五話
一度会話を切り、運ばれてきた料理に手を付ける。
「またオムライスなの? 好きなのね」
「うるさいぞ。いいだろ、好きなものくらい食わせろよ」
俺が頼むものにはケチをつけないと気がすまない。それがメームルファーズという魔導書だ。もっとルルみたいにマイルドになって欲しい。
「け、ケンカはやめましょーよー」
なんてルルが泣きそうになるものだから、俺は黙ってスプーンを口に運ぶことにした。
「それで魔導書が三つ。勇者ヘリオードを倒せると思ってる?」
アンの前にも料理は運ばれてきているのに、彼女は食べるよりも俺の方に興味があるらしい。
「どうだろうな。あの人も協力してくれるって言ってたし、出会えさえすればなんとかなるかもな」
「そんな楽観的な……それに師匠っていうのも便利屋かなんかなの?」
「俺に協力してくれるつったんだから別にいいんだよ。希代の魔導師、ツーヴェルがいてくれるならこっちも心強い」
「ツーヴェルって、あのツーヴェル!? 本気を出せば世界の半分を焦土にできるとまで言われてる東の魔女ツーヴェルなの!?」
「魔導書のお前が知ってるってのは相当なんだな。けど安心しろ、今のあの人にそんな力はない」
「どうしてそう言い切れるのよ。年老いても、大体の魔導師はそこまで衰えないわ」
「年食って、その年をごまかすために全身全霊をかけてるんだよ。魔法を若作りに注いでるんだと」
「なによそれ……」
「まあいいから食え。魔導書つっても、魔法少女形態のときは人間と一緒なんだから。食えるときに食っとかないとなんもできなくなる」
ため息が聞こえたあとで、フォークが皿に当たる音がした。
これからどうするのか。それはいつでも考えていることだ。
どれだけ魔導書と契約すればヘリオードと戦えるようになるのか。結局、ヴェルに命を救われて以降ヘリオードとは対峙できていない。情報を元に駆けつけても、到着した頃にはもういない。残っているのは冷たくなった骸と、人の所業とは思えないほど破壊された建物。本当に町だったのかと疑うように、瓦解の群れが広範囲にわたって場を支配する。
俺にとっちゃトラウマ以外のなにものでもない。が、それを払拭するためにヘリオードを追っていると言っても過言じゃない。
食事を済ませ、一度西へと進路をとる。そろそろヴェルのところに帰った方がいいような気がした。あまり長い時間留守にすると、他の魔導書たちがいろいろとうるさいのだ。
賑わう町中を抜けて入り口が見えてきたとき、遠くの方で大きな爆発音が聞こえてきた。
急いで振り向けば、天高く土煙が上がっていた。
脳内で、過去の出来事がフラッシュバックする。間違いない。八年前、俺の両親と妹を殺し、町を崩壊させたあの男がいる。
「いくぞ」
有無を言わせず走りだした。魔導術の出力は最大。全身の強化と同時に空気の抵抗を減らす。思い切り跳躍し、民家の屋根に乗った。しかし脚は止めず、目に全神経を集中させた。
爆発が起きた場所から、人々の悲鳴が聞こえてきた。
飛翔にも似た跳躍。剣を抜き、重力を抱えたままソイツへと斬りかかった。
黒い剣身に、俺の一撃を難なく受け止められた。
人の姿をした化物、ヘリオード=エイクス。千年以上生きているためか、髪の毛はボサボサ、肌は黒く変色し、黒い目に赤い瞳が煌々と灯る。腕も脚も細く、筋力などは衰えているように見える。それどころか病的なほどに線が細い。ボロボロの鎧を見て、なんとも言えない物悲しさが胸に広がっていった。
「ヘリオードおおおおおおおおおおおお!」
一度後方へと飛んで着地。体勢を立て直す頃には、今度はヘリオードから斬りかかってきた。
一瞬のつばぜり合い。が、ミシッと言う音に嫌な予感を想像させた。
カラダを逸らして避ける。俺の剣が折れ、支えを失ったダインスレイヴが空を切ったのだ。
もう一度、全力で後退しようとした。けれど、カラダが動かなかった。
剣を失った今、次のダインスレイヴの一撃を防御する手段がない。後方へと飛べば、着地の際に体勢が崩れる。そこに斬りかかられては為す術がない。上半身と下半身が分かれ、魂とカラダは今生の別れだ。
それならば、次の一撃を避ける方が生存確率が高いのではと考えた。いや、本能がそう言っている。今まで含蓄され、刷り込まれた経験や知識が、頭で考えるよりも早く行動に移したのだ。
来る。
避けろ、避けろと本能が言う。しかし、俺の思考が追いつかない。
迫り来る黒い凶刃がスローモーションのように見えた。
「ロウ!」
黒い凶刃を受け止めたのは、真っ黒な髪の毛を靡かせ、真っ黒な服を来た少女だった。
完全には受けきれなかった。というか、無理矢理空中で割り込んできたせいで、そのまま俺ごと吹き飛ばされてしまう。
民家の壁面に激突し、壁を思い切り破壊してしまった。強化のおかげか、特に痛みはない。
「ありがとう、メーメ」
言いながらも、視線はヘリオードから外さない。
後からきたルルとアンがなんとか引きつけてくれている。メーメの細い腰を抱き、すぐに民家から外へと飛び出す。
アンは槍を使った中衛攻撃型。ルルは銃を使った後衛支援型。どちらもヘリオードとは相性が良くない。
相性はよくないかもしれないが、後方支援に徹していてくれればこちらでなんとかできるかもしれな。
「汝メームルファーズに魔導書女形態を命ずる。我に全てを捧げよ」
「我が名メームルファーズ。我が武器の名レーヴァテイン。主人の命に従い、魔導書女形態を行使する」
魔導書になったメーメを左手に持ち、本を開く。真っ黒な紙面は、今にも俺を引きずり込むのではないかとさえ思えてくる。本から滲み出る闇が俺の身体へと這ってきた。俺は迷うことなくその中へと手を入れた。真っ黒なこの闇など問題ないと知っているからだ。
指に当たる金属の感触。柄を強く握りこみ、闇の中からレーヴァテインを引き抜いた。
「いくぞ! ヘリオード!」
魔導書女形態は、本来魔法少女が持つ身体能力などを主人に譲渡する形態だ。彼女が魔導能力や特殊な武器が扱えるようになる。
「エアシュート!」
効果はないとわかっているが、注意を引くために風属性の魔導術を放った。空気を圧縮した下級攻撃系術式。攻撃系の魔導術は得意じゃないが、この際四の五の言っていられない。




