタチの悪い男だ!」
「俺を疑ってばかりいるから!」
「俺は貴様の主人だぞ! 言い逃れは許さん! 言われるような態度を取るな!」
「う、嘘なんてついてないのに……っ」
「それがわかるから言っているんだ! あまりにもわかりやすくてこちらが吹き出してしまうぐらいにな!」
どちらも引こうとしないくだらないやり取りを聞いて、ルナはこの先が思いやられるとばかりに額を押さえている。
俺も彼女と同じく第三者の立場だったら、こんなふうに呆れてしまうのかもしれない。いやぁ、だって本当に子供のやり取りですよね、こんなの!
だけどそう思いつつも、俺は酷く動揺していた。さっきヴァーミリオンが言った「お前が誰だったのか、すでに俺にはわかっている」だなんて突きつけるような言葉が、心を強く揺さぶっている。
だってそれって、そういう意味だよな? 俺がウェインだったって、いつの間にかバレているってことだよな?
どこで嗅ぎつけられたのかとくだらないやり取りを続けながら今も焦っているけど、動揺している俺にはそんな穴など気づけるはずもなかった。
『貴方達はまだ精神的にこんなにも幼いのですね……。この子が知りたいというのならば、ヒロさんもこの際わかりやすいようにきちんと説明してあげればいいものを。いつまでも意地を張っていたって仕方ないですよ』
「いや、だから自分のためだって……っ」
『それではこの少年も納得しないのです。納得できないからこのやり取りが延々と続いているんですよ。確かにヒロさんの主人は彼なのですから、そこはやはり貴方が妥協していかないと。これも良いタイミングなのではないですか?』
ルナが俺を説得するように諭せば、ヴァーミリオンはうんうんとこれまた擁護をするつもりでいるのか大きく頷いている。味方が現れたとばかりに喜んでいそうだよな、こいつ……。
ルナの加勢でなぜか分が悪くなってしまったのはこちらのほうだった。
「これだけ言われても自分から話す気にはならないのか。どれだけ強情なんだ、貴様」
ヴァーミリオンに問い詰められるも、なるわけがない、と俺は口を真一文字に結んだ。どれだけの想いをしてここまで進んできたか知らないからそんなことが言えるんだよ。
頑固だなんだと言われようとも、自分から折れちゃ決意した意味がない。
またルナの呆れた溜息が零れていくけど、それでも俺は妥協しなかった。呆れるなら存分に呆れてくれ、曲げるつもりはないから。
「……やれやれ、とんだ口の硬い男だ。拷問でもしなければ口を開かないつもりか。ならば何がいいか……皮を剥くか、徐々に身体を切り刻んでいくか、それとも腹を下すまで飲み食いをさせ、湖に放置してやろうか……。どれがお好みだ? 好きなものを選べ」
「ごっ、拷問!? こんなことで拷問受けることになるの!?」
「当たり前だろう、主人に背くとはそういうことだ。もちろん貴様もその覚悟があってのことだろう。まさか考え無しでそんな態度を貫いているわけではないだろうな」
拷問まで受ける覚悟だなんて考えたこともなかったと、俺は一気に青ざめた。いや、だって拷問って。平和ボケしていた俺にはそこにたどり着く答えが導き出せなかった。
このまま黙秘を続ければ次第に椅子に括りつけられて、好きに動くことも叶わずに爪さえ一枚ずつ剥がされていってしまうのか。
嫌だ、それは嫌だ、だけど威嚇に負けて自らベラベラと話すのも、なにか癪に障る。でもそれ以上に拷問は嫌だ、この屋敷になら拷問器具なんかがあってもおかしくないのかもしれない。徐々に嬲られるぐらいならいっそ一気に仕留めてくれと思う。
でもここで折れていいものかと汗を滲ませながら拳を強く握りしめると、しびれを切らしたらしいルナが「ヒロさん」と名前を呼んだ。
『まずヒロさんが何をしようとしているかについて、ですが。彼はこの地を守るために月の加護を授かろうとしているのです。この地を脅かす者の手から、人々を救うために。自分とは無縁の人間達を守るために』
ほう、とヴァーミリオンがルナのほうを振り向く。ちょ、ちょっとなにを言うつもりなんですかねぇ、ルナさん……!
まさかいつまで経っても話すつもりのない俺の代わりに説明をする気なのかと驚愕するも、彼女はただ宥めるように視線を向けるだけだった。




