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「……気を失っていたのか」
レオルドが目を覚ましたのは、翌朝のことだった。
グラトニーガイアを発動してからの記憶は曖昧で、目が覚めたらベッドの上にいたことから自分は気絶したのだと分かる。
レオルドは物理的にも重いが、一層重くなった身体を起こして医務室を出る。医務室を出ると、恐らく医者と思わしき白衣を纏った初老の男性に出くわす。
「おや、レオルド様。お目覚めになられたので?」
「ああ。一つ聞きたいんだが、俺が気を失ってからどれだけ経過した?」
「レオルド様が魔力切れで意識を失っていた時間は十二時間といったところでしょうか」
「そうか……戦況はわかるか?」
「……戦線は押されて後退を余儀なくされました。今はゼアト砦から目視できる距離にまで魔物は迫ってきています」
「負傷者の数は?」
「死者はゼロ。負傷者は重傷、軽傷合わせて百三十二名です」
「わかった。ギルはどこにいるかわかるか?」
「ギルバート様でしたら、こちらに」
医者が案内してギルバートがいる場所へとレオルドを連れて行く。
医者に連れて来られた場所は、ただ広いだけの部屋だったが中は悲惨な光景が広がっている。
広い部屋に負傷者を雑魚寝させられているが、多くの者が包帯を巻かれて、血に濡れている。
四肢が欠けている者、生気を失い項垂れている者、痛みに悶えて苦しんでいる者。
悲惨な光景にレオルドは、目を覆いたくなるが前を歩く医者に付いていく。
「あちらに」
医者が指を差す方向にギルバートがいた。血の匂いが蔓延している中、一人だけ綺麗な燕尾服を纏っているギルバートへレオルドは近付く。
「坊ちゃま! お身体はよろしいので?」
「ああ。心配を掛けたな。もう大丈夫だ」
「そうですか。それはよかったです。しかし、坊ちゃま。先日のような無茶はなりませんぞ。次にやろうとすれば力づくでも止めますからな」
「わかっている。それよりもバルバロトの姿が見えないが?」
「……バルバロト殿は動ける騎士を集めて決死隊を編成し、出撃致しました」
「は?」
ギルバートが何を言っているのかを理解できなかったレオルドは間抜けな声を出す。
「バルバロト殿から坊ちゃまへ伝言です。
疑ってしまい申し訳ない。また、貴方に剣が教えられる日が来れば会いましょう、と」
「なんだ……それは!!!
そんなの遺言じゃないか!」
「……坊ちゃま。現在、モンスターパニックは砦付近にまで迫っており、いつ砦を突破されてもおかしくない状況なのです」
「それは聞いた!
だが、なぜ決死隊などを出す必要があるんだ!
ゼアトは堅牢な砦だ!
篭城に持ち込めば王都からの援軍も間に合うはずだろうが!」
「いくら堅牢な砦だろうとも昼夜を問わず襲い来る魔物を止めることは出来ません」
「そんな事は分かっている!
だが、時間稼ぎは出来るだろう!」
「だから今、時間稼ぎをしているのです」
「ふざけるな!
時間稼ぎの為に死ぬことなど許されることではない!」
「何を言っているのですか、坊ちゃま……?
国の為に身を捧ぐ。騎士にとっては名誉なことではないですか」
「っ!」
レオルドはガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
(そうだ……
そうだよ。ここは中世のヨーロッパ風な世界なんだ。国の為に死ぬことは悪いことじゃない。名誉なことなんだ。
おかしいのは俺で普通なのがギルの方なんだ。でも、だからって見過ごせるのか?
時間にしてみればたった数ヶ月の付き合いだけど、バルバロトを見殺しにするのか?
出来ない、出来るわけがない!
確かに俺は死にたくない一心で今まで頑張ってきた。普通に考えれば、ここは砦に留まって援軍が来るまで耐える方が堅実だ。
だけど、ここで逃げたら俺はきっとダメになる!
自分が死ななけりゃそれでいい?
ふざけるな!
理想を求めて何が悪い!!!
バルバロトがここで死ぬ運命だって言うのなら俺が変える!
変えてみせる!!!
だって俺は運命に抗うって決めたんだから!
だから!
俺は!!!
戦う!!!)
真人の記憶が宿り、未来を知ったレオルドは死の運命に抗うと決めたのだ。
だったら、どれだけの理不尽が襲い掛かってこようとも抗うと、戦うと、立ち向かうと決めた。
ならば、ここで引くわけにはいかない。
運命を変える、変えて見せるとレオルドは瞳に闘志を宿す。
「命令だ、ギル。これから俺がすることに一切の口を出すな」
「どういう意味でしょうか?」
レオルドの雰囲気が変わったことを察したギルバートはレオルドを威圧しながら言葉の意味を聞き返す。
「口答えするなと言ったはずだ」
「っ……!?」
今まで見た事がないレオルドの瞳にギルバートはほんの一瞬であるが怖気付いてしまった。
伝説の暗殺者ともあろう者が、成人も迎えていない子供に怖気付かされるとは思いもしなかった。
(これが坊ちゃま?
この数瞬になにがあったというのだ……
いや、そんな事はどうでもいい。
父上であられるベルーガ様に負けぬ程の威圧を放てるようになるとは、立派になられましたな)
レオルドの成長に思わず涙汲んでしまうギルバートだが、至って真面目なレオルドの前で唐突に涙を流すのはいけないと涙を引っ込めた。
ギルバートが沈黙して、レオルドは自分の命令を守ってくれた事に安堵する。
もし、ベルーガの名前でも出されたらレオルドは逆らえなかったからだ。
「聞け!
この場にいる騎士達よ!
我が名はレオルド・ハーヴェスト!
まだ戦う意思がある者は我が呼びかけに応えよ!
戦う意思がなくとも抗う気力がある者は耳を傾けよ!
これから俺は先に出撃した決死隊の応援に向かう。そこで、お前達の魔力を俺に貸してほしい。どうか、頼めないだろうか!」
俯いていた騎士達は顔を上げて頭を下げているレオルドを見る。
「お、俺の魔力を使ってください……俺は見ての通り足を魔物に食われて動けません。
だけど、まだ戦う意思はあります!
どうか、どうか俺の魔力を――」
レオルドに一番近かった足を失っている騎士がレオルドへと手を伸ばす。レオルドはその手を取ると、騎士の顔を真っ直ぐ見据えて首を縦に振る。
「お前の意思。確かに受け取った」
レオルドはスキルを発動して騎士と魔力を共有した。騎士も力になれることが分かると歓喜の涙を流して礼を述べる。
「ありがとう……ございます!」
「礼を言うのは俺の方だ。俺の呼びかけに応えてくれてありがとう。
必ず、モンスターパニックは食い止めてみせる」
二人のやり取りを見た大勢の騎士達がレオルドの元へと集まり、魔力を共有していく。動けない者にはレオルドが直接赴き、魔力を共有していった。
「準備は整った。出るぞ、ギル!」
「はい!」





