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逃亡するワイバーンは騎士達より先にゼアトへと辿り着こうとしていた。視線の先には行く手を阻むかのように大きな砦が聳え立つが、空を自由に飛べるワイバーンにとってそれは意味を成さない。
しかし、砦の上には警備を任されている騎士がいた。騎士はワイバーンを発見してすぐに警鐘を鳴らした。
ゼアトの街に突然警鐘が響き渡った事で住民達は酷く困惑したが、ゼアトへ魔物が攻め込んできた報せだと知ると、住民達はすぐさま騎士の指示のもと、建物の中へと避難を始める。
街道にはあっという間に人っ子一人いない状況になった。元々ゼアトは魔物の襲撃が絶えない地域なので、こういった場合の対処は実に早い。
住民たちも騎士の指示の下、迅速な対応で避難を終わらせたのだ。
砦の上にいる騎士達はゼアトへと向かって来るワイバーンに向けて、砦に防衛装置として備えられているバリスタを準備する。
弓矢部隊と魔法部隊も配置が完了して、ワイバーンの迎撃準備は整った。
ワイバーンはそんな事も知らず、失った体力を回復させる為に餌がいるであろう砦に向かって羽ばたく。
ワイバーンが砦の近くまで迫った時、バリスタから矢が放たれる。弓矢よりも速いバリスタで放たれた矢はワイバーンの翼を打ち抜いた。
驚くワイバーンは翼を失って地面に落下する。仲間が簡単に落とされたことでワイバーンは矢が届かないであろう高さへと逃げようとするが、矢と魔法が飛んできて逃げる事は叶わない。
このままでは殺されると悟ったワイバーンが取った行動は、無茶な特攻であった。
最高速度で羽ばたくワイバーンは、なんとしてでも砦の先にいる人間と言う名の餌を食べてやろうと躍起になっていた。
そのような考えなど捨てていれば命を拾う事が出来たであろうに、所詮は魔物であるワイバーン。そこまでの思慮はなかった。
残った四頭は無茶な特攻をして砦を越えようとした。だが、バリスタ、弓矢、魔法といった迎撃により一頭が風穴だらけになって死んだ。
しかしワイバーンの思わぬ行動により、騎士達も上手く狙いを定められずに三頭もの侵入を許してしまう。
砦を越えたワイバーンは眼下にいるであろう餌を探すが、ゼアトの住民は既に建物の内部へと避難しているので見つからない。
それに街道は騎士が守っており、とても降りられるような状況ではない。
これでは餌が手に入らぬとワイバーンも諦める。さらに先へと進もうとしたら、大きな屋敷をワイバーンは発見した。
丁度そこに人影が見えてワイバーンは歓喜に震えた。餌があると、ワイバーンは一直線に屋敷へと突っ込んだ。
「トカゲ風情がここをどこだと心得る」
ワイバーンの眼前に突如として現れた燕尾服を着こなしている老紳士。されど、その瞳はワイバーンでさえも震え上がる程に冷たい。
ワイバーンはその冷たい瞳を最後に視界に捉えて、その命を散らした。
(ひ、ひぇぇえええ!? さっきまで俺の前にいたのに、一瞬で飛んできたワイバーンの所に飛んでる……伝説の暗殺者恐るべし!)
少し時は戻り、ギルバートは日課となっているレオルドとの組み手を行っていた。すると突然警鐘が響いてきてレオルドは大層驚いたが、ギルバートは砦の方を静かに見ていた。
警鐘が鳴ったことで避難をしようとレオルドは焦っていたが、ギルバートが焦るレオルドを諭して落ち着かせていた。
「ここまで来る事はありませんので御安心を」
「ほ、ホントか? 大丈夫なのか?」
「ええ。ゼアトの守りを務めている騎士は優秀ですから」
「そ、そうか。それなら安心だ――なぁっ!?」
ギルバートの背後にワイバーンの姿がレオルドには見えた。こちらへと猛スピードで向かって来るワイバーンに、レオルドは驚きのあまり尻餅を着く。
しかし次の瞬間、目の前にいたギルバートの姿がブレたと思ったらワイバーンの眼前へと飛んでいた。一体何が起こったというのかとレオルドは理解するまでに数秒を要した。
そして、ギルバートはいとも容易くワイバーンの首を蹴りでへし折って殺したのだ。最早、レオルドは言葉が出なかった。
運命48の世界に来て初めての戦闘を目の当たりにしたのだが、あまりの出来事にレオルドの思考は追いつかない。
(すんごい……もうね、すんごいとしか言えないわ)
語彙力のなくなったレオルドが搾り出した感想はそれだけであった。
呆けていたレオルドは気付かなかったが、屋敷へと向かってきたワイバーンは一頭だけではない。三頭いたのだ。
最初に飛んできた一頭はギルバートがあっさりと片付けたが、残りの二頭は一頭がやられた隙を見て屋敷へと突っ込んだ。
「くっ!」
一頭を仕留めたギルバートは残りの二頭も仕留めようとするが、ギルバートは暗殺者であり徒手空拳を武器としている為、同時に複数を相手にする事は難しい。
ギルバートの実力なら複数を同時でも相手出来るが、高速で飛来するワイバーンを同時に仕留めることは出来なかった。
(えっえっ!? うそ!?)
レオルドが戸惑う束の間にワイバーンは屋敷を強襲。一頭のワイバーンが屋敷の壁を破壊して中にいた使用人を捕まえた。
「きゃああああっ!!!」
「シェリアッ!?」
なんと捕まったのはギルバートの孫娘であるシェリアであった。ワイバーンはシェリアを抱えて空へと逃げようとする。
「逃すか!!!」
空へと逃げるワイバーンをギルバートが追い掛ける。ワイバーンも速いがギルバートは更に速い。逃げるワイバーンに追いついたギルバートはシェリアを救おうとワイバーンに拳を叩き付けようとした。
「なっ……!?」
たまたまなのか、意図してやったのかは分からないがワイバーンはギルバートが突き出した拳を防ごうとシェリアを盾にした。
これにはギルバートも手が出せず、勢いを失ったギルバートは地面へと落下した。
「おのれぇ……トカゲ風情が!」
憎々しさにワイバーンを睨み付けるが、ワイバーンは既にギルバートの手が届かない場所に逃げた。これでは、もうシェリアを救う事は出来ない。
だが、そこに救世主が現れる。タプンタプンと貫禄のあるお腹を揺らしてレオルドがギルバートの側に走って来た。
「ギル! シェリアを受け止める準備をしておけ!」
「ぼ、坊ちゃま! 何をするおつもりで!?」
「説明している時間が惜しい! お前は言われた通りにしろ!」
(ふう、ふう、やれる。俺ならやれる。今は落ちぶれた金色の豚レオルドだけど、かつて神童と呼ばれた金色の獅子レオルドなんだ! ここで決めなきゃレオルドじゃねえだろ!)
心の中で己に喝を入れるレオルド。手の平を真っ直ぐにワイバーンへと向ける。ギルバートのおかげでワイバーンは少しだけ動きを止めた結果、レオルドは間に合う事が出来た。
ワイバーンがいる場所はレオルドの魔法の射程圏内。これなら、シェリアを救う事が出来る。
狙うは頭。
一撃で落とす。
失敗は許されない。
「ライトニング――!」





