十二話
「難しいって、これからも戦う相手だぞ。出没の条件とか、そういうのもわかるかもしれないだろ」
「つまりわからないかもしれない。そんなことに時間を使うのが得策だと思ってるの? 少なくとも私は思わないけれどね」
「お前って考えてるフリして考えてないし、考えてないフリして考えてたりするよな。いまだによくわからん」
「考える必要があるときだけ考えてるの。無駄なことに労力を使うのは愚策、それならば行動に移したほうがよっぽど利口ではなくって? 貴方だってヘリオードを追うためにツーヴェルの元を離れたんでしょう? 彼は魔女の前には姿を現さないから。魔女の元にいれば安全なのに、ね」
「アイツは俺が殺す。あの日、そう決めたんだ」
立ち上がり、剣を腰に携えた。
「どこへ行くつもり?」
俺が座っていた場所の横に座り、メーメが窘めるように言った。
「学校の周辺を見て回る。いろいろと気になることもあるからな」
「それなら私も行くわ。ロウだけだと不安だし」
「なにが不安だ。お前が来た方が不安だわ。いろんなもん壊しそうだし」
「じゃあメームルファーズが破壊行動を起こさないように私とルルも行くわ」
当然のように言うアン。しかし四人で出歩くのは少々マズイ。俺たちが関係者だと知れれば動きづらくなってしまう。
「安心しなさい。私とアンは魔導書になってあげるから。その代わりと言ってはなんだけど落とさないように気を付けてね」
「なるほど、それなら問題ない。」
魔導書を片手に戦うことを魔導書女形態というが、普通に魔導書になるだけならば魔力を消費しない。魔導書女形態と、単純に魔導書になるのとはまた違うのだ。
アンとルルが魔導書になった。俺はバッグからホルダーを取り出して二冊の魔導書を収納。肩にかけて腕を通し、胸の前で留め金を繋ぐ。その上からマントを羽織れば、まあちょっと肩幅がある程度で住むだろう。なにせ本が背中側にあるのだ。一応フル活用で七冊までは収納できるようには作ってあるが、七冊も収納したら重くてかなわない。
マントを羽織って部屋を出た。こうすれば本も目立たない。
街を出て学校へと歩いていく。静かな森の中を進むと学校が見えてきた。が、俺は校門を無視して野外訓練所に足を向けた。ヘリオードがやってきた方向だ。
訓練所の中では複数の警察官がいた。障壁が破られたこと、生徒が危険に晒されたこと。この学校はエリートばかりが通う学校なだけに、ひとつひとつの事件にもしっかりと対処しなければいけないのだろう。面倒なことだ。
訓練所、まあようはグラウンドだが、このグラウンドは正方形だ。一辺を校舎が、一辺を道路が、残りの二辺は森に面している。ヘリオードは森に面した一辺の障壁を破って入ってきた。ちょうど校舎と対面にあたる障壁だ。
「壊されたのはこの辺か」
警察による調査は終わったのか辺りに人はいない。
訓練所を囲う障壁を作るのは四つ角に設置された背の高い柱だ。柱に紋章かなにかが刻まれていて、柱と柱の間に魔法の壁ができる。壁が壊されただけなので柱には傷一つない。魔法壁が壊されたからなので当然と言えば当然だが、あの強靭な魔法壁を砕くのはかなり難しいはずだ。魔導書を使って、ギリギリ俺でも壊せるか壊せないかといった感じ。魔女クラスの魔操師ならば余裕だろうか。
「学生には絶対に無理だな」
一度柱から離れて周囲を散策し始めた。が、そこで幾つか気になったことがある。
一つ目、ヘリオードがやってきた障壁のところだけ土の色が濃かったこと。
二つ目、周囲百メートルちょっとだが、全くと言っていいほどに足跡がなかったこと。
ヘリオードならば飛んできてもおかしくないとも思ったが、近くの木に異変がないという部分が違和感の正体だろう。
例えば百メートル手前から壁に飛んできた場合かなりの速度が出ているはずだ。壁の近くには木々が生い茂っているので、直進したのであれば枝が折れたり葉が飛んだりしていてもおかしくない。とすれば上空から飛んできたと推測できる。それにしてもかなり高空でなければいけない。結局木が邪魔をするからだ。横に直進跳躍するよりも力、もとい魔力が必要になるな。
じゃあ、どうやって壁までやってきたのか。もう少し長距離を調べる必要が出て来るのだが、ヘリオードが身体強化以外の魔法を使った記憶はなく、過去の文献においても強化以外の魔法を使ったという記述はない。とすればどこかに「地面を目一杯踏み込んだ」証拠がある。それがなければ別の可能性が出て来るはずだ。
「ヘリオードが突然現れた。もしくは他の、もっとわかりやすい――」
「ちょっとそこの学生さん」
ふと顔を上げると初老の男性が近くにいた。
身長は俺よりもちょっと低いか。白いヒゲが口元を覆い、顔の彫りが深くシワもまた深く刻まれている。麦わら帽子に白いティーシャツにオーバーオール。農作業者っていう言葉が浮かんでくる。
およそ十メートルの距離だが、この距離になるまで気付かなかったなんてどれだけ考え込んでいたんだ俺は。
「学生さんって俺のことか?」
「そうだよ、アンタだ」
「俺になんか用事か? じいさんの相手をしているほど暇ではないんだが」
「いや、大した用事じゃないんだ。この辺で大きな音がしたと思うんだが、なにがあったのか教えてくれないか」
正直かなりあやしい。あやしすぎて本当のことを喋っていいのかためらってしまう。いや、ためらうというよりも「言わない方がいい」という気持ちの方が大きい。
「さあね、こっちの方から授業中に大きな音が聞こえた。だから様子を見に来た。ただそれだけだ」
「なるほど、それだけね。それならいいさ。でももしも音の正体と戦うことがあれば、お前では絶対に勝てないだろうな」
じいさんは「ほっほっほっ」と笑いながらどこかに行ってしまった。人を小馬鹿にしやがって、なんだってんだよ。
「出てこいメーメ」
他のヤツらを出すのはマズイ。俺の許嫁として学校に通うメーメならば一緒にいても問題ないだろう。
「どうしたの? 誰かに見つかったらどうするの?」
「って言いながら出てきてんじゃねーか。大丈夫だ、辺りに気配はない」
「あのお爺様が急に現れたからって、急いで周囲を探知しなくてもいいのに」
「うるせーよ、悪かったな。で、肝心の用事なんだがな、ヘリオードが地面を踏み込んだという証拠を見つけたい。だから周囲を探索する。俺一人だと時間がかかりすぎる」
「だったら他の三人も使いなさい。私はやりたくない」
「うるせーな、さっさとやるぞ」
「さっきからうるさいしか言われてないわ。癪に触る」
なんていいながらもちゃんと探してくれるのがメーメのいいところだ。また今度撫でてやろう。
これで森の中に足跡がなければ新しい方向性が見えるはずだ。さあ、犯人を追い込もうじゃないか。
と、思っていたのだが。
一時間、二時間と探しても足跡は見つけられなかった。ただの足跡じゃない、強く踏み込んだ足跡だ。アイツは靴を履いていなかったはずだからすぐにわかる。




