八話
「頭なんか抱えてどうしたの? 具合でも悪い?」
こういうとき、コイツは妙に優しい。
「教科書の中見たか?」
「ええ、一通り目は通したわ。もしかして難しくてわからなかった?」
「わかるわけないだろ。俺が通ってた学校は割りと底辺だったんだ。ヴェルには「とりあえず行っとけ」程度に言われたからな。お前だって知ってるだろ。ほとんどの時間は、ヴェルとの実践訓練に使ってきた」
「なるほどね。まあ、わからなかったら私に聞きなさい。助けてあげるわ」
「お前、教科書の内容わかるのか?」
「馬鹿にしてるの? 私は魔導書、知識の結晶よ。大魔導師の血を受けたホムンクルス。そもそも貴方とは頭の出来が違うのよ」
「言い方は置いても、今はお前だけが頼りだ。よろしくな」
「あら、いつもこれくらい殊勝ならいいのだけれど」
ふふっと、鼻で笑ったあとで窓の外へと顔を向けたメーメ。こういうところも彼女らしいが、なんとも自分勝手にも見える。
「じゃあここをロウファン、答えてもらおうかな」
そしていきなり指名されてしまった。私語をしていたから、というよりは、こちらがどういう対応をしてくるのかを見たいのだろう。
教師の気持ちはわかる。が、俺は頭を抱えることしかできない。
冷や汗を流しながら、なんとかしなければと立ち上がろうとした。そのとき、俺よりも先にメーメがスッと立ち上がった。
「申し訳ありません、ミスターメイソン。彼は転校してきたばかりで緊張してるみたいです。ここは私が答えますわ」
ありがたい。そう思ったのもつかの間、メーメは俺を見下ろして「ニヤリ」と笑った。謀られたと気づいたがもう遅かった。
コイツは教室の中での立ち位置を確立させた。良く気が利き、夫を立てられる良妻のような立場を得たのだ。逆に俺の印象はあまり良くないだろう。助けられた反面、俺は大事な物を失ったと言える。
そう、この教室の中で俺の尊厳は手折られたと言っても間違いじゃないだろう。
メーメは静かに立ち上がり、教師の設問に対して答えていた。その場で何度か質問をされるもノータイムでしっかり返す。頼りになることは間違いないが、できれば腹が立つようなマネはして欲しくない。
言ってきいてくれるようなら俺も苦労はしないというのが現状だが。
犯人を見つけるまでは、学校内でメーメに頼ることは多いだろう。
「クソッ」
「聞こえてるわよ」
何も言い返せない。
そうして、俺は授業が終わるのを待つしかなかった。しかし今だけ、今日だけではない。これから先ずっとこんな思いをしなければいけない。重くなっていく頭を左手で抑え、教右手で持った科書で顔を隠す。教科書の中身を読んではみるが、より一層頭が重くなっていくだけだった。
次の授業は実技訓練だった。一般学校でいうところの体育だろうか。
一度全員で訓練場へ行き、男女別れて更衣室に入る。訓練用戦闘服は教室から持参している。あとは着替えて出ていくだけだ。
今日は外での活動となる。更衣室から出て、右側が室内訓練場、左側が室外訓練場だ。言ってしまえば体育館とグラウンドってとこだろう。
訓練場では整列することなく、各々がテキトーに散っていた。やがて教師が来て、今日の訓練内容を発表した。どうやら、丸々一時間を使って組み手を行えとのこと。エリート校って言うもんだから、こういったこともキチンとしていると思っていたのだが。
訓練場は特殊な力場が形成されており、魔導術の使用が制限される。高度な魔導術、魔力を大きく消費する魔導術は使えないということだろう。せいぜい下級魔導術が関の山だ。
しかし、こんな制限を設けて生徒たちが成長するのかは少し謎だ。学生で大魔導術を使えるやつはそうそういないとは思うが、中級魔導術も制限されてはろくな訓練ができるとは思えない。
「やあやあ転校生」
教師の話が終わってすぐ、金髪の男子が話しかけてきた。前髪を何度もかき上げ、いかにもナルシスト、いかにもぼんぼんって感じだ。
「えっと、キミの名前は?」
一応、態度は柔らかく。
「ボクの名前はイベルグ=ルーガント。この辺で知らない者はいない。なにせあのルーガント家次男っだ。覚えておくがいいっよ。それと、ボクと話ができたことを光栄に思うことっだ」
「だ」の前にちょっと溜めを入れるのはなぜなのか。聞きたいところではあるがやめておこう。絶対に藪蛇だ。
「ちなみに僕の家は町の向こうにある大屋敷だから、困ったことがあったらいつでも頼ってくれていい」
クソいけ好かないが、ここは好意的に接した方がいいだろう。面倒事を自分から背負い込むことはない。
「よろしく、イベルグ。それで俺になにか用事でも?」
「そうっだ。キミと組み手をしようと思ってね。ここでキミの実力を知っておいた方が、なにかと、これからやりやすそうだと思ったんっだ」
へらへらと笑っちゃいるが、さっきの授業を見てのことか。転校生である俺と、元々在校していた自分の立ち位置を教えてやる。そんなところだろう。
「へえ、そうかい」
ひと睨みしてやれば、相手は一歩後ずさる。驚いたような表情を見せるが、またすぐに笑顔になった。若干引きつってはいるものの、まだ俺を倒せるとか思っているに違いない。
軽率軽薄、親の仕事を盾にするしか能のないボンボン。でも、ちょっとだけ出した殺気にはしっかりと反応して見せた。伊達にこの学校にいるわけじゃない、と考えるのが自然かもしれない。
「どうする? やるのか、やらないのか」
徐々に周囲の視線が集まり始めた。教師までこっちを見てくるが、皆授業ということを忘れてはいないだろうか。
首筋を掻きながら少し考える。
このまま戦った場合、どこまでやっていいのかがわからない。他の生徒たちならば線引きも心得ているだろうが、俺は転校してきたばっかりだ。
まあ、舐められないために一発ぶちかましてやるのが正解か。
「いいよ、やろうか」
「大丈夫かい? さっき助けてくれた、可愛いお嫁さんはここにいないよ?」
「俺は勉強が苦手でね、よく助けてもらってるんだ。でも実技はそこそこ自信がある。それよりもそっちはいいの? 俺と組み手なんてして、怪我しても知らないよ? 転校したばっかりで加減もわからないし」
「キミがなにを言っているのか、正直よくわからないな。ボクはこれでも、この学年で上位にいるんだよ? 筆記でも、実技でもね。自信があるのは結構だけど、相手を見下すのはよくないよ。そう思わないか! みんな!」
イベルグが腕を大きく広げてそう言えば、クラス中がその言葉に賛同していた。声を上げたりするわけではないが、個々に「うんうん」と頷いている。頷きながらも顔をしかめている者もいるが、きっとそれは納得していないヤツなんだろう。
クラスとは言え個の集合体。例えば、八割九割が賛同しても、残りの二割一割は、多に紛れて「自分も賛成だ」という演技をしなければいけない。
「じゃあやろうか。使用武器があれば言うといい。誰かに持ってこさせよう」
「いらない。本当は剣でもあればいいけど、必要だとも思わない」
コイツの物言いはいちいちカチンと来る。クラスメイトを奴隷かなにかかと思っているのだろうか。
「ふんっ。後で吠え面をかくなよ」
「お互いにね」
イベルグは身体を震わせながら、クラスメイトの女子が持ってきた剣を手にとった。模擬戦用だろう、刃はなく当たっても打撲程度で済むはずだ。まあ、やるヤツがやれば骨は折れるけれど。




