五話
「十分だ。お前が言うそれなりの魔術師ってのはこの外壁内にはいないだろうしな」
「気をつけなければいけないのは外壁の内側、というわけですね」
「そういうことだ。行くぞ」
三人は足音を殺して外壁内を進んだ。内部を巡回する兵士は何人もいたが、誰一人として三人に気付くことはなかった。これがなにを意味しているかウィロウはすぐにわかった。
外壁を守っているのは「替えが利く兵士」だということだ。魔導術の心得がまったくなく、おそらく素養も持ち合わせていない。しかしこれだけ厚く強固な外壁なのだから、魔導術の心得がある者だって当然必要になる。いくら壁が厚くとも、魔導術を使って忍び込んだり破壊されたら意味がないからだ。守りを強固にするのであれば様々な対処方法を一度に行う必要がある。そうでなければ守れない。
何度も何度も右左折を繰り返し、入った場所と似たようなドアの前までやってきた。方向からすればラストールの内側へと通じるドアだ。それはわかっているが、このまま中に入っていいのかどうか不安になった。
だが、自分が考えるべきことではない。
術式を必要としないドアを潜り抜け、三人は静かに内部へと侵入した。
外壁の内部は今まで見たことがないような建物が立ち並んでいた。屋根がない、四角い建物が均等に並び、道もそれに伴って直線、直角で構築されていた。
家は道は人工物であるが、地形などによって適切に作られる。昨今では外観を重要視した家も見られるようになった。しかしこの都市はすべての家が同じように四角く作られているのだ。非常に人工的で無機質だった。
「なんかつまらないところだね、ここ」
カレットがそう言った。本当につまらなそうに言うものだから「同感だ」と心のそこからそう返した。
道が直線であるため、大通りを進むだけでラストールの軍事施設まで行かれるだろう。はたしてこの道を進んでいいのかどうかは考える余地があった。大通りを進むみしても、ここは正面の入り口ではないため、最低でも一回は右折する必要がある。
「どうしましょう。迂回しますか?」
「直接向かうってわけにも行かないな。壁沿いを進むっていうのも考えものだ。なにより、中に兵士がいないのが気になる」
家は見えるが人はいない。それこそが無機質な感じを助長していた。道にも建物の中にも人気はなく、物音一つも聞こえてこない。自分の心臓が唯一物音を鳴らしていると勘違いをするほど静かだった。
近くの家に入ってみるが、鍵はかかっておらず、家の中も生活感がなかった。端々に生活をしていた様子は見て取れる。誰かがいた痕跡はあるのだが、数分前、数時間前まで誰かがいたようには見えなかった。部屋は綺麗に片付けられている。テーブルもイスも並べられていた。家の中を散策するが、食料品などはなく、けれど衣類などはそのまま残っている。
「少しだけ埃がありますね」
シュリアがテーブルの上を指でなぞった。
「少し、か。数日前まで誰かがいたってことか?」
「この感じだと二日三日というところでしょうね。なにがあったんでしょうか」
「兵士はいるのに住人はいない。嫌な予感がするな。他の家も見てみるか」
それから二軒目、三軒目と民家に入ってみるがどこも同じようなものだった。確かに人はいたはずなのに、どこか生活感に欠けているのだ。
大通りに出て、軍事施設の方を向いた。
「結局あそこに行かなきゃならないらしい」
大きくそびえるのはラストール軍事本部。遠目からでも大きさがわかる。本部の最上階は高く、侵入できても最上階に到達するのはかなり時間がかかる。それを想像し、思わずため息をついてしまった。
「いくんだろ、あそこ」
カレットが右に立つ。
「それしかなさそうですね」
シュリアが左に立った。
「大通りから少し離れてジグザグに動く。ついてこい」
二人が頷いたのを確認したあと、ウィロウは大通りを離れて路地裏に入った。
そこから右に左にとせわしなく走り抜けた。不規則に動き回れば狙撃手から狙われることも少なくなる。ミラージュコートの効果は続いているため、遠距離からの攻撃は問題ない。
問題があるとすれば――。
「まあ、そうなるな」
進路を塞ぐ人影が一つ。小柄な体躯に似合わぬ大きな斧を肩にかけていた。
立ち止まり、対峙する。撒くこともできたかもしれないが今は少しでも情報が欲しかった。
短めの金髪は癖が強い。目つきは鋭く威圧感があった。
「その感じだと魔法少女か」
「正解。乗り気じゃなかったんだけどさ、一応主人からの命令だから」
「ディーンか」
「そういうこと。ラストールの居住区は私の領域だから。不純物は排除しないと怒られるんだなこれが」
極力戦闘は避けたい。戦力は温存しておきたかったからだ。スリエルの従者は恐ろしく強力だと聞く。現在の戦力でも心もとないのに、消耗してしまってはやられに行くようなものだ。
「そうか、それならこちらもできることをやらせてもらおう」
「おう、やる気じゃん。いいねえ、そういうヤツは好きだよ」
「そういう意味じゃないんだがな」
戦力を消費せずにこの場を片付ける方法は一つしかないと考えた。
オトクリアからもらった腕輪に魔導力を込めた。腕輪は淡く光を放ち、魔導力が逆流してくるような感覚があった。
魔法少女が斧を構えた。こちらの攻撃を真正面から受け止めるつもりだろう。
「悪いがそれは無理だ」
「は?」
ウィロウが人差し指と親指をくっつけ、その指を弾いた。パチンと小気味いい音がしたかと思えば、斧を持った魔法少女が膝から崩れ落ちた。
「ウィロウ賢いな」
「いちいち真正面から戦ってられるか。それに一度は試したいと思ってた」
腕輪の魔力はまだかなり残っている。全体から見れば九割以上は残っているだろう。
「睡眠の魔導術ですか」
「魔法少女だから耐性があるかとも思ったが、オクトリアの魔力さえあれば眠らせることもできるみたいだ。しばらくはこれで凌ぐ。これからも魔法少女は何人かいるだろうしな」
「オクトリアの魔力がなくならないようにだけ気をつけないとな」
「お前とは違うぞ」
「こんなところで言い合いをしている時間はありませんよ。先を急ぎましょう」
シュリアに促され、二人は前を向いた。
ウィロウは鼻を鳴らし、再度町の中を駆け抜けていった。




