十一話
「なにがあった!」
ドアを強く開け放ちながら、レイジとゼンが部屋に入ってきた。
「これは、どういうことだ?」
「この施設は、たぶん今も生きているんです。そしてその証拠がこの奥にあります。行きましょう」
「行きましょうって、この先になにがあるかわかっているのか?」
「行けばわかりますよ」
壁に空いた穴に足を踏み入れる。小石を蹴りながら、一歩一歩前に進んでいった。
後ろから四人がついてきているのはなんとなくわかった。振り返らずに足を動かすことにした。
短い通路を進むとドアがあった。
ドアノブを掴み、手前に引いた。
「案外、早かったんですね」
そこには、修道服に身を包んだ一人の女性が立っていた。
「アナタがマリアールですね」
美しい。女であるイズミでさえ見惚れてしまうほどの美貌だった。
手足は細く長く、真っ黒な髪の毛は光量が少ないこの場所でも光を反射していた。
室内の壁には大きなガラスが何枚も貼られていた。いや、ただのガラスではない。
「やっぱり」
室内にあった鏡はマジックミラーだったのだ。
「どうしてここがわかったの?」
「あの巨大な鏡が、ただの鏡じゃないと思ったからです。ここが特殊な施設だというのは記録を読みました。だからこそ、監視しないわけがないんです。監視カメラのような高度な物もついていない。監視をするのであればこうするほかない。この施設が円形なのも、その監視を円滑にするためです。こういった施設がたくさんあり、全部円形であることがそれを物語っています」
「それだけでよく思いついたものだわ。若いのに優秀なのね」
「マジックミラーがない二つの部屋は、おそらく教徒を泊めるための施設なのでしょう。洗脳したい人間と、そうでない人間を同じような環境で扱う。そのために、二部屋だけはそういった監視をしないようにしてあった」
「正解」
「ただわからいのはアナタがここにいることです。虫を使って私の反応を見た、ということはわかりました。でも私たちをアナタが監視する理由がわからない」
「そう、イツカ様はそういうことも説明していないのね」
「そういうこと、とは?」
「私のことは調べたのでしょう?」
「アナタのことは調べましたが、それとなんの関係があるというのですか?」
「なるほど、貴女は他人のことしかわかっていないのね。いいでしょう、話してあげます」
その時、イズミの前に誰かが立った。レイジだ。
「そんなことはどうでもいい。俺たちはお前を倒すためにここに来たんだ」
「その子も真相を知りたいと思うけれど?」
「真相などどうでも――」
自分でもよくわからなかった。しかし、イズミはレイジの服の端を強く掴んでいた。
「話してください」
「イズミ……」
「話してください。お願いします」
マリアールはニヤリと笑い「ええ、いいでしょう」と淑やかに言った。
「私の名前はマリア=ブルー。ブルーの一族は大魔導書を扱う一族であり、その血を絶やすことはこの世の死を意味する。だから、私はどうしても生き延びねばならなかった。どうしても、この血を残さねばならなかった。だから十四年前、私は子供を身ごもった。屈強ではなかったけれど、非常に頭がいい男だった。誘ったらすぐに乗ってきたわ。子供を授かった私は、その子を知り合いに預けて出家した。いえ違うわね。元々教会の人間であったから、単純にその身を捧げただけの話」
「でも、アナタはその身を捧げた教会によって殺された」
「ええ、あれほど尽くしても、罪は許してもらえなかったわ」
「罪、ですか?」
「私がブルーの一族であったこともそう。教会を抜け出して自分の子供を見に行っていたこともそう。他の教会と関係を持っていたことも、大きな罪だったわ」
「他の教会と関係を持っていた? なぜそんなリスキーなことをしたんです。そんなことをしなくても、アナタは癒やしの聖女として、聖母として皆に慕われていたではないですか」
「私には太いパイプが必要だったの。あるものが欲しくてね」
「あるもの?」
「もうわかっているのでしょう? 大魔導書よ。私にしか使えない。私だけの強力な力」
「その力でなにをしようというんですか? アナタにはどんな野心があったんですか?」
「私はね、この世界が嫌いなの。人にへこへこして、ニコニコして、へつらって、それがどれだけ苦痛なことかわかる? 時には好きでもない男に抱かれることだってある。それが私の役目だったから。でも、それを良しとして生きてきたわけじゃない。そうしないと生きていかれなかった。そういう環境で生まれ、生きてしまったから。だから、この世界を壊したかった」
「それで、大魔導書は見つかったんですか」
「見つからなかったわ。私は魔導書を見つけられなかったけれど、私の罪は見つかってしまった。そして、殺された。でも気付いたらスリエル様によって蘇っていたわ。この十年間、魂だけの存在として漂っていた。それがようやく現界できた。スリエル様の元で、この世界を壊すために」
背筋が凍りつくようだった。マリアールの眼光が、全身の毛という毛を逆立たせた。
「私が現界した以上、貴女にはもう用はない。おとなしく私に殺されなさい」
マリアールがこちらに向かって手のひらを向けた。
「私の可愛い可愛い、血を分けた娘よ」
衝撃的な事実ではあったが、頭は妙に冷静だった。
どうして自分がこの遠征に選ばれたのか。それはきっと、イツカが自分の出生を知っていたからだ。そしてその出生を利用してマリアールをおびき出す餌に使ったのだ。
様々な思考が行き来して、自分でもどう処理すればいいのかわからなくなってくる。それでもマリアールは攻撃を仕掛けてくる。
手から放たれた魔導術。それを跳ね飛ばしたのはレイジだった。
「ここを出るぞ!」
その一声で、他の三人が一斉に動き出した。
イズミはキョウスケの腕に抱かれる。道はゼンとアイリが壁を壊して作った。殿はレイジで、マリアールの攻撃をすべて、完璧にいなしていた。
建物を出て、キョウスケが下ろしてくれた。
その淀みない動きの数々に驚きを隠せなかった。こういったことをすでに想定してたかのような、そんな動きだったのだ。
「キョウスケさん、もしかして……」
「ああ、レイジには言うなって言われてたんだけどな、こうなっちゃ隠しておくのも難しい。俺たちはお前がマリアールの娘だってことも知ってた。お前が撒き餌だってのも知ってた。すまないな」
「いえ、それがイツカ様の言いつけなんですよね」
「そういうことだ。でもただの撒き餌じゃない。特に撒き餌はお前だけじゃないからな」
「それはどういう――」
轟音と共に、高く高く土煙が上がった。その土煙から、吐き出されるようにしてレイジが飛び出してきた。すでにボロボロで、この数分間の間にどれだけのやりとりがあったのかが容易に想像できた。
「囲まれちまったな」
周囲を見ると、たくさんの魔獣たちが五人を囲んでいた。
「さあ、魔導書をよこしなさい」
黒い魔力に身を包んだマリアールが大地に降り立つ。
「魔導書……?」
「持っているのでしょう? ブルーの名を冠した大魔導書が」
まただ。脳内でパチパチとパズルが完成していく。




