三話
近くの森に車を止めた。この辺一体は森林地帯であり、ラストールもまた森林地帯のど真ん中に建てられている。
ラストールまでの道のりは苦ではなかった。オクトリアの私物である車は非常に軽快で、アクセルを踏み込めば踏み込むほどに速度が出る。一般的に出回っているような魔導車とはわけが違う。魔導車と言っても自分の魔導力を使うのは少しだけで、あとは燃料がなんとかしてくれる。なので疲れることもない。それに加えてカレットとシュリアを魔法少女形態で召喚してある。やや耳障りではあったが、無音よりはずっとましだった。
「あれがラストールですか」
車から降りてシュリアが言う。呆れたような、諦めたような表情だった。
その理由はわかっている。ラストールの大きさを見れば誰だってこういう顔になる。カレットの方はあの大きさに感嘆の息を漏らすだけだった。いつもははしゃぎ回るような少女だが、そんな彼女でも言葉をなくすほどだ。しかしカレットが言葉をなくしている理由は単純に驚いているからだとウィロウは知っている。
「まあ、あと数百メートルはあるけどな。ここからは歩きだ、忘れ物するなよ」
「りょうかーい!」
「承知しました」
車を森の中に隠し、二人の魔法少女を連れてラストールに向かうことになった。
森の中は蒸し暑く、けれど薄着をするわけにもいかなかった。どの木、どの草が毒をもっているかわからず、また、毒を持つ魔獣も出ると言われている。なので極力肌はさらさないようにしていた。
魔法少女は寒暖差などを感じない。なので汗もかかない。しかしウィロウはそういうわけにはいかなかった。何本もの水筒を持って歩かなければならず、それもまた疲労の原因だった。
「ウィロウ、ダイジョーブ?」
カレットに見上げられ、彼女の頭に手を乗せた。
「ああ、問題ない。お前はどうだ」
「魔法少女にそういうのはないからダイジョーブ。ありがと」
カレットは「にへへ」と明るく笑い返す。後ろからは「うふふ」とシュリアの笑い声も聞こえる。いつもながら二人がいると実感すれば、気付くと気持ちが落ち着くのだ。
歩みを進め、ラストールの前までやってきた。要塞都市という名前に恥じず、金属製の外壁は登れそうにないほどに高い。大きな門も金属製で見上げるほどに高かった。
門の前には門番が八人。外壁の外を見回っている守衛が数人。見回りの人数がわからない以上は下手に手を出すことはできない。
「どうしますか、ウィロウ」
「一時間様子見だ。ばれないようにここで待つ」
「わかりました。それじゃあカレットは左の方へ展開、私は右の方へ行きます」
「オッケー! 行ってくるねー!」
その場にウィロウを残し、カレットとシュリアは森の中へと消えていった。
バッグの中から携帯食を取り出し、水で無理矢理胃の中に流し込んだ。時間があるときに食べておかなければ最後まで保たない。
ふと、ヴォルフと出会った時のことを思い出した。
現在十九歳であるウィロウだが、ヴォルフと出会ったのは五年前だった。
当時傭兵団に所属していたウィロウは死にかけていた。ウィロウだけではない、傭兵団は壊滅しかけており生存者は数えるほどしか残っていなかった。最初はしがない盗賊団を退治するという依頼だったが、蓋を開けてみれば盗賊団は総勢何百人という巨大な組織だった。退治に失敗するどころか、傭兵団は壊滅まで追い込まれることとなった。
深夜だというのに、盗賊団のアジトである古城は慌ただしかった。ウィロウは古城の片隅で剣を構えたまましゃがみ込む。呼吸をうまく整えられない。緊張と疲労がピークに達し、自分の身体をうまく制御できなくなっていたのだ。
なにがいけなかったのかと思考を巡らせた。だが行き着く答えは一つしかなかった。最初から仕組まれていたのだ。傭兵団を潰すために誰かが仕組んだのだ。
最初は数十名の盗賊団だと言われていた。しかし古城にはすでに三百人以上が集まっていた。あとから来た増援ではない、最初からそこにいたのだ。となれば、盗賊団は初めから巨大な組織であると考えるのが普通だ。
廊下の向こうで人影が動いた。
心臓の鼓動がうるさかった。
水気を感じて額を拭う。ぬるっとしていて、これが汗ではなく血であることはすぐにわかった。
自分の命が長くないことを直感した。どうやっても、十四歳の子供が逃げ切れるとは思えなかった。考え方や心は人よりも大人っぽくはあったが、身体だけはそうもいかなかった。
「まだ、死ねないんだよ……!」
人影が近づいてくる。身長はわからないが、そこまで高くはないだろう。しゃがんだ状態から突進して不意をつく。そして一気に剣を振り抜いて喉元を掻き切る。
そこまでシミュレートして、どこまで通用するのかと頭を抱えそうになった。
一人殺したところで意味などない。一人を殺せば隙ができる。その隙に別の人間に刺されればそれで終わりだ。仮にうまくいったとしても二人殺せるくらいで、三人目に殺される。だが、うまくいけばまた一人、また一人と殺せるかもしれない。
ネガティブな思考は捨てよう。今は生き抜くことを考える。それしか道は残されていないのだから。




