一話
「あれが魔操師? 随分と粗末な契約者だこと」
目測百メートルほど先にいる、盗賊団〈白狼〉の団長を盗み見ながら、メーメが静かにそう言った。確か名前はゲレン=ハスバールと言ったか。
「そう言うなよ。アイツだって守護者の試練を抜けてきたってことだろ? だったら多少なりとも骨はあるってことだ」
俺もゲレンを見ながらそう返した。ゲレンは魔導書を大事そうに抱えているが、普通は魔導書が書物の姿をしていることは少ない。
魔導書を自慢する盗賊団の団長がいるという話を近隣の村で聞いてここに来た。盗賊団〈白狼〉が根城にする山の麓で、彼らは焚き火をしながら酒を飲み肉を食う。民衆から巻き上げた金で買いった食料。当然奪った食料もあるだろう。
「大声を上げて犯罪自慢? いい年をしてなにをしてるのかしらね」
「んなこと言ったって、こんな世の中だから仕方ないさ。勇者が魔王を倒してから千年、確かに魔族からの抑圧はなくなったよ。そしたらどうだ、今度は国同士で戦争を始めて、民衆は魔王時代よりも酷い生活を強いられてる。盗賊なんかになっても文句は言えね-だろ」
「そう? それならば国を滅ぼせばいいんじゃないかしら?」
メーメに視線を向けると、美しい黒髪を手で払っているところだった。身長は低く、彼女の頭は俺の胸元あたりまでしかない。切れ長の目、鼻梁が整った鼻、薄めの唇と顔は美しいが、どこか幼さを残している。長い髪の毛は非常に細く艷やかだ。ひらひらとした服を好むが、よくこれで戦闘をこなすものだといつも関心する。
「国を滅ぼせば、国に従属する兵士なんかに被害が出る。職をなくした軍人が虐げるのは結局民衆だよ。悪循環だ」
「なら魔王を立てたらいいじゃない」
「魔王の素質を持つ魔族なんぞ、砂漠で砂一粒を見つけるもんだ。ってお前が俺に教えてくれたんだろ」
「あらそうだったかしら? 覚えてないわ」
ほほほっと、彼女は上品に笑った。
「とにかく、今はゲレンの魔導書を奪うのが先だ。あの魔導書の名前は?」
「アンクレスカ。あの子をどうするつもり? 書物の状態で保管するのか、それとも契約するのか」
「できれば書物の状態で保管したいけど、そういうわけにもいかなそうだな……」
魔導書。それは最上位の魔導師が作り、幾多もの魔法術式が記されている。だが、ただの書物ではない。魔導師は自らの血液からホムンクルスを製造、そこに知識の全てを注ぎ込んだ。この美少女、メーメもまた魔導書だ。
「それならさっさと行きましょうか」
「ああ、短時間で終わらせる。行くぞ、メームルファーズ」
「メーメと呼びなさい。正式名称は可愛くないわ」
主人である俺を置いてきぼりにして、彼女は一人で突っ込んでいった。俺も魔導師の端くれだ、魔導術で身体を強化して後を追う。
まあ俺の場合は魔導書と契約しているので魔操師というのが正しい。
魔導書と契約した時点で、魔法が扱えても扱えなくても魔操師になる。
魔導術は火を出したり、風を生み出したり、こうやって身体の筋力を強化したり硬度を上げたりということが可能だ。魔導師としての修行をしない限り身に付けることはできず、民衆は魔導師を崇め、恐れる。
魔導書はとてつもない力を秘めている。魔法少女形態という今の状態が平常だ。他には主人の武器になる魔導書女形態がある。が、魔法少女形態が強いので基本的には必要ないとも言えるだろう。
「な、なんだてめーら!」
追いつく頃には盗賊団が半壊していた。ゲレンは尻もちをつき、武器を取ることさえも忘れている様子だ。
魔導書が持っている武器を総称して魔導器と言う。メーメの手に握られているのはレーヴァテインという剣だ。刀身は黒く彼女の身の丈をゆうに超える。禍々しいオーラを放ち、しかし盗賊団を誰一人として殺していない。柄や拳での攻撃で撃退したのだろう。あの剣は持っているだけで威嚇になる、というか普通の人間に対しては威嚇にしか使わない。
「それを、渡してもらいたいのよ」
ゲレンが抱えている魔導書を指差したメーメは、切れ長の目が弧に歪ませて笑った。
「渡すわけねーだろ! これは俺のもんだ!」
「でも使いこなせていない。書物の状態なのがその証拠。魔導書女形態でもないのでしょう、魔力が感じられない。本当に試練を突破したのかしら?」
メーメがそう言うと、ゲレンの魔導書がカタカタと揺れる。
次の瞬間には強烈な光を放ち、一人の魔法少女となっていた。
「久しぶりねメームルファーズ! このときをどれだけ待ったかわから――」
金髪ツインテールのアンクレスカが地面に這いつくばった。いや、メーメによって強引に伏せさせられたのだ。
腕を後ろに回され、頭を地面に押し付けられたアンクレスカ。目を見開き、屈辱に顔を歪めていた。
「おい、あんまり強引にするなよ。お前と同じで女の子なんだぞ」
「いいのよ、私もアンクレスカも魔導書なのだから」
「なんでいきなりこんな格好させられてるのよ! 離しなさいよこの無表情高飛車ブサイク! 痛い痛い痛い!」
腕を締め上げる力を強めているのか、アンクレスカがどんどんと涙目になっていく。さすがに先に進めないと可哀想だ。
「てことで、アンタには二つの選択肢を選ばせてやる」
俺は後ずさるゲレンに剣先を向けた。俺が持っている剣はメーメと違い、その辺の盗賊から奪ったミスリル製の剣だ。その前は鉄だったので非常にありがたく使わせてもらっている。高硬度で切れ味が落ちない、普通に買えば十万レートはくだらないだろう。
ちなみに俺にそんな金はない。盗賊からの盗品、誰が犯人かわからんな。
「選択肢……?」
「知ってるか? 魔導書と契約した者を魔操師と言うが、魔導書が破壊されると契約している魔操師も死ぬんだ。でも魔操師が死んでも魔導書は契約が切れるだけ。俺たちはアンクレスカが欲しいんだ。でもまあ破壊しても仕方がないかなとも思ってる。言いたいことはわかるよな?」
「自分で契約を切るか、アンクレスカが破壊されて俺も一緒に死ぬかってことか?」
「そういうことだ。さてどうする? アンタじゃ魔導書は上手く使えない、だからアンクレスカも魔法少女形態にできないんだ。この場で助けてもらうって手段も使えない。メームルファーズとアンクレスカじゃ、主人の技量が違いすぎる。本来なら同じレベルでも魔操師いかんで強さは変わるんだよ」
喉を鳴らすゲレンは、眉間にシワを寄せて怯えきっていた。額からもみあげから、汗がポタポタと地面に落ちる。
「……わかった。契約を切る」
「それでいい。所詮、アンタには過ぎたシロモンだ」
ゲレンが右腕を出すと、人差し指の指輪が仄かに光る。
「汝アンクレスカ、我との契約を解除する」と言えば、「承服した」とアンクレスカが返す。アンクレスカも指輪も、光の粒となって空気に溶けていった。彼女がいた場所には、古びた厚い本が一冊。金属製の錠前がかけられた高価そうな魔導書だ。




