八話
その衝撃で前につんのめった。先にいるのはディーン。
ああそうだ。俺はこの二人の主人だ。オクトリアの式守であり、一生ヴォルフの従者なのだ。
剣を強く握り直す。腕輪に魔導力を込め、崩れた体勢のまま一気に飛び出した。
「そうくるか」
なぜか、ディーンは嬉しそうだった。
光速で放たれる打突。ディーンはギリギリのところで避けるが、服にはわずかに切れ目が入った。
床を強く踏み込んで斜めに切り込む。これもまた避けられてしまうが、臆することなく下がった剣を上へと持ち上げて切り上げを放った。
「まだだ!」
もう一度右足で踏み込んで、ディーンの肩口に向けて突きを見舞う。
「それじゃあ俺には届かないな」
避けられるのはわかっていた。わかっていたから、この突きは右手一本で放ったのだ。
ディーンが避けた先を予測し、左手でそれを待ち構えていた。
「だろうと思ったよ!」
だからこそ、突きの際の踏み込みは右足で行った。ディーンが回避し、その先でディーンを掴むにはもう一度踏み込む必要があったからだ。
伸ばした腕はディーンの右腕をがっしりと掴んだ。
腕輪の魔力をもう一段階開放した。すべての動きを早く、ディーンにも悟られるほどに、前へ。
「おおおおおおおおおおおお!」
剣を振りかぶり、全力で叩き切った。
感触はあった。剣の振りは体験したことがないほどに早かったが、獲物を仕留めた時の手応えを見逃すほど、ウィロウの感覚は鈍っていない。
今までどれだけのものを切ってきただろう。動物、魔獣、そして人間。殺し、奪ってきた。その感覚は、培われてきたものは簡単には消えたりはしない。
振り返ると、ディーンは方から腰にかけて、斜めに切れ目が入っていた。ズルリと、切れ目を境界線にして胴体が床に落ちる。
しかし、どうしてか胸がざわついていた。
なぜ魔法少女は手を出そうとしなかったのか。ディーンが主人であるのならば守るのが普通だ。あの魔法少女たちは今――。
「ごめん、ウィロウ……」
小さな声が聞こえた。
シュリアとカレットが、敵の魔法少女三人に拘束され、床に組み敷かれていた。
剣を握り締め、重心を落とした。しかし、動くことはできなかった。
「いやあ、魔女の魔導力っていうのも大したことないのかもしれないね」
ディーンがそう言った。床に落ちたはずの胴体、その顔がこちらを向いた。
「バケモノか……!」
「そりゃバケモノだろうね」
ディーンは「よいしょ」と言いながら自分の脚をよじ登り、何事もなかったかのように元に戻った。
「はー、痛かった。こんな体になっても痛みはあるんだな。難儀なもんだ」
心臓は切った。心臓でダメなら脳なのか。それとももっと別の、特殊な攻撃でないと届かないのか。
そうやって思考を巡らせるが、試行回数を稼げるわけでもない。一度きりの勝機を生かせなかった。ただそれだけのこと。それだけの事実だけが、無残にも、地面に転がり落ちていた。
「そうそう、その顔がいいんだ。絶望に満ちたその顔さ。俺はそのために面倒な指揮官なんてのをやってた。地形を把握し、相手の策を知り、その上で「いけるかもしれない」と思わせるだけ攻め込ませる。それから、一気に叩く。人は最初から絶望しているわけではない。絶望とは、希望を見出したものだけが知る現実なのさ。絶望的観測とは言わないだろう? 希望は観測することができる想像であり、絶望は事実が収束した結果なんだよ。十分に、現実を味わったかい?」
ディーンが右腕を上げ、手の平をこちらに向けた。
「でもやり返しちゃうのが俺なんだ」
爽やかに笑い、手の平から強烈な魔導術を放った。
ドン、という衝撃のあとで足が宙に浮いた。何が起きているのかがわからなくなるほど、何回も空中で回転した。耳から入ってくる音は風切り音と建物が崩れるような雑音だけ。今自分がどういう状況なのかを把握するための視覚情報も脳がキチンと処理してくれない。
数十秒経ち、ようやく状況を把握できるようになった。
地面に寝転び空を仰いでいた。
動こうとは、微塵も思わなかった。いや、動くことができなかった。手にも足にも感覚などない。
「ああ、そうか……」
気付くのが遅れてしまった。
もう、腕も脚も残ってはいないのだ。唯一、右腕だけは残っていた。冷たい腕輪の感覚があった。
「どうだい。痛いだろう」
太陽の日差しが遮られた。ディーンがニヤニヤしながら覗き込んできたのだ。
「よく、わからない」
「一瞬の出来事だったもんね、仕方ないね。でもわかっただろう。これがキミと僕の力の差だ」
「そうかい。そこだけは、よくわかった」
どっと疲れが押し寄せてきた。魔法少女も囚われた。自分自身も体はボロボロ。動かすような指も、もう右手しか残っていない。
「そんなキミに朗報がある」
「朗……報?」
足音が聞こえてきた。それは徐々に近付いてきて、ディーンの横で止まった。
目を疑った。こんなことがあるわけがない。あってはいけないのだ。
「やあ、久しぶりだねウィロウ」
その人物が顔を覗き込んできた。
「なんで、ここにいるんだよ――」
震える下唇を噛み、再度口を開いた。
「なんでだよ」
そうして名前を口に出す。
「ヴォルフ……!」
そう、生涯の主と誓いを立てた男がそこにいた。




