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魔導書はかく語りき  作者: 絢野悠
《魔法少女と壊れた軍師》
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九話

 目を覚ますと、高価で小奇麗な天井が見えた。白い壁と茶色い骨組み、汚れがほとんどない、高貴そうな部屋だと思われた。


 不思議なことに腕の感覚は戻っていた。それだけではない、脚もキチンと元通りだ。何が起きたのか、そもそもあれこそが夢だったのかと錯覚する。


 しかしあれが夢でないことはよくわかっていた。あそこまで鮮明に覚えているのだ。戦ったこともそう、四肢が散った痛みもそう、優しく微笑むヴォルフの顔も、夢ではないと証明していた。


 ヴォルフという男は、非常に誠実で、それでいて頑固な男だった。自分がこうと決めたことはなんとしてでもやり遂げる。小さな村が盗賊に襲われた時も、自分が囮になって奪還計画を遂行した。魔獣の大量発生であっても、率先して前線で戦った。彼にはそれだけの器量と実力があった。


 優しさからあふれるカリスマ性、見た目からはわからない強靭な肉体、なにものにも揺るがせない強い意志。今思えば、それらがすべて納得がいく。


「起きたんですね」


 と、顔を覗き込まれた。ヴォルフだった。


「お前、生きてたんだな」


 ウィロウがそう言うと、ヴォルフは嬉しそうに笑った。


「死ぬわけないでしょう? 貴方は、私がそんなにやわな存在だと思っていたんですか?」

「思っちゃいないさ。お前は強い男だ。それは俺がよく知ってる。でも、なんでお前がここにいるんだ? なんでディーンと一緒にいたんだ?」


 ヴォルフは椅子を引き寄せ、静かに腰掛けた。


「もう、貴方にはなんとなくわかっているんじゃないんですか?」


 微笑んではいるが、その黒い瞳の奥では執念めいたなにかがぐるぐると渦巻いているように見えて仕方がなかった。


 ヴォルフという男が持つ才覚。そのすべての理由がわかってしまった。


 不思議には思っていた。こんな細い体のどこに筋力が隠されているのか。どうしてここまで自分の意思に忠実なのか。


「お前、最初からスリエルの下僕だったんだな」


 ヴォルフは微笑みを絶やさなかった。


「まあ、そういうことになりますね」

「いつからだ」

「話すと長くはなるんですが、聞きますか?」

「話してもらわなきゃ納得できない」

「そうですか。それなら、一から話しましょう」


 彼は咳払いを一つした。その瞬間、波が引くようにして真顔に戻っていった。


「あれは十二歳の時、私が住んでいた町が滅ぼされました。滅ぼしたのは勇者ヘリオードの残骸、様々な地方で暴れまわる無法の災害。町で一人生き残った私ですが、そこに現れたのがスリエルの魂だったんです」

「魂? ってことはその時はまだ実体はなかったのか」

「そうです。そこでスリエルは私に言いました。その体を貸してくれるのならば、お前にもこの快感を分けてやることができるぞ、と」

「快感って、どういうことだよ」

「私はね、ヘリオードが暴れまわる姿が神々しく見えたんですよ。何者にも縛られず、妨げられず、自由で、その強力な力を振るうヘリオードが輝いて見えたんですよ。あんなふうに振る舞えたら世の中はもっと楽しいだろうって、そう思ったんです」

「バカな、自分がなにを言っているのかわかってるのか?」

「わかってますよ。元々私は二歳の時に奴隷として売られた経緯があります。十二歳になってもいい暮らしとは言えませんでした。スリエルとの出会いは邂逅と言ってもよかった。人生の転機と言ったところでしょうか」

「それでスリエルに体を渡したのか」

「渡したわけではありませんよ。貸したんです。だから私がここにいるんじゃないですか」

「だからお前の意識も消えなかった、と」

「意識だけじゃなく体もですよ。そもそもスリエルに体を乗っ取られたわけではないのです。私は最初から、スリエルの魂を自分の体に入れてはいない」

「だがロウファンはお前がスリエルに変わったと言っていたぞ」

「そもそも、貴方たちはスリエルという魔女のことを勘違いしてますよ。彼女はただただ暴虐の限りを尽くしてきたわけではない。ありとあらゆる方法を試しながら、最善にして最高の方法を模索し続けてきた、いわば試行錯誤の人なのです」

「お前とスリエルの話に関係あるようには思えないが……」

「大いに関係ありますよ。極北の地を基盤にしてクローン技術を進化させたのも、自分の体を取り戻すためには必要だった。唯一の生き残りである、自分の子孫をクローンとして生成して現界する。彼女はそれを果たした」


 思わず舌打ちしてしまった。スリエルがなぜヴォルフを宿主として見初めたのか。その理由がようやくわかったからだ。

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