五話
目が覚めると、見慣れた木製の天井が見えた。そこが俺の部屋だと気がつくまで、そこまで時間がかからなかった。
意識がはっきりしてくるのと同時に痛みがやってきた。筋肉の内側では極小の爆弾が爆発してるんじゃないかと思うようなズキズキとした痛みがある。皮膚は細いワイヤーで締め上げられているようなギリギリとした痛みがあった。
ふと、左手に不自由さを覚えた。首だけを動かして見てみると、レアが手を握ったまま眠っていた。
それでも上体を起こすことはできた。
よくよく部屋を見渡してみると壁際にはシスターズがみっちりと詰まっていた。
「なにもこんなところで寝なくてもいいだろ……」
ここはヴェルの家で、その一室を俺の部屋にしている。すごく大きな部屋というわけではないので、シスターズ全員を収容するにはさすがに狭い。
でもここまで心配されている、と考えると悪い気はしなかった。
外から靴音が聞こえてきた。ドアの前で止まったかと思えば、間髪入れずにドアが開かれた。
俺の部屋に入ってきたのはヴェルだった。
「起きたのか」
手にはオボンを持っていた。オボンの上にはトーストとサラダ、そしてマグカップにはおそらくコーヒーが入っている。
近寄ってきてサイドテーブルにオボンを置いた。近くにあったイスを引き寄せてドカっと腰をおろす。
「俺のか?」
「レアのだ。起きてるかもわからないのに持ってくるわけないだろ」
「そりゃそうだ。どれくらい寝てたんだ?」
「二日ってとこだ。魔導力も体力も底をついてたからな、治癒するのに少しばかり時間がかかった」
「あんな無茶して二日なら、まあよかったって感じだな」
「確かにな。なんだかんだで勝ったしな」
「勝った、か」
ちゃんと覚えている。俺はスリエルとヘリオードの両方を倒した。ここまでの成果を上げられるだなんて自分でも驚いている。
「スリエルが作ったデカイ城はどうなった?」
「崩れた。逃げるのが大変だったぞ。背中にはできの悪い弟子を背負ってたしな。そのうえで他の連中の避難を手伝うんだから」
「ヴェルが運んでくれたのか。そりゃすまない。それとありがとう」
「いいさ、できの悪い弟子のケツは師匠が拭かないとな」
「ああそうだな、これからも頼む。それはそうとみんなは無事か?」
「死者はゼロ。奇跡だ」
「頑張った甲斐があったってもんだ。まあ、命の代わりと言っちゃなんだが黒の大魔導書は消滅したけどな」
一応能力の一部は使えるが、それでもメーメが大魔導書の贋作であることは一生変わらない。
「スリエルはもう二度と復活しない。魔王もだ。であれば大魔導書は必要なくなるだろ?」
「確かにそうだな」
脅威は去った。倒すまでは不安でいっぱいだったが、終わってみたら案外大したことはなかった。逆に胸にぽっかりと穴が空いたみたいだ。
「これからどうするつもりだ?」
と、意味ありげにヴェルが笑う。
「どうするって言われてもわからん。いきなりやることがなくなったからな。スリエルのこともそうだが、俺はずっとヘリオードを追ってきた」
「生きる目的を見失ったか?」
「そういうことになる」
家族を殺され、復讐するためだけに生きてきた。魔女に弟子入りして魔導書を求め、いつかは胸に刃を突き立ててやろうと思っていた。でも、それが達成された。達成されてしまったのだ。
「じゃあ暇なわけだ」
「暇って言い方はやめろ」
「特定の職業にも就いてなかっただろうが。暇以外のなにがあるんだ? お前がいなくても金が回ってくのが今の状況だぞ」
「一応今回の件では功労者だが」
「でももう終わったから」
「命かけたのに悲しすぎんか」
「それはまあ、みんな命がけだったから平等だ」
「んなめちゃくちゃな」
「とにかくこれからどうしたいのかを考えておけ。ある程度なら助けてやれるからな」
「助けるって、どうやって」
「私は魔女だぞ。世界に四人しかいない魔女だ。それなりにいろんな場所に顔が利くっていうことだ」
「やりたいこと、ね」
正直なところ、今まで放浪者みたいな生活を続けてきたせいでどういう仕事がしたいとか考えたことがない。しかもこの世の人は「この仕事がしたい」という理由で仕事をしている人は多くない。
「あまり深く考えるなよ。なんとなくでいい。私だって別にやりたくて魔女を続けてるわけじゃない。才能があって、なんとなく居心地がよくて、なんとなく性に合ってただけだ。世の中そういうものだ」
ヴェルは「さてと」と言って立ち上がった。
「もう行くのか」
「まあな、いつまでも寝たふりさせておくのも可哀想だろ」
そう言ってヴェルはそそくさと出ていった。あのセリフからすると、これからの展開はなんとなく予想できる。




