十九話
カードもテーブルも、霧のようになって消え去った。残ったのはビオスフティスとイズミだけ。
「ただの小娘かと思ったが、どうやらそうでもなかったみたいだな」
ビオフスティスが薄く笑った。どこか楽しそうにも見えた。
「これで満足ですか?」
「ああ、満足したよ。お前も満足だろ? 私の主人になるんだからな」
「私が訊いているのはそういうことではありません」
「ではどういうことだ?」
「試練の内容についてですよ。アナタもわかっているはずです」
ビオフスティスが小さくため息をついた。
「はっきり言ったらどうなんだ?」
イズミは彼女をキッと睨んだ。そこには明確な敵愾心があった。試練に打ち勝ち、魔導書を手にした。それでもなお、まだ勝負はついてないと言っている。
「手加減、しましたね」
「目ざとい小娘だな」
「それは認めたと受け取っていいんですね」
「構わない。だが正確には違うぞ」
「正確だろうがなんだろうが、手を抜いていたことには変わりありません」
「まあ聞け。そうだな、どこから説明したらいいものか……」
ビオフスティスは顎に指を当て、斜め上に視線を向けた。
「まずお前は契約の試練というものを勘違いしているな」
「勘違い、ですか?」
「ああ、そうだ。では訊こう。契約の試練とはなんのためにあると思う?」
「それは魔導書を所有するにあたって相応しいかを見極めるためでは?」
「ほら、今お前は自分で答えを言ったじゃないか」
「答え……」
イズミは地面に視線を落とす。魔導書がとてつもない力を持っている、というのはすべての人間が共通に持っている認識だ。それは兵器と言っても過言ではない。契約の試練とはその兵器を使うためのテストのようなもの。魔導書という兵器を「持つ」ためや「得る」ためのものではないのだ。そう「使う」ためのテストなのだ。
「剣や銃は誰でも持つことはできる。でもそれをちゃんと使うにはちゃんとした知識がいるし、場所によっては免許がいる」
「いいぞ、近付いてきた」
「つまり試練に合格したということは、魔導書を使う準備ができたということ。ないし、使うための資格があると認められたということ」
「そうだ。もう一つ付け加えるのであれば、契約の試練というのはただのデスゲームではないということだ。手を抜いたのではないんだよ。お前の思考能力や判断能力が一定のレベルに達した、ないし達していると判断するためのものなんだ。お前が私の判断基準を上回った。それだけのことだ」
ビオフスティスは「他にはなにか?」と首をかしげて見せた。
「言い分はよくわかりました。でも、納得はできません」
「今はそれでいい。きっと分かる日が来る。それが試合であるのか、それとも勝負であるのか。がむしゃらに全力を尽くすことが正解なのかどうか。お前はまだ若い。これから培っていって欲しいものだ」
天から光が降り注ぐ。この光の正体を、イズミは感覚的に理解していた。
「さあいくぞ、我が主よ」
イズミの身体が光に解けていく。
「そう、ですね。話はこれからいくらでもできますから」
「怖い女を主人に選んでしまったようだ」
その言葉を聞き、イズミは失笑した。彼女は確かに「選んだ」と言ったのだ。伝説の魔導書に選ばれた。今までの自分にはない、誇らしいという感情だった。




