九話
このクラス、女子のレベルは結構高い。今の女子だって、メガネだし前髪で目はほとんど見えず、若干野暮ったくは見える。しかし、メガネの内側にチラリと見えた目は大きく、非常にスタイルがいい。髪型がボブっぽい感じなので、首元が艶めかしく見えた。
「どこを見ている! さあ来い!」
切っ先を俺に向けてきた。木製の剣だが、強打されれば骨も折れる。魔導術で防御すれば問題はないが。
「いや、先手は取らせてやるよ」
左手を開いて前へ、右手を握って胸の前へ。
「なるほど、カウンターがメインだと見た! それならばなおさらお前から来い! これは命令っだ!」
どういう教育を受ければこうなるのか。本気で一発ぶち込んでやらなきゃ気がすまなくなってきた。
「なら遠慮無く」
姿勢を低くして身体を強化。基本的には脚部に魔力を集め、静音性と加速を両立させたままイベルグの横をすり抜けようとした。
一瞬、目が合ったような気がした。けれどヤツは首を動かさず、その場で固まっている。
「殴ってもいいんだよな?」
背後に立ってからそう言ってやった。
「なっ……! ふんっ!」
驚いた後ですぐに剣を振ってきやがる。ビビって退いてくれれば楽だった。
若干だが鋭い殺気が頬を撫でた。お坊ちゃまだと思ったが、なかなかどうして、いい感じの殺気を放ちやがる。
「あいよ、理解した」
剣を避けて一旦距離を取る。
「なんだどうした! やっぱりそのていどっ」
一足飛びで近付いて腹に一発。それだけで充分だった。
俺の肩に寄りかかったかと思えば、ドサッという音をさせて地面に落ちた。
「悪いな、この程度じゃ俺に傷一つ付けられない」
殺気だけは褒めてやってもいいが、結局のところ学校の中で得た知識だけ。実践ばかりしてきた俺に勝てるわけがない。命を賭けたこともなければ、命のやりとりをしたことがない奴らには負けられないんでな。
「き、さま……!」
ジャージの裾を掴まれた。まだやる気があるっていうのには敬意を払うが、気持ちだけじゃ相手は倒せない。そう、誰一人殺せないし、誰一人守れない。
「悪いが俺の勝ちだ。もう休んでろよ」
気にせずに歩き出せば、イベルグの手がスルリと抜けた。
グラウンドにいる生徒たちの九割は同じような表情だった。口を開けて呆けている。中には今の戦闘をじっくりと観察していたのか、顎に指を当てて睥睨している者もいた。そんなヤツは一人二人だが。
そんなときだった。
凶悪な、暴力的なまでの殺意が辺りを包んだ。
同時に周囲に霧がたちこめる。ガラスを割ったような音が木霊して、殺気はさらに強くなった。
ガラスを割ったような音は、このグラウンドの周囲を囲う障壁を割った音だ。そしてこの殺気、間違いない。
「お前ら! 自分の周りに魔法障壁を張れ!」
言って聞くかどうかはわからない。俺は信頼もクソもない新参者。そんなヤツの言うことを聞くかと言われると謎だ。
突如飛来する凶悪なナニか。それが何かなんて、俺がよく知っている。
それは一直線に飛んでくる。俺を狙い撃ちするかのように、正確に。
イベルグの手から剣を奪い、魔法で限界まで強化した。
その時、なんとも言えない違和感があった。自分以外の魔力に侵蝕される感覚だ。速度は非常に緩やかで、今は俺自身の魔力で消してしまったので詳細はわからない。爪と指の間に異物が挟まったような、そんな感覚だった。
「なにしてるの!」
「考え事くらいさせろよな!」
と言いながらも、今考えごとをしている俺が悪いなんてわかりきってることだ。
「いくぞメーメ!」
「わかってる!」
メーメは生徒たちを包み込むように障壁を展開。しかし、メーメは防御系の魔法が苦手だ。苦手というよりも得意ではないと言った方が正しい。
メームルファーズ。クラスはダークストーカーで属性は闇。得意なのは諜報や隠密。次点で攻撃。役割的には、前衛でも中衛でも後衛でもない。しいて言えば外野だ。
それでも攻撃に回ってるのは、専門でなくてもそれだけ強いからだ。でも、相手がアイツじゃ前衛でも後衛でも力不足と言わざるをえない。
接近と共に振るわれた黒刃を、強化した剣で受け止めた。が、勢いを殺しきれずに引きずられる。靴の底がなくなるんじゃないかと思うほどに足の裏が熱い。剣が折られなかっただけいいと思うしかない。
「おおおおおおおお!」
ヘリオード。俺が倒そうとしている人喰い勇者だ。
剣を弾き返しても、斬りかかってくる。
こいつの攻撃は何度も受け切れるようなものじゃない。
「くそっ……!」
ほら見たことか。三回程度で剣が砕けた。
コイツが操られていていたとしても、ダインスレイヴが偽物だったとしても、コイツがヘリオードであることは間違いないんだ。
剣を捨て、地面を右手で撫でる。魔力を行使して、土を剣の形に変えた。
強化し、再度剣撃を受ける。しかし今度は受け止めるのではなく、いなして避ける方向へとシフトした。
が、一撃一撃が強力すぎる。なによりも速く、受け流す前に剣が折れてしまう。
「があああああああああああああああ!」
意思を亡くした傀儡。見れば見るほどに、勇者という称号からはかけ離れている。
地面に指を擦っては剣を作り出す。相手の剣撃によって一撃で手折られる。
空気を圧縮して剣を作り出す。また受け止めきれずに破壊される。
向こうは一本、こちらは無数の剣を所持している。硬く強力な剣が一本あれば、即興で造った魔法の剣など意味が無い。
『合図をしたら後ろに飛びなさい』
そのときだった。低めの、しかし凛とした女性の声が聞こえた。脳内に響く思念通信だが、送信専用で、こちらの話など聞くつもりはないといったところだろう。
「ああもう! 使われてやるよ!」
時間を稼げってことだろ。やってやるさ。
空気の剣と土の剣を交互に造り出し、ヘリオードの攻撃を受け続ける。嫌になってたまには避けてみるが、左手がしつこく追ってくる。左手で袖を掴まれると、力任せにぶん投げられた。
距離が離れたと思っても、高速で接近してきてはまた攻撃される。
明確な力量差にめまいがする。でも、倒れてやるわけにもいかないんだ。
あまり派手に立ちまわると周囲の生徒たちに影響が出る。俺の目の前では誰ひとりとして殺させない。最悪はメーメにもヘリオードの相手をしてもらわなくてはいけないか。
何度目になるだろうか、空気の剣が壊された。腕が痺れ始めている。俺の身体にも切り傷が増え、時間が経つにつれてその傷は深くなっていく。俺の防御にヘリオードが順応し、逆に俺は体力を奪われている。
『どけ』
「おせーよ!」
両手には空気の剣を握り、ヤツの目の前で思い切り弾けさせた。風圧で俺の身体は吹っ飛び、ヘリオードはその場にとどまる。
刹那、ヤツの身体を射抜く光があった。一本の細い光の矢。
ヘリオードの身体はみるみるうちにブクブクと膨張し、破裂した。
矢が放たれた方向を見れば、俺たちに概要を説明したナディアの姿がある。校舎の屋上で一人立ち、左手には大きな弓を持っていた。
「んだよ、やるじゃん」
彼女は「つまらない」とでも言いたげに首を数度振り、俺の視界から消えていった。




