七十二話
いつからこうだったのかはわからない。ただ、人が痛がっているのを見るのが好きだった。苦しみ藻掻く顔を見ると胸がスッとした。
なんとなく考えてみたことはある。おそらく自分は人を見下すのが好きなんだという、あまりにも最低な結論に至ったことを思い出す。生物として相手よりも圧倒的に上位に立っているということもそう、精神的優位を維持することで配下に置いているという優越感がたまらなく心地よかった。
だがやはり一番は「なにかを破壊する衝動」というものが大きかった。
「なかなか面白いことをしてるな」
そんなとき女の声が聞こえてきた。声がした方へと顔を向けた。髪が長い、黒ずくめの女だ。魔導力は先程の魔女以下だったが、どうしても手が出しづらい雰囲気をまとっていた。
「お前も殺されたいのか」
手に魔導力を込める。見た目はさほど大きくはないが町一つを吹き飛ばすくらいの威力はある。
そんなスリエルを見て、女は焦りながらも両手を突き出してきた。
「待て、待ってくれ。私はまだ殺されたくはない。それに私を殺さない方がキミのためでもある」
「私のため? 意味がわからないな」
「気が短いのは考えものだな……とりあえずそれをなんとかしてくれ。そんなことをしなくても、キミは私のことを簡単に殺せるはずだ」
確かに、わざわざ威嚇する必要はない。もしも逃げられたとしても追いかけるのは難しくない。空間を移動するタイプの魔導術を使われたとしても、一度対峙した以上はこの女の魔導力を追いかければいいだけだ。空間跳躍の魔導術を使うには魔導術が低すぎるからだ。
拳を開くのと同時に魔導力を霧散させた。
「まあいい、話くらいは聞いてやる」
女は胸を抑えて深く深呼吸していた。
「では本題に入ろう。今キミは魔女を殺したな。となれば魔女の枠が空く。その枠に収まるつもりはないか?」
今自分が殺した女が魔女であることをこの時知った。
「魔女になればなにかいいことでも?」
「市場に流れないような魔導書なんかも読めるし権力も持てる。なにもかも思い通りになる。まあ、多少は我慢しなければならない時間はできるがな」
「今より強くなれる?」
「なれる」
「どうして私に?」
「キミに将来性を見出したからだ。新しい魔王としての可能性だ」
魔王、という言葉にピクリと反応した。
「私が魔王に?」
「魔王になることは不可能だが近づくことはできるぞ。なにせ、魔王の子孫である私がいるんだからな」
「お前が魔王の子孫? その割には弱々しいな」
「これでもちゃんとした魔女だぞ。キミが異常なだけだ」
「魔女? お前が?」
「そうだよ。一応ね。最弱だけど」
失笑した。先程の魔女もそうだが、魔女とはこんなにも矮小で脆弱な生き物だったのかと可笑しくなってしまったのだ。
「でもいいのか? そこで転がってる魔女は私を殺そうとしたみたいだが」
「キミを殺せというのが政府からの指示だからね。どの国もキミを危険視している」
「お前は私を殺さなくていいのか?」
「指示は受けているが、それよりも大事なことがあるからね。その大事なことにはキミが必要で、キミ以外では代用が利かないんだ」
「私を魔王の代わりにしてなにをしたいんだ?」
「世界征服、と言いたいところだけどそういうわけじゃない。魔王の完全復活が目的だよ。興味ないか?」
「それができるのであれば興味はある」
魔女が僅かに微笑みを見せた。
「できる。ただし簡単ではないし時間もかかる」
「まあ簡単でないことは想像できる。しかしその方法がわからない」
「そうだな、まずはそこから説明するか。だがここではなんだ、うちに来るといい。それとも私のことは信用できないか?」
「会って間もないんだから信用できなくて当たり前だろう」
しかしスリエルは鋭い眼光を魔女に浴びせてニヤリと笑った。
「それでも私がお前に負けることはない」
「罠だったとしても関係ないということだな。それでいいさ。それくらい強かでなければこれからの苦行には耐えられない」
魔女は踵を返して歩き始めた。ついてこいという意味だととったスリエルは、少しばかりの困惑と少しばかりの高揚を胸にして魔女のあとを追った。




