十話
ヘリオードが強襲してきたことは学校中に知れ渡った。が、それが勇者ヘリオードであるということを知っているのはごく一部。生徒には一切知らされていないようだ。壁を壊したのは不法侵入者という扱いになっている。が、それと戦っていたのが俺ということだけは生徒たち知られてしまった。
俺とメーメは生徒指導室に呼ばれ、二人並んでソファーに座らされた。
「正直失望したよ」
呼び出したのはナディアだ。
「手こずってたからか?」
「当然よ。あの程度も倒せないようじゃ、魔操師としての器が知れる」
「生徒を前にして魔導書なんて使えるかよ」
「魔導書は使えなくても魔導術は使えるでしょう?」
「アホか、あんな化け物に魔導術で対抗しろって方が難題だろ。俺はちゃんとした教育も受けてないんだぞ」
「貴方の師匠はツーヴェル様でしょう。それくらいできなくてどうする」
「ヴェルが魔導術を教えてくれたことなんてねーよ。アイツは元々物理特化だし、強化くらいしか教えてくれなかった」
「師を見て技を盗むのは当然のこと。貴方はなにも学ばなかったの?」
「だ・か・ら、見せてくれないんだって! 体術とかでなんとかすんの、アイツは。魔導術は使わないの、基本的に」
「それは、お気の毒に」
「わかればいい。それはそうと、あの弓がアンタの魔導書か?」
「ええ、私の魔導書サンクノーリオ。属性は炎、魔導器は弓、別名はオータムグローリーよ」
「炎なのか? 一瞬過ぎてわからなかったが」
「撃ちぬいたのと同時に内部を沸騰させた。内部破壊が得意技」
「そら怖いな。高温で皮膚を焼かれるよりも具合悪そうだ」
「そうなりたくなければシャンとなさい。怠慢が目立つようであれば、貴方もああなるかもしれないわ」
「ふざけんな、別に怠慢してるわけじゃねーよ。つか俺はツーヴェルの弟子で、アンタはその弟子をフォーリアから預かってんだろうがよ」
「間違ってはいないが、ケツを叩けとも言われている。余計なことをした場合には背中から撃ち抜けとも」
「ホント、世の中どうなってんだよ」
どうして俺の周りにいる女ってのはこうもしれっと恐ろしいことばかり言うのか。
「それで、この学校でなにか感じたことは?」
「んなもんわかるわけねーだろ! まだ一日もいねーのによ!」
そう言いながら、俺はある違和感があったのを思い出した。
「どうかしたのかしら、死んだ魚みたいな顔をしているわ」
「それを言うなら死んだ魚の眼だがそれもおかしな話だ、顔ってなんだ」
「呆けているようだったから。目を開けたまま寝ているのか考え事をしているのかと」
「じゃあそれでよくない? しかも目を開けたまま寝てたら死んだ魚なの? 俺ってそういう顔してんの?」
「いいから、なにか思ったのなら言いなさい」
「ったくホントに俺の周りにいる女はめんどくせーな。グラウンドでな、変わった魔力を感じたんだ」
「詳しく話して」
「詳しくって言われても戦闘中だったしな。そうだな、模擬戦用の剣だ。俺の魔力で上書きする前に、手に取った瞬間に俺の中に入ってきやがった。持ち主を侵食するなんて魔法、そう簡単に使えるもんじゃないはずだが」
「その剣というのは?」
「ヘリオードとの戦いで折れた。そのあとは知らん」
「なぜその剣を確保しておかなかった? 自分の役目を忘れたわけではあるまいな。もしかして鳥頭なのか?」
「ああ!? アンタがもっと早くに指示出してればよかったんじゃねーのか!? こっちはヘリオードの相手すんので手一杯だったんだぞ!」
「その全てを含めてお前の仕事だ。私怨を捨てられぬのなら今すぐに去れ。人を救うことを考えられるのなら追いかけるな」
「……わかったよ。ちっ」
「それならばもう少し考えて動きなさい。メームルファーズよ、主人の手綱はちゃんと握っておけ」
「ええ、気をつけるわ」
メーメは微笑みつつ、ナディアを上手くいなしていた。
俺にはできないような対応に妙ないらつきを覚え、ついもう一度舌打ちをしてしまった。
「貴方には、またちゃんとした教育をしなければいけないようね」
「うっせーよ魔導書の分際で」
「その魔導書に助けられなければなにもできない人間は、一体どこの誰でしょうね」
「クソが」
「語彙力が少なくてよ。もう少し考えて喋ってもらいたいものね。そんな脳筋が主人だと思われるのは傷つくもの」
まるで疲労困憊で倒れてるところを蹴られてるような気分だ。
「それじゃあお前たちは教室に戻れ。詳細を聞かれてもわからない、覚えていないで通しなさい」
「わかったよ。行くぞメーメ」
「ええ、そうしましょうか」
生徒指導室を出て教室に向かった。中庭に面した廊下を通ると、生徒たちが外へと出てきていた。授業が一区切りしたのだろう、これから昼食って感じだ。
「俺たちもなんか食うか」
「学食があったわね。行ってみましょうか」
「意外だな、お前がそんなこと言うなんて」
「そう? 確かに人が多いところは苦手だけど、酒場やカフェに行くこともあるじゃない」
「そりゃそこしか場所がなかったからだろ? この学校には購買だってあるし、パンでも買って食ってもいい」
「こういうときは学食に行くのが基本でしょう? 思わぬ情報が得られるかもしれないわよ?」
「まあ、そういう考え方もあるか。んじゃ行くか」
校内の構造や生徒たちの動きを見ながら食堂を目指す。木造で綺麗な内装は百年以上前に建てられたとは思えない。注視すれば汚れはあるし、当然傷なんかもある。が、それらを意識すると、逆に貫禄というか、妙な神聖さを感じる。
廊下を走って教師に怒られる者。
話に花を咲かせて歩く者。
ポケットに手を突っ込んで、猫背のままダラダラと歩く者。
そんな彼らの中に犯人がいるかもしれないと思うと、なんだか背中を空けておくのが嫌になる。
そんなことを考えながら歩いていると、いつの間にか食堂に到着していた。慣れとかそういうのはないが、頭の中に入れた地図がなかなかに機能している証拠だ。
両開きのドアを抜けて大きな食堂に入る。席の半分以上は埋まっているが、それでも全校生徒を収容できるだけあってかなりの広さだ。




