55
迫り来るバジリスクにレオルドは固まってしまい、動けないでいた。
目が潰れたバジリスクはピット器官で感知したレオルドを飲み込もうと大口を開いている。レオルドはただ見ていることしか出来ない。
(あっ、死んだ。これ死んだわ)
なんとも呆気ない感想だが、レオルドは世界がスローモーションになっていた。死ぬ瞬間、例えるなら交通事故の瞬間に世界がスローモーションになるような感覚にレオルドは陥っている。
「坊ちゃま――!」
「レオルド様――!」
眼前にバジリスクの大きな口が迫る中、レオルドは遠くからギルバートとバルバロトの声が聞こえていることに気がついた。
最期にお別れを言うことも出来ないレオルドは、完全に諦めて死を受け入れていた。
(ははっ……頑張ってたのに、最後は結局バジリスクに食い殺されるのか。嫌だな~、死にたくないな~)
呑気な言い様だが、レオルドは静かに目を閉じて、己の最期を迎えようとする。
しかし次の瞬間、聞き覚えのない声がレオルドの耳に届く。
「まさか、バジリスクまでいるとは思わなかったな」
レオルドは頭上から降り注いだ声に反応して、上を向いたら人影が見える。太陽に照らされているから顔は確認できないが、光に反射した鎧と剣を見て騎士だというのだけは分かった。
その騎士が剣を一つ振るうと、レオルドに迫っていたバジリスクは真っ二つに斬り裂かれる。物凄い勢いでレオルドへと突進していたから、ズザザザザザッと二つに分かれた体は見事にレオルドを避けるように進んで止まった。
中央にいたレオルドはバジリスクの血で全身が染まる。口にまで入ってしまった血を吐き捨てると、水魔法で全身に浴びた血を洗い落とす。
(ぺっぺっぺ! 汚ねえ!
いや、それよりも生きてた!
ありがとう!
誰かは知らないけどありがとう!)
そんなレオルドの思いに答えたのか、謎の騎士が地面に降り立つ。レオルドは水で視界が滲んだ目を擦って降り立った騎士の顔を確認する。
「なあっ!?」
「ん? どうかしたか?」
「アルガベイン王国騎士団、団長ベイナード・オーガサス……!
どうして、貴方がここに!?」
レオルドが驚愕するのも無理はない。
ベイナード・オーガサス。レオルドが説明した通り、アルガベイン王国の騎士団を纏める騎士団長である。つまりは、騎士団のトップとも言える男なのだ。
その団長が自ら前線に来るなど本来有り得ないことだ。普通は後方から指揮を執るのが団長のはず。
それが前線にいるのだからレオルドのこの反応は当然なのだ。
「どうもこうも、モンスターパニックが起きているのだから俺が出るのは当たり前だろう?」
「いや、確かにそうかもしれませんが、団長が直々に来ることはないのでは?」
「細かいことを気にするな。それに俺は後方で指揮を執るよりも前線で暴れたいんだ」
「は、はあ。じゃあ、今は誰が指揮を執っているんです?」
「決まっている。セシルだ」
「ああ、副団長が……」
「それよりも……お前はだれだ?」
「……レオルドです。レオルド・ハーヴェストです」
「は? お前が!? あのレオルド・ハーヴェスト?
ぶっ! はははははははははは!
随分と真ん丸になったなー!
最初見たときは全く分からなかったぞ!」
「……噂をご存知ないので?」
「知らん。興味がなかったからな」
「そうですか……」
豪快に笑うベイナードにレオルドは呆れる。思い返せば、ベイナードは豪放磊落という言葉が似合っている人間だ。小さいことは気にしない性格だ。
レオルドの噂は知らなかったが、レオルドが過去に武術大会で少年の部の最年少優勝者だということは覚えている。昔に比べて太っているレオルドがわからなかったのだ。
二人が話しているところにギルバートがやってくる。
「坊ちゃま。お怪我はございませんか?」
「ああ。ベイナード団長のおかげでな」
「よかった。ベイナード団長。この度はレオルド様をお救い頂きありがとうございます。このことはベルーガ様に報告して、後日改めてお礼の程を」
「構わん。俺は騎士として成すべきことを成したに過ぎないのだから礼を言われるほどのことじゃない。だが、公爵家の礼を無下には断れないので、ギルバート殿。ベルーガ様には酒を頼めませんかな?」
「なるほど。では、ベルーガ様にはベイナード団長が酒を所望していたと伝えましょう」
「おお! 感謝します。これで戦の後の楽しみが出来ました!」
「ところで、ベイナード団長はどうしてここに?」
「国王陛下のご命令ですよ。騎士二千名を引率して来ました。現場は任せると仰ったので、俺自らが先陣を切り、魔物を殲滅していた所です」
「では、モンスターパニックは終息を迎えたという事でしょうか?」
「それは判断出来ないが、既にゼアト周辺の魔物は殲滅している。ここが最後だったのかもしれん」
ベイナードの言うとおり、既に魔物の気配は感じなくなっている。
レオルドもベイナードの言葉を聞いて再度探査魔法を使って魔力を検知すると、大量の魔力反応が確認されたが、軍隊のように規律が取れているので騎士団だということが分かる。
レオルドは生き残れたことと、ようやく終わったという安心感から足から力が抜けてその場に倒れ込む。
突然倒れたレオルドにギルバートが驚いて、慌てて駆け寄る。
「坊ちゃま!?」
「すまん。やっと終わったと思ったら気が抜けて倒れてしまった」
「そういうことでしたか……びっくりさせないでください」
「はは、悪かった」
ギルバートに叱られてもレオルドは笑っていた。長く続いたモンスターパニックが終わったことに。レオルドはやっと安心して休むことが出来ると。





