六話
高速で接近して剣を叩きつける。大剣とまではいかないが、いつもよりも少しだけ太い剣。それを常に扱っているメーメの力を宿しているので、振り回すのだって苦にならない。
ここで始めて、ヘリオードが自ら後退した。
「誰が逃がすか!」
肉薄し、もう一度剣を打ち下ろす。彼の目は混濁し、白目のない真っ黒な瞳からは光が感じられない。
もう死んでいるのではいか。そんな気持ちが沸々と湧いてきた。
強引に弾き返されるが、着地と同時に駆け寄る。幾度とない剣戟を繰り返し、けれどお互いに決定打を与えられていない。
こうしていれば住民を逃がすこともできる。本当なら今すぐにでも勝負を終わらせたいが、そう簡単にいくのなら他の魔操師がもうやってるはずだ。
つまり、コイツはまだ何かを隠している。
「合わせろルル!」
「わかりました!」
距離をはなしてルルに指示を出す。
一撃を決めきるには、その一撃の前の攻撃を防御させる必要があった。
ルルが三発の銃弾を放つ。一つ目、二つ目は炎を纏った弾。三つ目は魔導術で強化したただの銃弾。
さすがによくわかっている。
炎を目眩ましにして、最後の弾の反応を鈍らせる。三発目を弾くであろうタイミングで飛び込み、右側から素早く切り上げた。
胴体に剣が食い込み、そのまま上下に両断した。
倒したはずなのに、違和感しか感じない。切った瞬間の脆さ、感触のなさ、そしてあっけなさだ。
ヘリオードは黒い霧になって消えていった。手からこぼれた剣が地面に落ち、それもまた溶けて消えた。
魔法書女形態を解き、三人の魔法少女が歩いてくる。
「やられたわね」
そう言うメーメに、俺は返す言葉がなかった。
千年以上生き続けた人喰い勇者ヘリオード。ヤツは一体なにものなのか。俺が追っていたものは、本当に生きているのだろうか。
今のでなにもかもがわからなくなってしまった。
「呆けてる場合じゃないわよ。早くここを離れないと、間違いなく警察に連行される。事情聴取という名の拷問を受けることになる」
ここでようやく周囲を見渡す余裕ができた。大量の着色料をぶちまけたような、赤い染みがいたるところに広がっていた。何人ころされたのかさえもわからない。剣で斬られた者もいれば、殴られ吹き飛ばされた者もいるだろう。地面に壁にと、見慣れた景色のはずなのに、なんとも言えない気持ちにさせられる。
直接、ヘリオードの口で食われた者ばかりだ。
「わかってるさ。一度ヴェルと合流しよう。自分で調べるより、彼女にどうなってるのかを聞いた方が早そうだ」
三人を連れ、すぐに町を離れた。
森の中へと入り、ヴェルに作ってもらった魔導器で連絡を入れた。魔導師、ないし魔法力を使えるものならば扱える。魔力を込めることで機動し、特定の人物に連絡がとれる優れものだ。しかしヴェルお手製のため、世の中に普及しているわけではない。
魔法力は空気中に散らばる魔力粒子のことを総じてそう呼ぶ。魔導師は魔法力を身体に吸収して魔導術を使う。魔力とは人間が取り込んだ魔法力を放出する際の呼び名だ。俺も最初は「どう違うのか」がわからず、覚えるのに苦労した。
『どうした、珍しいな』
凛とした、少し低いトーンの声が聞こえてきた。
「ロウファンだ。今さっきヘリオードを倒した」
『おお、お前もやるじゃないか。心身ともに一皮剥いてやったあるもんだ』
「言い方を考えろ。ただな、それだけで済んだらよかった。アイツを剣でぶったぎったら、黒い霧みたいになって消えてったんだ。ダインスレイヴだと思っていた剣も一緒にな」
彼女は「ふむ」と言ったまま黙ってしまった。
「強かったし、人も食ってた。じゃああれはなんだったんだって感じで、あーもう、どう説明したらいいんだか」
『落ち着け。たぶんだが、フォーリアの仕業だと思うぞ。彼女の仕業でないにしても、北の魔導術じゃないかと思う。北のヤツらはそういうの得意だからな』
「北ってことはノースレギオンか。北の魔女、フォーリア=アンスガードだな。ってことはなにか? ヘリオードは操られてるとかそういうことなのか?」
『いくら魔女でも千年も生きることはできない。アイツが魔女になったのは三百年くらい前のはずだし、そうなるとヘリオードが人喰いになったよりもずっと後だ。あるとすれば、どこかで勇者を捕獲して子飼いにした、とかだろう。どちらにせよ調べてみないとわからない。終わるまでテキトーにブラついてろ』
耳元でブツンという音がして、強引に会話が遮断されてしまう。身勝手な、と思わないこともないが、調べてもらっている身としてはなにも言えない。
「とりあえず北に向かうぞ。そのうち連絡が来るはずだ」
「まだ情報も揃ってないのに?」
メーメが指先で自分の髪の毛を弄びながら言う。なんだか楽しそうにも見えるが、彼女がなにを考えているのかなんとなくわかってしまった。
「悪いけどこれは遊びじゃない。俺がなにかやらかすことを期待してんなら期待するだけ無駄だ」
「そう言いながらもいろいろやってくれるのが貴方よ。貴方が私の期待を裏切ったことなんてない」
「そりゃどうも。まったく嬉しくねえ」
「そういう貴方だから私は一緒にいるのよ? 忘れてないでしょう?」
「忘れるもんか。お前はいつでも無茶苦茶だ」
そう言って、メーメに背を向けて歩き出した。
「ま、待ってくださいー」
ちょこちょこと可愛くついてくるのはルルだ。
横に並んだのを見て、俺は彼女を抱き上げた。
「お前だけが俺の癒やしだよ」
赤くなって俯く姿もまた愛らしい。これでも戦場では頼れる味方。そのギャップがまたなんとも言えない。
「ちょっと、ルルばっかりずるいわ」
「メーメの言う通りだな。私だってお前の魔導書なんだ。ちゃんと平等に可愛がれ」
「可愛がって欲しけりゃ可愛げを身に付けろよ。まあ、ルルみたいには無理だろうけどな」
「ご、ごしゅじんー。メーメたちが可哀想ですよぉ」
「悪い悪い」
泣きそうになりながら異議を唱えるルル。頬を膨らませる他二人。こう見ればこの二人も可愛い、と思わないでもない。
ルルを左腕に乗せたまま歩き出す。他の二人に攻撃され続けたのは言うまでもないだろう。




