七十三話
その魔女の家までは歩いて二時間程度かかった。近くの山の断崖絶壁をくり抜き、そこに家を建てて暮らすという奇抜な生き方をしていた。そこまで到達するのには生身では不可能で、自身の体を浮かせられるだけの魔導力と魔導術が必要だった。
魔女の家に向かうまでの間にいくつか言葉を交わした。もとより二人共が口下手であったが訊きたいことがいくつかあったからだ。
まず魔女の名前はエネアと言うらしい。四人の魔女の中でも最年長であるが、いつまで経っても最弱を抜け出せない。魔王の子孫であるがゆえ、普通の人間よりも魔導力が高いから魔女になれた。つまるところそれ以外は普通の人間並みかそれ以下であった。
エネアが十代半ばの頃に師である魔女に見初められて魔女見習いとなった。最初は魔女に見初められたということが嬉しかったのだが、のちに「寿命が近いので跡継ぎが必要だった」だけという理由を知って師を信じられなくなった。師が死んだ後に事実を知ったので誰にも怒りをぶつけられないまま時間だけが過ぎていく。その過程で「自分に実力がない」ことを思い知ってしまう。そこから外部との連絡を取らなくなり、しだいに引きこもるようになった。
そこでエネアの家に到着した。家は非常に大きく小さな城程度の広さがあった。だが崖をくり抜いたところに家を建てたために上品さよりも野性味の方が勝ってしまっている。
「そこに座って少し待っていろ」
家の中は綺麗に整頓されていた。切り株のようなイス、切り株をそのままテーブルにしたものなど非常に趣がある家具ばかりだった。
しばらくするとエネアがティーポットとティーカップを持ってきた。
「それじゃあ続きを話すか」
茶を一口のみ、エネアはまた話し始めた。
魔王の子孫であることは生まれてからずっと両親に言われ続けてきた。お前は魔王の血を引いているのだからとてつもない力を秘めているんだぞ、と。だがエネアの家は非常に貧しく、真偽も不明である魔王の子孫というプライドが家族全員を駄目にしていた。両親はろくに仕事もせず酒ばかり飲んでいた。そのうちに魔女に引き取られたのだが、両親に対しての未練はまったくなかった。
自分の才能に限界を感じてすぐに別の方法がないかと探し始めた。
別の方法。自分以外の誰かを自分以上の魔女に仕上げる方法。もしくは自分が扱える自分以上の存在を作る方法。
そのうち、実家から隠れて持ってきた本のことを思い出した。魔女に引き取られる時に持っていかれるものを黙って持ち出したのだ。その本には魔王の子孫が魔王の子孫たる所以が記されていた。
勇者が勝ったとされる魔王と勇者の戦い、そしてその後を記したものだった。
人によっては聖戦という者もいるほど壮絶な戦いだった。魔王の城は消滅し、勇者もまた人としてのあり方を失った。魔王の子どもたちは勇者に殺される前に魔王によって逃され、人間に紛れて暮らすようになったという。
しかしその本の本質は勇者と魔王の戦いにはなかった。
魔王は確かに敗れたが、魔王という存在がすべて消えたわけではなかった。魔王は「死んだ」というよりは「機能停止した」という方が正しいらしかった。つまるところ機能を取り戻しさえすればまた魔王という存在が蘇生するということなのだ。
「これがその本だ」
ゴトンと重そうな本がテーブルに置かれた。
「お前の話が確かなら魔王の死体かなにかがどこかに眠ってるということか?」
「そういうことだね。ただしその場所はわからない」
「わからない? じゃあなんのための本だ? 魔王の子孫とかいうヤツらは自伝でも書いてるつもりなのか?」
「本来なら書いてあったはずなんだけどね、ページが抜き取られていてわからないのさ」
「復元は?」
「無理だった。いつ破られたのかもどうして破られたのかもわからない。なくなったものを復元させるなんていう都合がいい魔導術はないからね」
「じゃあ魔王を復活させることなんてできなじゃないか」
「今はできない。でも魔王の遺体さえ回収できれば可能性は十分ある」
「なるほどな」
スリエルは腕を組んで背もたれに体重をかけた。
「その遺体を私に探せ、というんだな」
「正確には一緒に探して欲しい、だな。それだけじゃない。魔王を復活させるために協力してもらいたい。魔王の体を復元させるだけじゃなく、魔王の魂を復元させるために大量の魂が必要となる。その魂を魔王の体に定着させるためにも多大な魔導力と膨大な魔導術がいる。つまり魔女と同程度がそれ以上の力を持った者が協力者になってくれなければならない」
「それが私か」
「そういうこと。おそらくその過程で魔女たちが行く手を阻むことになるだろうけれど、キミが魔女になることで魔女の戦力が少なくなる。つまり私達が動きやすくなるということだ。私とキミで魔女の枠を消費するからね」
「じゃあなにか、私はまず魔女にならなきゃいけないわけか」
「いや、まずは見た目を変えないと。キミの見た目は世間に知れ渡ってるから。それから魔女に弟子入り。数年後に魔女になってから魔王の遺体を探すという手順になるね」
「正直まだお前の言うことを全面的に信じたわけじゃないが――」
どこか胸が躍るのを感じる。荒唐無稽な話ではあるがきっと面白いことになると思ったのだ。




