四十六話〈ウィロウ〉
「やはり、アナタはボクのところに来ましたね」
ヴォルフは涼し気な顔で微笑んだ。
「俺の人生を精算する必要があると思ったからな」
ウィロウは剣を抜こうとしなかった。まだ話していないことがあるからだ。
「ボクと一緒にいた時間は無駄でしたか?」
「そういうわけではない。だが俺に接触したのは結局のところスリエルのためだというのが気に食わない」
「別にスリエルのためというわけではありませんよ。最終的にはボクの、ボクたちのためなんですから」
「この世界を崩壊させることが人類のためだと?」
「崩壊させるつもりなどありません。元に戻すんです」
「元に戻すだと? お前たちがやろうとしていることはこの世界を根っこから滅ぼす行為だぞ」
「勘違いをしているみたいですが、ボクたちはなにもこの世界をまっさらにしようとしているわけではないんですよ」
「なにを今更……」
「この城にあったあの砲台。あれが世界を滅ぼす兵器だとでも思いましたか? であれば勘違いですよ。あれは世界を滅ぼすこともできる兵器なだけであって、それそのものが目的ではありません」
「他に機能があるってことか?」
「当たり前でしょう。ただただ力を行使するだけでは意味がないんです。わかりますか? なんでもそうですが、そこに意味を見いだせなくては先立つ行為も無駄になる。そうならないために、物事には意味を持たせて動機を重んじる。ボクはアナタにそう教えたつもりですがね」
この目を見ていると、どうしても敵愾心が薄くなる。自分を育ててくれたと言っても過言ではない男だ。愛情も感じていた。教わったことも多い。
「教わったさ。でも、お前は多くの命を奪おうとしている。俺にはそれが正しいことだとは思えない」
「それはどうでもいいんです。そこに関してはわかる必要がない。アナタとボクの考え方が違った。ただ、それだけなんですよ」
ヴォルフが剣を構えた。
「ボクらは最初から、交わるべきではなかったのかもしれませんね」
「お前が俺を引き入れたんだろ」
「そうですね。でももう過ぎたこと。さあ、剣を抜いてください。ボクらはもう敵同士なんですから」
殺したくない。しかし、殺さなければ世界は滅ぶ
なぜ世界のために戦っているのか、時々自分でもわからなくなる。それでもこの地を守りたいと思った。辛いこともあったが、自分を自分と認めてくれる人がいるこの世界が大切だと思った。
その人物が、たとえば目の前にいる人物だとしても。
剣を抜き、構えた。
「行くぞ」
「ええ、どうぞ」
一足飛びで懐に飛び込む。下方から剣を振るうが、ヴォルフは冷静に飛び退いた。見た目は細く、戦闘に長けているようには見えない。しかしウィロウの剣の相手を最も多くしていたのはヴォルフにほかならない。
「踏み込んでからの動作が遅い」
まるで今の行動を真似るようにヴォルフが靭やかな動きで飛び込んできた。避けるだけの時間がなく、斬撃を剣で受け止めるだけで手一杯だった。
「苦い顔ですね」
「黙れ」
思い切り剣を振って跳ね除けた。ヴォルフはふわりと宙を舞ってから着地した。自分にはできない軽やかな動きだった。
強く大地を踏み込んで更に攻め入る。上段から斬りつける。これも避けられた。袈裟斬り、突き、ショルダータックル。そのすべてが読まれているかのように、ひらりひらりと躱された。
しかしヴォルフの攻撃を避けることはできなかった。徐々に切り傷が増えていくが、それでもまだ行動不能になるような攻撃は一つもない。それだけが救いだった。
「急所を狙えよ」
「別にボクが優勢というわけではありません。これ以上踏み込んだらカウンターをもらう可能性が高くなりますから」
キン、キンと剣戟が繰り返される。こちらから攻めているわけではなく、攻められている時にしかこの音は鳴らない。それがなんともいえない不安を煽る。
自分はこの男には勝てないのではないか。そんな気にさせられるのだ。
「大丈夫ですよ。負けたとしてもアナタは悪くない」
「自分が強かっただけだとでも言いたいのかよ」
「そうですね。ボクが強いのは間違いないでしょう。しかしそれだけではありませんよ。成長過程であるならば仕方がないことですから」
肩に、腕に、腿にと切り傷がつけられた。斬撃が見えないわけではないが完全に対処しようとすれば他の攻撃を受けてしまいかねない。それらの攻撃を受け止めれば、間違いなく別の部分が狙われるとわかっているのだ。
無駄な動きがない。素早く、柔軟である。魔法をかけたように物音がしない。ヴォルフの動きにはいつも憧れていた。だが彼の動きを真似ようとすればするほどに自分の動きがわからなくなる。
そんな時、ヴォルフに言われたことがあった。
『アナタがアナタらしくしないで、いったい誰がアナタを認めるというんですか』
誰かの真似をするのは悪いことではない。だが相手になろうとするのは違う。真似た部分を取り込み昇華できなければダメなのだ。




