二十話
屋敷に戻ってヘリオードとのやり取りをすべて話した。当然他の連中は眉唾ものだと眉をひそめたが、結局あの城に乗り込まなければいけないのだ。罠であることを承知の上で乗り込まなければならない。
ヘリオードからもらった城の見取り図をテーブルの上に広げた。城は全部で百階、最上部である展望台には大きな球体が設置されており、そこから全方向に強力な魔導砲が一定時間毎に照射される仕組みのようだ。二十階にはオズワルド、四十階にはクルーエル、六十階にはウィロウ、七十階にはトラッド、八十階にはディーンとヘリオード、九十階にはマイン、そして百階にはスリエル。クルーエル、トラッド、マインという名前には聞き覚えがない。
「まさかウィロウが組み込まれるとはね」
オクトリアが残念そうに言った。
「信じたくはないがあり得ないというほどでもない」
今度はヴェルが言う。スリエルの肉体が元々ヴォルフの物であるから、という意味だとすぐにわかった。
「しかしこうしていても始まらん。相手がウィロウだろうがなんだろうが、このまま放っておくわけにはいかないからな。誰が誰に付き合うのか、それを考えるのが先だ」
「付き合う、か。なかなかいいたとえだな」
「ヴェルもわかってるだろうが一対多でさえ敵に勝てるかもわからない以上、敵の足止めに付き合ってやる必要がある。その間に別の人間が上階へと上り、最終的には魔女四人をスリエルの元に送り届ける」
「私たちがスリエルと戦ったところで意味がないぞ。大魔導書がなければ長い時間戦うこともできない。しかし、全員で一人を相手にしている時間もない。城の上部に設置されている球体から魔導砲が発射される」
「発射のトリガーがわからない以上は早急にスリエルと対峙しなければならない。おそらくは魔導砲はスリエルの魔導力だと思うから、魔導力の注入を止めるのが先決だ」
「しかし、なあ……」
ヴェルが言わんとしていることはもっともだ。
オズワルドは大魔導書の所持者。スリエルの従者であることも考慮すれば、こちらも大魔導書の所持者を当てるしかなくなる。だがそうなればスリエルと戦うための戦力が削がれることになる。それはウィロウも同じで、こちらの大魔導書所持者が足を止めることになってしまう。
「考えても始まらないわよ、時間はないんだから。それになんのために式守がいると思ってるの? こういう時のためでしょう?」
フォーリアがテーブルをコンコンと人差し指で叩いた。
「オズワルドたちの相手を式守にさせるのですか?」
それに反応したのはイツカだった。
「それしかないのよ。アナタが式守を思う気持ちはよくわかるわ。私だって自分の式守を失うなんて嫌だもの。でもね、私たち魔女だって、大魔導書の契約者だって、勝てるかもわからない勝負をしにいくのよ。そんな背中を見せておいて、式守には民衆を守れという指示だけを出し続けるの? 私たちが死んだらこの世界そのものが終わるというのに」
「それは、そうなのですが……」
「なんのために式守を従えて育ててきたの。ここでやらなきゃ、アナタがやってきたことすべてが無駄になる。だから私は式守も一緒に連れていって、スリエルの時間稼ぎには式守を使うべきだと考えるわ。他の魔女はどう?」
フォーリアの言葉に、ヴェルもオクトリアも静かに頷いていた。こうなってしまえばイツカも同意せざるを得なくなる。
「正直私だって嫌だよ。でもフォーリアが言うように、失敗すればなにもかもが終わってしまうんだ。やるしかないんだよ。いや、やってもらうしかないんだ」
イツカはそれでも口を閉ざしたまま、納得がいかないといった表情でうつむいていた。
「心配しないでください、イツカ様」
そんな彼女の背中を押したのは他でもないイツカの式守だった。イズミたちと一緒にいたヤツらだ。
「死にはしませんよ。俺たちだって死にたくない。他の誰にだって死んでしくない。だったら俺たちがやらなきゃダメです。頷いてください、俺たちのためにも」
式守たち数名の意思は同じようだった。その顔を見て、ようやくイツカの気持ちも固まったらしい。
「わかりました。式守たちに任せましょう」
「では決まりね。式守たちを使う以上、魔女や大魔導書の契約者たちは早期決着を心がけなければいけないわ」
「フォーリアの言う通りだな。ということで、魔女と契約者は最優先で九十九階を目指す。足止めは式守で対処してもらう。魔女は式守を集めて情報を伝達。城へと向かう式守を選別するように」
ヴェルの合図とともに一度会議は解散された。夜中に再度招集をかけ、最終チェックの後にそのまま出発することになった。
その日、屋敷は妙ににぎやかだった。食事もいいものが振る舞われたし、好きなように飲んで騒いだ。まあ飲んだといってもジュースだが。
皆が寝静まり、俺とレアもベッドに入った。
最初は天井を見ていたが、視線を感じて横を向いた。そこには嬉しそうに微笑むレアの顔があった。
「緊張、してますか?」
「どっちの意味でだ」
「両方ですかね」
「緊張はしてないな。ただ、ビビってる節はあるが」
「意外と臆病なんですね」
「俺たちが失敗したらすべてが終わる。尻込みもするってもんだ」
「失敗してもいいじゃないですか。なにもなくなったっていいじゃないですか。みんな、最終的には死ぬんですよ?」
「お前時々すごいこと言うな。ちょっと怖くなってきた」
そうは言うが、レアがこんなことを言い出した理由はわかっている。
「失礼ですね。私は至極真っ当なこと言ってるんですよ。全人類のいったい何人がロウのことを知ってるんですか? 何人の人間をロウが知ってるんですか? アナタが救った人の何人がアナタを祝福してくれるんですか? アナタは、自分が世界を救ったんだって他人に吹聴するんですか? しませんよね、アナタはきっとそんなことはしない。他人が知らないところで戦い、傷つき、それでも他人を守ろうとしてるんですよ。誰にも文句は言わせないので、もっと気軽にいきましょう」
「気軽に、か」
「そうです。失敗したら私が慰めますよ。だから安心して、自分ができることをしてください」
「失敗したらなにもかもなくなるんだが」
「なくなりませんよ。私がいてアナタがいた。その事実だけは変わりませんからね。たとえ形がなくなっても、そこにあったという過去だけは変わらないので」
「いろいろツッコミどころはあるが少しだけ楽になった気がする」
「ならいんです。不安になったら私がいますよ。だから、ゆっくりおやすみなさい」
彼女の体が俺の体を抱いた。小さな体なのに包み込まれているようで非常に温かい。
だから俺も抱き返した。レアの気遣いを無駄にしないためにも、俺は俺のできることをするだけだ。




