三十四話
階段を駆け上がりながら、ふとした疑問を口にする。
「黒の大魔導書がお前の腕をふっとばすって知ってたのか?」
当然の疑問だ。俺を指名したのだってそれが理由で、しかしウィロウがそれをどうやって思いついたのかが気になる。
「知らなかったさ。教えてくれたのはオズワルドだ」
「オズワルドから?」
「オズワルドとヘリオードは最後までスリエルに下るつもりはなかったらしいからな。お前らに地図を届けたのだってオズワルドの指示だ。といっても、オズワルドはこちらに寝返るつもりもなかったがな」
「どうしてだ? そこまで手を貸しておいてなんで寝返らないんだ」
「頑固なくらいまっすぐで義理堅い男だからだ。結局オズワルドはスリエルによってこの世に舞い戻り、自分の故郷を救ったんだ。スリエルがいなかったら故郷は救えなかっただろうさ」
「バカな男だ」
そう言いながら俺はなぜか笑ってしまった。その生き方がどうしても愚かだとは思えなかったからだ。どういう形であれ芯を通す。それをバカにできるわけがないのだ。
「俺は黒い腕輪でスリエルに監視されていたから動けなかったが、あの二人はそうじゃなかった。まあ、スリエルは気づいてたと思うがな」
「気づいていてオズワルドを一番に出してきたのか?」
「おそらく、な。その意図までは理解できない」
「同意だな。それにオズワルドを最初に出しておいてヘリオードをまだ出さないのも気になる」
「俺もスリエルと直接会話したのは数えるほどしかない。アイツの真意を読み取るなんてのは不可能だ。だが、アイツにとって意味がある采配であることに間違いはない」
「だろうな」
考え事は尽きないが、今はとにかくレアや魔女たちを追いかけることが先決だ。青の大魔導書を持つイズミがいるので耐久面は問題ないだろうが、それでも一人で戦わせるのは荷が重い。
七十階。ドアが開け放たれた部屋へと飛び込んだ。異様な気配がする。しかしここはすでにレアたちが通ったはずだ。今までそうであったように、二十階ごとに誰かがいたのだとすれば、ここに敵がいるはずはない。
いるはずは、なかったのだが――。
七十階の向こう側のドアには二人の男が立っていた。一人はヘリオード。そしてもう一人は見たことがない。
「アイツ知ってるか?」
俺が問いかけると、ウィロウが小さく頷いた。
「俺がラストールで戦ったやつだ。昔は天才軍師とか言われてたらしいが、軍師というか完全に戦士のそれだな」
「じゃああれがディーンか」
「そういうことだ」
「でもなんでこんなとこにいるんだ? ヘリオードの情報だとアイツらは八十階にいるはずだぞ」
「そんなこと俺が知るわけないだろ。わかってるのは、アイツらを倒さないと上に行かれないってことだ」
部屋の真ん中、俺とヤツらとの距離は十メートルまで近づいた。
「まあ、そうなるよね」
ディーンが笑いながら言った。
「当たり前だろ。ヴォルフに言われたからって俺が素直に従うと思っていたのか? ヴォルフはたしかに恩人だが、善悪を自分で決められないほど俺は子供じゃない」
「誤算だったな。お前は一生ヴォルフに心酔してるもんだと思ってたのに」
ディーンが後頭部を掻いた。緊張感はまったくなく、コイツがウィロウを倒したとは信じられない。
「残念だがそこを通してもらうぞ」
ウィロウが剣を抜いた。それを見た俺もまた剣を抜く。
「若い子はすぐに戦いたがる。まあ、俺も嫌いじゃないん――」
次の瞬間、一筋の光がディーンの胴体を横切った。ヘリオードがディーンの胴体を切り払ったのだ。
「さすがは英雄ヘリオード、か」
ディーンの体が上半身と下半身に分かれ、上半身が地面に落ちた。続いて下半身が地面に倒れ込む。
だがどうしてかディーンは「くっくっくっ」と笑っていた。
「そんなんじゃ俺は殺せないんだ。悪いな」
ディーンの体がスライムのようになって飛び散った。ヘリオードの背後、そして俺たちの背後へとディーンの体が飛んでいく。
振り返れば、ディーンが三人に増えていた。
「俺が死なないのはこういうことなんだよ。人でなくなった直後にスリエルに頼んでおいた。こういう体になっちまえば楽だなと思ってな」
右側、左側、ヘリオードの後ろ側にもディーンの姿が確認できる。見えるだけでも十三人はいる。
「スリエルから話は聞いてたけど、本当に寝返ったんだな」
「俺は最初からスリエルに従うつもりなんかない。この体がどうなろうとも、俺が正しいと思った道をいくまでだ」
さすがは英雄といったところだろうか。時間が経とうとも、ヘリオードは英雄であり続けていたということだ。
「やれるようならやってもいいと言われてるんでね。お前たちはここで潰させてもらうよ。ま、悪く思わないで」
十三人のディーンが一斉に襲いかかってきた。




